第2話 佐久間緋色の目

「えっと……」

「井口君は私のことが好きなんですか?」 


 俺が彼女の生気のない目に言葉を失っていると彼女から質問が飛んだ。

 生気のない目ではあるが本当に純粋な瞳をしている……光はないけど。


「ああ。君を一目見たときから好きなんだ。佐久間緋色さん、付き合って下さい」

「そう……ですか……」


 佐久間緋色は目をパチパチとさせてから再びにこやかに笑った。


「いいですよ」

「そうだよな嫌だよな……えっ? いいの?」


 会話したことすらない男からの交際申し込みなんてお断りされると100%覚悟していた。

 流しそうめんのようにさらっと許諾してくれたことに驚きを隠せない。

 季節外れの例え話からも俺の動揺が伝わるだろう。


「私とお付き合いしたいんですよね。私、井口君と恋人になってもいいですよ」

「ほ、本当に? や、やった……」

「これからよろしくお願いしますね」


 笑顔がすっげー可愛い。

 なぜ受け入れてくれたかは分からないがマジで嬉しい。

 理由は今はどうでもいいのだ。


「う、うん。よろしく。めっちゃ嬉しいよ」

「ええ。私、あなたの彼女だと胸を張って言えるように頑張りますね」

「ん? 頑張らなくても、もう佐久間緋色さんは俺の彼女だよ?」

「そう……ですか……」


 彼女は少し不思議そうな顔をしている。

 目から感情を読み取りにくいから今何を考えているか少し分からないが、佐久間緋色は既に最高の彼女である。


「まぁ、今日初めて会話したばっかりだし、これからだな」

「はい。改めてこれからお願いしますね。井口君」


 こうして佐久間緋色と交際が始まった。

 佐久間緋色の目が気にならないわけではないが、彼女のことは交際しながら深く知ることになるだろう。

 可愛い彼女ゲットでバラ色学園生活のスタートラインに立った。

 今日はもう遅いということで連絡先を交換して帰宅することになった。

 お互いのスマートフォンを出し合い交換し合う。


「井口君の連絡先ですね。沢山、連絡しますね」

「お、俺からも佐久間緋色さんに連絡してもいいかな?」

「はい。私は井口君の彼女なのでいつでも連絡を受けます。待っていますから」

「ん? いや、出られないときは出なくていいんだよ。佐久間緋色さんも手が空かないときもあるでしょ」

「そ、そうですか……わかりました」


 こうして俺たちは電車に乗り各自の最寄り駅で下り、帰宅した。


 ◇◇◇


 ウキウキランランで自宅に帰りリビングの扉を開くと、妹である井口美麗いぐち みれいがソファーの上でグータラしていた。

 肩ぐらいの茶髪でラフな格好をしている妹は、うつ伏せでファッション雑誌かなんかを広げて、スナック菓子と炭酸飲料を側にだらけている。

 同じ学校の中等部に通っているが一緒に通ったこともないし、美麗の交友関係や学校での様子なども一切知らない。

 なぜなら、妹は本当はお兄ちゃんが大好きなはずなのに大嫌いだと恥ずかしがって何にも教えてくれないから。


「ただいま。美麗」

「おかえり~ 早く消えて。あたしの前から消えて」


 訂正しよう、妹は本当に俺に事が大嫌いなのかもしれないな。

 兄貴目線でも見た目は可愛いのに口が悪いバカ妹だが、外面はいいから同級生からモテモテだと聞いている。

 美麗がどんな男を連れてきてもぶっ飛ばす、それが兄貴としての責務だと考えているが、実際連れてきたことはない。

 そんな妹に罵詈雑言言われようと今日の俺、いや今日から俺は最強だ。

 なぜなら彼女ができたからだ。


「あんた何笑ってるの。気持ち悪いんだけど」

「よく聞けよ。俺、彼女ができたんだ」

「は⁉ あんたに⁉ あんたを好いてくれる女がこの世にいるんだ?」


 最初の「は⁉」が心の底からのもので兄は傷つき、驚きを隠せていない妹がこちらをバカにするかのように見てきて兄はやはり傷つく。


「一人ぐらいいるだろ……とは言え、初めて会話したのが今日で、告白したのも今日だからな。まだお互いのことは知らないというのは事実だろうな。それでも、俺に彼女ができたことは本当だ」

「あんたの告白に頷くなんて、どれだけ男に困っている女なの? 可愛くない人気のない人なのかな。そうでもなければあんたの告白を受けようと思わないもんね。清潔感もなくて、髪の毛もボサボサで、化粧もヘタクソで、ファッションセンスもなくて、おっぱいが残念なほどなくて、愛敬もへったくれもない感じ? そんな人ならあんたの告白も受けるっしょ?」


 会ったこともない俺の彼女に対して言いたい放題してくれるが、これぐらいで頭の血管が切れていれば、これまで何本もの毛細血管を破壊されてきたか分からないほどになる。

 可愛い(可愛くない)妹に俺の可愛い(超可愛い)彼女を紹介するときが今から楽しみだ。

 きっと清潔感の塊で、髪の毛も艶々で、メイクも上手なのかは分からないけど、ファッションセンス……も分からないけど、おっぱいが大きくて、愛敬がフルスイングな佐久間緋色に驚くだろう。


「で、どんな人なの」

「世界で一番可愛い女の子だ。見た目だけじゃないぞ。声も透き通るように綺麗で、名前も可愛い。今年の流行語になるだろうな」

「へぇ~。何て名前なの?」


 妹は炭酸ジュースの缶を傾けながら俺の方を見ている。

 流行語大賞だけではなく今年の漢字にも選出されるポテンシャルも持つ言葉だ。

 「#佐久間緋色」であふれる世界が近いかもしれない。


「よく聞けよ。一回しか言わないからな。俺の彼女の名前は佐久間緋色だ。いいか、佐久間緋色だ」


 サービスで二回も言ってやったぞ。

 やはり佐久間緋色という言葉は声に出すだけで幸せになるな。

 しかし、妹は口にしていたジュースをブゥーと漫画のように噴き出した。

 もちろん、噴き出したジュースは俺にすべてかかってベトベトだ。


「な、なんだよ、いきなり!」

「あんた、さ、さくまひいろって言った⁉」

「言ったよ⁉ 俺の佐久間緋色に何か問題があるのかよ⁉」


 中等部の妹が知る俺の彼女の佐久間緋色は一体どんな印象なのだろうか。

 美麗のいる中等部でも佐久間緋色は大人気で中等ボーイたちもメロメロにするような女の子が俺の彼女になったのかというようなことで驚かれたのか。

 さすが俺の彼女だ……ということではないようなのはこちらを向いている青ざめた顔の妹を見れば明らかだ。

 佐久間緋色は可愛いだけじゃないのか。

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