第4話「はじめての『おうち』づくり」

「さあ、お掃除(そうじ)のじかんでございますよ」

 セバスが、銀色のうでをがしゃん、と鳴らして、はりきった声を出した。


 森のひろばに建つ、パパ・ウィリアムがむかし作ったという丸太の小屋。外側はコケやツタでいい感じにおおわれているけれど、中はもっとたいへんなことになっていた。

 ぎい、と重たい木の扉を開けると、ぷわん、と古いホコリのにおいがした。


「うわぁ、まっくらだね」

 ミナが目をぱちくりさせると、となりでノアが「くしゅん!」とかわいらしくくしゃみをした。

 部屋のなかは、長いあいだ誰も使っていなかったせいで、窓にはクモの巣がはっていて、床には落ち葉や、いつからあるのかわからないどんぐりがたくさんころがっている。


「おまかせください」

 セバスはお腹のハッチをぱかっと開けると、中から、ほうきやちりとり、ぞうきんといった、お掃除の道具をつぎつぎに取り出した。まるで魔法のポケットみたいだ。

「ミナおじょうさまには、このちいさなぞうきんをお願いできますか? むりはなさらず、手がとどくところだけでじゅうぶんですからね」

「うん! ミナ、おてつだいする!」

 ミナは、自分の手のひらサイズのまあるいぞうきんを受け取って、えっへん、と胸を張った。


「ぼくたちも手伝うよ!」

 ノアがしっぽをぴんと立てると、窓の外からのぞいていた猫たちも「にゃあ!」「まかせて!」と、ぞろぞろと入ってきた。

 バロンは太いしっぽをほうきみたいにパタパタと振って、床の上の落ち葉をすみっこに集めはじめた。ルルは白い前足で、器用にどんぐりをころころと外へ転がしていく。

 他の猫たちも、クモの巣にひっかからないように気をつけながら、壁のホコリをはたいてくれている。ときどき、落ち葉の下からちいさな虫が飛び出してきて、若い猫たちが「待てー!」と追いかけっこを始めてしまうのも、なんだかとっても楽しかった。


 セバスは、その大きな体で、ぎい、がしゃん、と音を立てながら、一番たいへんなところを引き受けていた。

 高い天井のホコリを落とし、重たい木の窓をみがき、すきま風が入る壁の穴に、新しく拾ってきた木切れをカンカンと打ち付けていく。

 ミナは、ぞうきんを少しだけ水でぬらして、床をごしごしと拭いた。


「きれいに、きれいになあれ」

 お歌をうたうように言いながらちいさな手を動かすと、汚れていた木の床が、少しずつ、つやつやとしたあたたかい茶色に変わっていく。

「ミナ、そこはぼくがホコリをはらうよ。えいっ!」

 ノアがジャンプして、ミナの手が届かない窓枠のホコリを払ってくれた。その拍子に、ノアの頭にクモの巣がすこしくっついてしまい、ミナはくすくすと笑いながらそれを取ってあげた。

「ありがとう、ノア」

「えへへ、どういたしまして」


 ふと、ミナは床を拭きながら、セバスの大きな背中を見つめた。

 セバスの体は、ステンレスというぴかぴかの金属でできているけれど、いろんなところにツギハギや、すり傷がある。ウィリアムが若いころに作ったロボットだから、何度も何度も直しながら、ずっと大切に使われてきたのだ。

 セバスが動くたびに、うぃん、がしゃん、と音が鳴る。そのすこし不器用な音は、ミナのために一生懸命に働いてくれている、やさしい心臓の音みたいに聞こえた。


「セバス、つかれない?」

 ミナが背伸びをして声をかけると、セバスは瞳の代わりの青いランプを、にっこりと光らせるように点滅させた。

「ロボットですから、疲れることはありませんよ。それに、おじょうさまが快適に暮らせるおうちを作るのは、わたくしにとって一番の喜びなのです。ウィリアムさまも、きっと喜んでくださるでしょう」

「セバス、だいすき」

 ミナがぞうきんを持ったまま、セバスの冷たい金属の足にぎゅっと抱きつくと、セバスはすこし照れたように「がしょん」とちいさな音を立てた。


 お日さまが空のてっぺんを過ぎて、森にオレンジ色の光が差し込むころ、お掃除はようやく終わった。


「わあ……っ!」

 ミナは、すっかりきれいになったお部屋のまん中で、くるりと回った。

 ホコリっぽかった空気は消えて、おひさまの匂いと、木のいい香りがする。曇っていた窓ガラスはぴかぴかになって、そこから差し込む光が、つやつやになった床を黄金色に照らしていた。


 セバスが、船から運んできたふかふかのベッドマットと、ミナのお気に入りの毛布を部屋のすみにセッティングしてくれた。

「これで、今日からゆっくりおやすみになれますね」

「うん! パパが作ったおうち、すっごくすてき!」

 猫たちも、「居心地がいいにゃあ」「この床、ひんやりしてて気持ちいいぞ」と、思い思いの場所でごろんとくつろぎ始めている。ノアは、ミナのベッドの端っこに丸くなって、もうすっかり自分の場所だと決めたようだ。


「さあ、お掃除のあとは、美味しいごはんにいたしましょう」

 セバスが外のひろばにちいさな石を並べて焚き火(たきび)を作ってくれた。船から持ってきた保存食のパンと、さっき海辺で猫たちが捕まえてきたお魚を、串に刺してこんがりと焼き始める。

 ぱちぱちと火の爆ぜる音が、静かな森の夕暮れに響く。

 お魚の焼けるいいにおいが漂ってくると、お昼寝をしていた猫たちの耳がいっせいにぴくっと動いて、焚き火のまわりに集まってきた。


 空がだんだんと暗くなり、星がひとつ、ふたつとまたたき始める。

 あたたかい火を囲んで、ミナとノア、セバス、そしてたくさんの猫たちが一緒にごはんを食べる。

「おいしいね、ノア」

「うん、すっごくおいしい!」

 ミナがぱくぱくとパンをほおばると、ノアも美味しそうにお魚を食べている。おなかがいっぱいになると、ミナはすこし眠たくなって、ちいさな手で目をこすった。


 すっかり夜になり、きれいになった丸太の小屋のなかで、ミナはふかふかのベッドにもぐりこんだ。

 となりにはノアがいて、安心したようにぐるぐると喉を鳴らしている。部屋のすみでは、セバスが静かに立って、あたたかい青いランプの光でミナを見守ってくれていた。


 開いた窓から見える星空は、フェルムガルドのお屋敷の窓から見ていた空よりも、ずっと近くて、きらきらと輝いて見えた。


(パパのおうち、とってもあたたかいよ……。パパも、はやくくればいいのにね)

 ミナは心の中でそっとつぶやくと、ゆっくりとまぶたを閉じた。

 遠くから聞こえる波の音と、森の木々が風に揺れるざわめきが、やさしい子守唄のように響いている。

 ミナの、フェリカータ島での初めての夜は、とても穏やかにふけていった。

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