第3話 寮の住人、肩書きが強すぎるんだが

 ドアが開いた瞬間、アリサさんのやけに元気な声が響いた。


「ただいまー! あーもう、今日はほんと長かった!」


 その勢いに押されるように、俺とリーネは少し遅れて中へ入る。


 そして対面式キッチンの付いた広いリビングに入ると、二人の少女がソファに座っていた。


 一人は、金色の髪をゆるくまとめた、スレンダーな少女。

 シンプルな部屋着のワンピースなのに、圧倒的な存在感がある。


 もう一人は、その隣のツインテールの小柄な少女。

 パーカーにホットパンツというラフな格好で、ソファにだらっともたれかかり、生意気そうな笑みを浮かべていた。


 ……ていうか、この二人もやばすぎだろ。

 リーネだけでも十分衝撃だったのに、美少女が追加で二人とか聞いてないぞ。


 アリサさんの声に反応して、金髪の少女がこちらを見た。


「遅かったですわね、アリサ……あら?」


 リーネは立ち尽くしたまま、目を見開いて凝視している。


「……ちょっと待って。……なんで、あんたが……ここに……?」


「なに、知り合い?」


 すると、金髪の少女がふふん、と自信満々に胸を張った。


「わたくしはアレグリア王国第一王女、セレシア・アレグリアですわ!」


「……え、お、王女?」


「ええ。当然ですわ!」


 ……なにが当然なのかはわからないが。

 それに、王女がシェアハウスに住んでるの?


 その直後、王女─セレシアの表情が一変した。


「……って、ちょっと待ちなさい!

 あなた、《紅閃こうせんのリーネ》じゃありませんの!? あの王都防衛戦で無茶をしたS級冒険者!」


 リーネは一瞬だけ目を伏せ、すぐに顔を上げた。


「……まさか、あんたも転移してたなんてね」

「それはこちらの台詞ですわ」


 そのやり取りを、ツインテールの少女が面白そうに眺めていた。


「くすっ、なにそれー。再会ドラマ?」


 気だるげに立ち上がり、リーネを値踏みするように眺める。


「へー……これが例のS級かー?思ったより普通だねー」


「……何よ、あんた。関係ないなら黙ってなさい」


「ひどーい。私、傷ついちゃうなぁ」


 リーネがハッとしたようにツインテールの少女を見る。


「……まさかあんた……賢者の弟子……《境界の魔女》メルル・クローディア?」


 魔女─メルルは、にやっと笑った。


「せいかーい、よろしくねー。紅閃ちゃん♡」


 賢者の弟子? 境界の魔女?

 なんだそれ。中二心を的確に殴ってくるやつじゃないか。

 ちょっとかっこいいぞ。


 混乱したまま立ち尽くす俺をよそに、セレシアがふと眉をひそめた。


「ところで……その方は転移者には見えませんわね。アリサ、彼は何者ですの?」


「ああ、説明してなかったね」


 アリサさんは軽く手を叩き、こちらを指さした。

 集まった視線の中心で、アリサさんがどこか得意げに胸を張った。


「彼は転移者じゃない。ただの現地人。でも、異世界から来た人たちが失っていく魔力を、外部から補える体質なのです!」


「魔力を……補う? そんな話、聞いたことがありませんわ! そんな話が本当なら、魔力問題で苦労する国など存在しませんもの」


「へぇ〜。魔力を補充できる?

