第39話:暴虐貴族

「どういう意味かね……?」


 ベッドの上で死ぬ。

 それが、戦う理由──?


 諸侯たちは一斉に首を傾げた。


「……私が戦場に駆り出されたのは、まだ齢が二桁にもなっていない時期からです」


 すると突如、ロムレスは身の上話を始めた。


「我が領地は、常に血と死の臭いに満ちていました。まだ幼かった私が見る死体は、皆痛みと苦しみの中で息絶えていた……中には、まともな状態ではない遺体もありました」


 ごくりと、1人の貴族が喉を鳴らす。

 最戦線で生まれ育ち、さらにアラルゴンの教育方針とは言え、子供の頃からそんな重苦しい場所に立つとは──思わず戦慄した。


 ロムレスは言う。


「そして父からも、常々自分たちはベッドの上で死ぬことはできない。アラルゴンの歴代当主は皆戦場で散ってきた、と伝えられてきました。父も私も、凄惨な最後を迎えるだろうと、幼き頃から教えられてきたのです」


「過酷な環境下で育ってきた……まあ、そのことはここにいる皆が承知済みだ」

「つまり、私は常に苦痛に塗れた表情の死体を見て育った──と、言うわけです。私にとって人間の死とは、苦しみと痛みが伴う残酷なものという認識がとても強かった」


 本当なら、『過酷』という言葉で片付けるべきではないだろう。

 多くの諸侯たちが、胸中でそう感じた。


「ですが、今から約1年前。私の中でその常識が崩れたのです」


 ある意味この事件の引き金となった出来事だ。


 1年前。それはガレアスが他界した頃の話。


「寒い朝のことでした。私が眠っていると、侍女が大変慌てた様子で寝室へ入ってきたのです。そして一緒に父の元へ向かい、その顔を見ました」


 今でも鮮明に思い出せる。


 最初はただ深く眠っているだけだろう、そう思った。

 しかし、よく見ると唇は青く染まり、鼻腔には粘膜が張っていた。

 まさかと思いつつ、鼻へ手を当てると──呼吸をしていなかった。


 脈を測るため手首に手を添える。

 すると、ひんやりとした冷酷な冷たさが、ロムレスに現実を叩きつけてくるのだ。


 ガレアスはまるで、眠るように死んでいた。


「すっかりと冷たくなった父に触れ、そしてその顔を見て、思ったのです」


 胸裏に走ったとある感情。

 侍女や使用人たちが涙し、慌てふためく。しきりに「医者を呼んで!」と叫ぶ中で、ロムレスだけが静かだった。


 ショックを受けていたのもある。

 ただそれ以上に、こう感じたのだ。


「なんて、“”のだ、と──」


 その言葉に、諸侯たちがどよめいた。


 ──死体を、美しいだって?


 全員に奇妙な緊張が走る。そんな風に思うなんて、いわゆる特殊な癖なのではないか──


 だが一方、諸侯たちの反応と裏腹に、ラズマット王は小さく何度も頷いていた。


「なるほどな……そう感じても、おかしくはないか」

「!?」


 ロムレスからラズマット王へ視線が移る。

 質問の許可すら得ず、誰かが困惑しながら聞いた。


「へ、陛下。これはどういうことで……」

「今ロムレスが説明したばかりではないか。奴は幼少期より……」

「あ──」


 ここでようやく、他の貴族たちも気付き始める。


「そうか、結果として毒殺ではあったが……」

「ロムレス卿の話通りなら、ガレアス殿は──」


「──はい。アラルゴンの歴代当主で、初めて『


 ベッドの上で死ぬ。

 しかも、苦悶に満ちた表情を浮かべることもなく、安らかな面立ちで旅立った。


 ロムレスにとってそれは、まさに青天の霹靂だった。


 人間の死は苦痛を伴うもの。

 その価値観がひっくり返ったといっても過言ではないだろう。


 特に、一番ベッドの上で死ねないと思っていた人物がそうなったのだ。


 特殊な環境で育ったロムレスだからこそ、感じたことである。


「あの日から、私の中で死に対する認識が変わりました。人間は無限ではありません。限られた時間を一所懸命に生きるからこそ、人は誇り高く、尊いのです。そして来たるべき生の終わりには、神々の元へ旅立つ長い旅路が始まります……その終わりと始まりが、苦痛に満ちていて良いわけがない」


