第9話 Alice in Wonderland(後編)—監視網の外側—


杏は動けなかった。


怖い。


――なのに、目が離せない。


ここには、自分の知らない“本当の世界”がある気がした。


その時だった。


ピッ、ピッ、ピッ――


低い警報音が響く。


店内の空気が一瞬で変わった。


「チッ……巡回ドローンだ」


ケビンの顔が険しくなる。


さっきまで騒いでいた客たちが、ピタリと口を閉じた。


(……こんなに静かになるの?)


異様な光景だった。


「見つかれば終わりだ。アリシア、お前ら奥に行け!」


その言葉に、杏の心臓が強く跳ねる。


(終わりって……どういう意味……?)


だが。


「大丈夫だってば♪」


アリシアは笑っていた。


端末を取り出し、ホログラムを展開する。


指が走る。


速い。見えないほどに。


「今、ドローンのセンサーネットワークにアクセス中♪」


軽い声とは裏腹に、目は真剣だった。


「ログを書き換えて……このエリアは“異常なし”ってことにするね」


赤い警告が点滅する。


さらに指が加速する。


「ついでに、偽の熱源をばらまいて――別の場所に誘導っと♪」


ピー、という電子音。


『SPOOFING SUCCESS』


緑の文字が浮かぶ。


――警報が止まった。


沈黙。


そして。


「……はぁ」


ケビンが息を吐く。


「終わったよ♪」


アリシアはいつもの笑顔に戻る。


だが、その額にはうっすら汗が浮かんでいた。


次の瞬間。


「さすが、Alice!」


「最高だ!」


「守護神だな!」


歓声が爆発した。


一気に空気が戻る。


いや、それ以上に――熱を帯びる。


「すげえじゃねえか!」


園田が目を輝かせて駆け寄る。


「これでパーティーに最強メンバー加入だな!」


(何言ってるのこの人……)


杏は思わず突っ込みそうになる。


だがそれ以上に、周囲の熱気に圧倒されていた。


怒号。笑い声。感情の渦。


その中心に、アリシアがいる。


そして――


園田も、完全に溶け込んでいる。


(この人……本当に……?)


違和感が胸に残る。


杏は立ち尽くしたまま、その光景を見ていた。


恐怖。


驚き。


そして――ほんの少しの高揚。


(……なんなの、この感覚)


今まで知らなかった“人間の熱”が、そこにあった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る