 珍しいどころか、聞いたこともなーい。

 おにーさん、すごーい♡」


 にやにやと、完全に面白がっている。


「……別に、かばうつもりはないけど。

 さっき……そいつに触られた直後、魔力が戻った。偶然とか、気のせいって言いたいけど……感覚がはっきり違った」


 リーネはすぐに顔を背けた。


「べ、別に感謝してるわけじゃないから。

 ただ、事実として……増えてたってだけ」


 アリサさんは満足そうに頷いた。


「ね。証言付き」


 ……ね、じゃない。

 俺はまだ、自分が何者扱いされているのか、まったく理解できていなかった。



 リビングの空気が、少しだけ落ち着いた頃だった。


 ……そういえば。

 さっきから頭の片隅に引っかかっていたことを思い出し、俺はアリサさんのほうを見る。


「えっと……さっき、寮にはリーネを除いて三人いるって言ってましたよね」


「そうだけど?」


「今ここにいるのって、二人ですよね。あと一人は……?」


 すると、メルルが手をひらひら振った。


「ああ、神官ちゃんね。今日は部屋に引きこもってるよ。ちょっと調子悪いみたいで」


 アリサさんは眉を上げ、王女セレシアのほうを見る。


「ティアナちゃんの様子、どう?」


「顔色は悪いし立ち上がると、少しふらつくとも言ってましたわ……」


 その声には、はっきりとした心配がにじんでいる。

 どうやら神官のティアナというのがもう一人の転移者のようだ。


「なるほどね」


 アリサさんは顎に手を当て、少しだけ考える素振りを見せる。


「ティアナちゃんの体調不良、原因はきっと魔力の欠乏よ。だったら、彼の力を使う」


 セレシアの視線が、真っ直ぐアリサに向けられる。


「……冗談ではありませんわ!ティアナは王宮にいた頃から、何度も背中を預けてきた相手ですのよ。

 そんな大切な存在を、正体も分からない男の力に委ねろと言いますの!?」


 そのとき、メルルが思い出したように口を挟んだ。


「そういえば、二人はこっちに来たタイミングも一緒だったんだよね。

 右も左も分からない状態で、いきなり放り込まれたって」


「私も、この力の仕組みが完全にわかっているわけじゃない。安全かどうか、保証もできない。

 それでも――何もしなければ、確実に悪化する。私は、そのまま見ているほうが怖いの」


「……もし、何かあったらどうしますの?」


「止める。セレシアちゃんの判断を優先する。異変が出た瞬間に、私が中断させる」


 短い沈黙のあと、セレシアは小さく息を吐いた。


「……本当に、ずるいですわね。ティアナのことを思えば、否定しきれない言い方しかしませんもの」


 そして、はっきりと条件を付けた。


「わかりました。ただし、わたくしは同行するつもりはありませんわ」


「え?」


「わたくしがいれば、ティアナは気を張る。余計に無理をしてしまいますわ。

 ……あなたが責任を持つのですのよ。月影アリサ」


 アリサさんは小さく笑った。


「もちろん。そのつもり」


 そして、きりっとした顔で俺のほうを見る。


「行くわよ!あなたと、私の二人で」


 ……いや、ちょっと待ってほしい。

 俺が何かする前提で話が進んでるの、冷静に考えるとだいぶおかしくないか。


 そう思ったときには、

 もう二人は結論に辿り着いていた。

 王女は覚悟を決め、アリサさんは責任を取る顔をしている。


 俺が口を挟む余地は、用意されていなかったらしい。


 こうして俺は、王女の期待と不安の両方を背負わされる形で、神官の待つ部屋へ向かうことになった。


 二階へ続く階段を上りながら、俺は小さく息を吐いた。


 ……女の子の部屋、か。


 変な意味じゃない。

 本当に変な意味じゃないんだけど、意識しないほうが無理だろ。


「緊張してるの?」


 前を歩きながら、アリサさんが振り返る。


「べ、別に……」


 即答したけど、たぶん説得力はなかった。


「はいはい。まあ初対面だしね」


 軽く言いながら、アリサさんは立ち止まり、目的のドアの前に立つ。


「ティアナちゃーん」


 ――コンコン。


 そう言って、ほぼ同時にドアノブに手をかけた。


「入るわよー」


「えっ、あ、ちょっ――!」


 中から慌てた声が聞こえた、その瞬間だった。


 がちゃり、とドアが開く。


「きゃっ!」


 ベッドのそばで、少女が固まっていた。

 着替えの途中だったのか、パジャマを掴んだまま動けずにいる。

 一瞬だけ、淡いピンクの下着が視界に入った。


 す、すごく大きいです!

 いや違う、違う。

 事故だ。完全に事故だ。


「……え? お、男の人……?」


 ティアナは、真っ赤になりながら俺を見る。

 慌ててパジャマを引き寄せ、胸元を隠す仕草がまた妙に必死で。


 落ち着け、俺。見るな。見るな俺。

 視線を逸らしたのに、心臓の音だけが全然言うことを聞かない。


「ごめんごめん!」


 アリサさんが、ようやく事態を理解したように手を打った。


「完全に私のミス。ノックはしたんだけどねー」


 しただけだよな!?


「ご、ごめんなさい……!す、すぐ……着替えますので……!」


 ティアナは小さく頭を下げる。


「うんうん。じゃ、一回出よっか。はい、退散退散」


 アリサさんはあっさりそう言って、俺の背中を押した。


 廊下に出た瞬間、俺は大きく息を吐いた。


「顔、赤いよ」

「黙っててください!」

「初々しいねぇ」


 からかわれながらも、少しすると


「……どうぞ……」


 ドアの向こうから、控えめな声がした。

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