 ロムレスの声は、畏怖すら感じるほど真っ直ぐだった。


「父上の死は、私にそれを教えてくれました。人は、ベッドの上で死ぬべきなのです」

「…………なるほどな」


 厳格な空間に、王の呟きが強く響いた。


 彼の発言は中々難しいものだ。

 人間の最後としては、至極当然。しかし、全員が全員そうなれるわけではない。特に彼の仲間たちには難しい部分が多いはず。


 ロムレスも大人だ。それは分かって発言しているのだろう。

 故に、皆が固唾を飲んで次の言葉を待った。


「同時に、今回の事件が起きてからずっと疑問だったことがありました」

「なんだ?」

「なぜ、、と……」


 え──

 斜め上の疑問に諸侯たちは面食らう。


 すると、ロムレスはそれまで無表情だったのに、突然笑みを浮かべて喋り始めた。


「考えてみてください。私の父はガレアスです。あの男が毒で死ぬなど……?」

「は……?」


 一瞬、場の空気が固まった。

 しばしの耐え難い沈黙の後──


「……………………ぷっ」


 小さく噴き出した貴族の笑い声が、気まずい空気に亀裂を生む。


「く、くく」

「ははは──た、確かに!」


 笑い始めたのは一部の貴族たちだ。

 そして、


「……ふっ」


 まさかの、ラズマット王まで──


「……な、え? は?」

「い、いやすまないロムレス卿!」

「いいえ。皆様の破顔はがんは至極当然かと」


「……お前の言う通りだ。あの男が毒程度で死ぬなど、今思えば実に不思議ではないか」

「いやはや、陛下の仰る通り」


 ラズマット王を含めて、笑っている一部貴族たちは、皆ガレアスと仲が良かった人物か、あるいは彼をよく知る者たちである。

 彼らの中にある筋骨隆々の英雄の姿が、笑いを誘っているのだ。


 ──あそこまで屈強な男が、毒を飲んで死ぬなどあり得ない。


 呪いと言い換えても良い透明な毒の服用だとしても、だ。


 そう思わせるほどの豪傑ぶりを、ガレアスは皆に披露していた。


「しかし事実、父は毒で死にました。これには何か理由があるんじゃないか、ここに来るまでずっとそれを思案していました」

「いや、そういう問題なのか……?」

「今はロムレスの話を聞こうではないか」


 ラズマット王が続きを促す。


「私はある結論を出しました。そしてそれが、より私の矜持を確固たるものにしてくれたのです」

「ほう? 申せ」


「──私は、ベッドの上で死ぬのに条件があると思っています」


 条件?

 再び円卓に疑問が渦を巻く。


「それは父が死んだ理由とも、重なります」

「一体どういう条件だね……?」


 一拍間を挟んでから、ロムレスは静かに呟いた。


「私が思うに……人がベッドの上で死ぬには、“”が必要なんじゃないかと考えています」

「安心……」


 再び、ロムレスは過去の話を始めた。


「晩年。父は顔を合わせる度に、私へ生前爵位の譲渡を提案してきました。皆様にとっては一般的かもしれませんが、アラルゴンの家だと話は違います。基本的に爵位の継承は、先代の当主が亡くなってからが常でした」

「それも話には聞いていた。歪だが土地柄を考慮すれば、仕方のない継承ではある」

「結局、私も死後の譲渡となりましたが……ただ、思うのです。私が、父は毒で死ななかったのではないか、と」


「……ふむ」


 領主としてのロムレスも能力は高い。

 書類仕事もそつなくこなし、領地経営も順調。民も彼を敬い、ちゃんと税を納めている。


 これに加えて、あの英雄的な戦闘能力。


 その父からすれば、不安になることなんて何一つないだろう。


「貴公が優秀だったが故に、ガレアス殿は安心感を覚え、いつでも家督を託せると気が緩んでしまい……透明な毒が効いた、そういうことか?」

「はい」


 ただこの考えも、彼が幼少期から培われてきた価値観と、その崩壊から形成されるものだろう。

 一見荒唐無稽な発言でしかないが、ロムレスだからこそ許されている。


「すると何かね、ベッドの上で死ねなかった者たちや他のアラルゴン当主は、皆安心していなかったとでも?」

「そう区別するのは、少し乱暴です。人によって様々な事情があります。それに、私と敵対した者は絶対にベッドでなんか死なせません」


 あくまで彼は敵対者を人間とすら見ないようだ。

 貴族は少し怯んでしまう。


「人それぞれ、安心感を覚える場面は違うでしょう。それら全てに対応するのは私でも難しい。ですが、ある一点だけは共通している思う部分があります」

「それは?」


「どちらにせよ──でしょう」


「──っ!!」


 皆が一斉に目を見開き、息を呑んだ。


「陛下……そして諸侯の皆様。改めて、暴虐の意味と、私が戦う理由をお伝えします」


 そして、より一層強く、ロムレスの脳裏に両親の姿が蘇る。

 彼らへの思いを胸に、口を開いた。


「私が戦う理由は、国民の多くが安心してベッドの上で逝けるよう、魔物や国家へ仇なす敵を排除するためです。病気や怪我など、一筋縄ではいかないこともあるでしょう。例えそうだとしても、苦しみの中に一筋の安らぎを与えたい───少しでも安心して旅立てるように戦うのです」


