第15話 治療

まえがき

タイトルまた変更してみました。よろしくおねがいします。しばらくはもう変更しない予定です。


―――――――


 クラリスの眠る薄暗い部屋へと再び足を運んだアリシアが、山小屋から持ってきた薬箱をテーブルに広げる。

 使い込まれた木箱を開けると、様々な薬草や煎じて粉末状になった薬らしきものが詰め込まれていた。その中から彼女が選び取ったのは、緑色の粉末が入った小瓶。

 

「それが不浄病に効く薬なのか?」


 この部屋に今いるのはレイとアリシア、そしてベッドの上で苦しむクラリスのみ。

 静かな部屋でレイの質問にこくりと頷いたアリシアが、慎重な手付きで瓶を持ち上げる。


「はい、けど健常者には劇薬です。これから彼女に飲ませますが、同じ量を普通の人が飲んだらすぐに息絶えるでしょう」

「即効性の毒って……本当にそんなものを飲ませて大丈夫なのか?」

「大丈夫……なはず。たぶん」


 自信のなさそうな彼女の表情にレイも不安になってくる。

 

「私もこれで不浄病が治る理由は知らないのです。師匠は作り方と、投与方法しか教えてくれなかったから」

「なるほど、教会の禁忌に触れる薬だ。何かしらの事情があったのかもしれないな。それで、原料は何で出来ているんだ?」

「ヒカリゴケです」

「そ、そんなもので不浄病が治療できるのか?」


 あまりに意外なものだったので、レイは思わず声を張ってしまう。

 

 ヒカリゴケは特定の地域で自生する苔類で、うっすらと燐光を纏うのが特徴だ。

 昔、実際にレイも見たことがある。

 暗くじめじめと湿気の籠る洞窟の入り口で、偶然見つけたヒカリゴケは幻想的な淡い緑の輝きを放っており、見惚れるほどに美しかった。

 聞いた話では、自ら発光しているのではなく、周囲の明かりを集約して反射しているに過ぎないらしい。

 だから光のない場所では光らないのだとか。


「はい、でもこのヒカリゴケはちょっと特殊らしくて、一部地域でしか採取できない種みたい」

「それで、それを飲ませればすぐに治るのか?」

「いいえ、毒性があまりに強いから、少しずつ投与しながら、常に観察を続けます。症状が重いほど薬の量も増える。ここから何日も彼女につきっきりになるでしょう」


 そういってアリシアは小瓶の蓋を開ける。

 薬箱に入っていたティースプーンよりも小さい銀色の匙で、慎重に緑色の粉末を掬う。

 アリシアの手は小刻みに震えていた。

 もし投与量を間違えば患者が死ぬのだから、緊張するのも当然だ。

 分量を量り水差しへと溶かす。

 

「彼女を起こして上体をあげてくれますか」

「りょうかい」


 寝ているクラリスの耳元に、レイが声をかけてそっと肩をささえてあげる。


「さぁ、薬の時間だ。起きて」


 苦しんでいるせいだろう。

 クラリスの服には熱が籠り、肌に触れると体温の高さが手のひらを通じて伝わってきた。


「だ、誰……?」


 目を覚ましたクラリスが整った二重まぶたを薄っすらと開く。

 意識が混濁した亜麻色の瞳がレイを捕らえる。


「君を治すために、彼女が薬を用意してくれたんだ」

「……私……治るの?」


 掠れる声を出して視線をアリシアへと移したクラリス。

 アリシアは無言で頷き、安心させるように微かに頬をあげた。


「これから薬を飲ませます……ちょっと苦いけど我慢してね」


 水差しを持ったアリシアが、クラリスが頷くのを確認して、そっと注ぎ口を唇にあてがう。


 その様子を眺めるレイの手が汗で滲む。

 アリシアは瞬きすら忘れて、クラリスを穴が開くほどに見つめた。


 カーテンの隙間から光の筋が差す薄暗い部屋。

 外で鳴く小鳥の声すら鮮明に聞こえる静まり返った空気。

 喉を上下させ、水を胃へと落とし込む音だけが静寂に響く。


「……ふはあ」


 無事に嚥下し終えた少女の口元から息が漏れた。

 ほっと安堵したレイはゆっくりと彼女をまたベッドへ横たえる。


 あれだけ薬の恐ろしさを聞かされた後だったので緊張した。

 問題なく投薬出来て、そっと胸を撫でおろそうとした時だった。


「うっ……ううぅ」


 喉を捻られたようなうめき声があがった。

 クラリスの顔が青ざめる。

 血の気を失い変色した唇から嗚咽が溢れ、小刻みに体が痙攣する。

  

 ゾクっとレイの背筋に冷たいものが走った。

 慌てて彼女の肌に触れると、悪寒で噴き出た汗で湿っている。


「アリシア、まずいぞこのままじゃクラリスが」

「大丈夫、これが正常な反応だから」


 そんな馬鹿な、とレイは硬直した。

 その横でアリシアはクラリスの汗をハンカチで拭いながら、慮るような優しい声をだす。


「苦しいと思うけれど、頑張って。数日薬を飲み続けたら、きっと貴女は元気になれます」

「うっ、うん……」


 懸命に頷く少女の苦しむ表情に、レイは胸が苦しくなった。

 ベッドから離れたアリシアが小声でレイに告げる。


「これで問題なければ次は薬の量を増やします」

「増やさないと駄目なのか?」

「長い時間をかけたら彼女の体力は持ちません。数日で終わらせる必要があります。それに、量が多いほど効き目は高い」


 これは荒療治になるなとレイは嘆息をついた。


 それからは長い長い時間だった。

 常にクラリスを見張り、数時間おきに薬を調節して投与する。

 ずっと起きている訳にもいかないので、交代で観察を続けることにした。

 最初、アリシアはクラリスが治るまで自分が見ていると言い張ったが、治療する側が先に倒れたら元も子もないだろとレイが説得したことで、ようやく納得してくれた。


 モーリスに頼み、部屋に運び入れた簡易ベッドで四六時中待機する。

 窓から見える光が暗くなり、また日が昇るのを繰り返した。

 薬の量を増やす度にクラリスの苦しむ声がはげしくなり、心休まる瞬間はない。


(いつまで続くのだろう……)


 そんな泣き言が喉元まで出てくる。

 しかし、四日目の昼に変化が起きた。 

 彼女の額にあった角の先端がぽろぽろとおが屑のように崩れ始めたのだ。

 

 その不思議な光景を、レイは息を呑んで見守った。

 白いシーツの上にちらばった茶色い屑が、すぅーっと蒸発した水のように消えていく。

 そこで、アリシアは投薬をやめた。

 時間を追うごとにクラリスの白い肌に赤みが増し、苦しそうだった寝息は穏やかになる。

 

 五日目の朝、クラリスは一日中寝続けていたが状態は良さそうだった。

 額にあった硬質化した角は完全に消えている。

 その様子を眺めて、ふっとアリシアがやりきったような笑みを浮かべる。

 彼女がクラリスの命を救ったのだ。


「あとは起きるまで私が様子をみるから、レイは自由にしていいですよ」

「……わかった」


 レイは、首を長くして心待ちにしているだろうモーリスの下へと報告に向かうのだった。

 

 



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