 同時に、ガレアスの言葉が胸に浮かぶ。


「そして……」

『よいかロムレス』


 あの日。自分に暴虐の意味を教えてくれた父の姿だ。


「暴虐とは────」

『暴虐とは────』


 記憶の中の父と、自分が語り出す言葉が重なった。


「己が掲げる理想を実現するため、己の矜持を貫くため、ただ真っ直ぐに突き進む」

『どんな困難にぶつかろうと、絶対に信念を曲げず、己の誇りを賭けて戦い抜く』


「時に、その行為は糾弾されるかもしれません」

『時として、法に背くこともあるだろう』


「田舎者、野蛮人、獣……“悪役貴族”。そう揶揄されたとしても」

『最後の最後まで戦い抜き、常に誉れ高くあること』


「暴虐とは……」


 一瞬、ロムレスは言葉に詰まった。

 また僅かに目を伏せ、視界を暗闇に染める。


 すると──ソニアや黒狼騎士団、自分を信じて共に戦ってくれる仲間たちの顔が一気に過った。


 同時に、道半ばで散っていった仲間たちの顔も。

 ──不甲斐ない領主で済まない。

 それでも俺は──ロムレスは目を開いた。


 彼の瞳に、真っ赤な決意が灯った。


 そして、


 雪が止んだ。




「暴虐とは、己の矜持を貫き通す、“”のことであります」




 暴虐貴族。

 最愛の父ガレアスが見出した、2人だけが密かに交わした意味であった。


 ロムレスは、人はベッドの上で死ぬべきという思想のために戦う。

 そして、例えどんなに侮辱されても、この信念を実現するための覚悟がある。


 これが──暴虐貴族、ロムレス・フォン・アラルゴン辺境伯だ。


「…………………………」


 諸侯も、王も、誰も言葉を発さなかった。

 雪も止んだため、玉座の間は真に静謐となる。


「……それは」


 静寂を引き裂いたのは、諸侯の1人だった。


「我ら国民のために、貴公らは戦い続けると? そのためなら、自分たちの命も惜しくはないと……そういう意味かね?」

「いえ、『貴族は民の規範』でなければいけません」


 ロムレスは誓っていた。

 自分もまた、ガレアスのようにベッドの上で死んでみせると。


 最後の最後まで戦い抜いた上で、次代に想いと誇りを託し、安心して旅立つつもりだ。


 貴族が先陣を切って、それを成す必要がある。


「よって我らも、ベッドの上で死んでみせますよ。そのために、鍛錬と研鑽を怠らず、日々戦っているのです」


「…………分かった」


 気付けばラズマット王は、目を閉じて聞き入っていた。

 なにか心境に変化があったのだろうか。


 スッと目を開け、一つ深呼吸をした後、ロムレスへ告げた。


「ロムレス辺境伯。判決を下す」


 再び、円卓と玉座の間に緊張が走った。


「アーク・ベルモンドの陰謀を食い止めたのは、英雄的だ。一方で、王の命令を待たずに戦ったのは許され難いことである。よって──」


 王の、審判が下った。




「お主に、




「…………────っ!」


 それは──


「ただし今後、我らの要請以外で、二度と都の地を踏むことは許さん。宮廷政治に口を出すことも許可しない。生まれ故郷に戻り、気が済むまで戦うが良い」


 誰もが悟った。

 ラズマット王は、特大の恩赦を与えたのだ。


(……陛下はそれでも奴を利用するおつもりか。今まで通り、アストリアの剣として……まあ、これほどの戦士だ。良い落とし所か)


「不服申し立てがなければ、これにて審判は終わりだ」


 王の判決に、異議を唱える者はいなかった。

 ロムレスもまた、王へ真っ直ぐな視線を向ける。


 暴虐貴族と、国王の目が合った。


「──拝命しました」


 そして確かに、そう言った。


 審判は終わった。

 ロムレスは諸侯とラズマット王へ背を向け、立ち去ろうとする。


「ロムレス」


 その背を、王が止めた。

 振り返ることなく、ロムレスは立ち止まって王の御言葉を聞く。


「見せてみろ。余の目が黒いうちに、お主の覚悟が──その暴虐が、どれだけ正しいかをな」


 それに対し、ロムレスは小さく呟く。


「……言われなくても」


 ギギギィッ──と、玉座の間の扉が開く。

 外から、白い光がロムレスを迎える。


 コツ、コツ、と、大理石の床に靴が触れる音が響き渡った。


 そのまま進み、ロムレスは振り返ることなく光の中へ消えていく。

 まるで解けるように、暴虐貴族は都から去って行った。


 再び玉座の間が重苦しい音を立てて──


 扉が、閉まった。

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