第13話 父娘の穏やかな朝

 あの怒涛のリフォーム劇から、さらに数日が経った。

 

 俺とメリアの、この『草原の丘』のポツンと一軒家での生活は、思いのほか早く軌道に乗り、段々と慣れてきている。

 

 俺の魔法で完璧に修繕され、隙間風一つ入らなくなった真新しい窓枠から、暖かな朝日が部屋の中に差し込む。

 

 俺が徹夜で作り上げた、最高級の羽毛布団にも劣らない特製のフカフカベッドから、もそもそと小さな毛布の塊が這い出してきた。

 

「ふぁぁ……パパー、今日のあさごはん、なにー?」

 

 寝癖で青い髪をぴょんと跳ねさせたメリアが、目をこすりながらトテトテとキッチンへやってくる。

 

 その可愛らしい寝ぼけ眼に、俺の顔は自然とだらしなく緩んでしまう。

 

「じゃじゃーん、今日は具沢山のあったかシチューだぞ!」

 

「わーい! シチュー! シチュー!」

 

 俺が鍋の蓋を開けて、ふわりと立ち上る湯気とクリーミーな香りを漂わせると、メリアは両手を挙げてピョンピョンと跳ねた。

 

 俺は冷めないうちに朝食のテーブルに、深めの木皿によそったシチューを出す。


 ホロホロになるまで煮込んだ鶏肉と、甘みを引き出したニンジン、それにトロトロに溶けかけたジャガイモがたっぷりと入った自信作だ。

 

 メリアは俺が手作りした子供用の小さな椅子によじ登り、嬉しそうに木のスプーンを持って、コンコンとテーブルを軽く叩きながら俺が席につくのを待っていた。

 

 ……いやぁ、本当に、天使のように可愛いな。

 

 俺は向かいの席に座りながら、ニコニコと笑うメリアの顔を見つめた。

 

 これが、子供を育てるということなのだろうか。


 誰かと一緒に朝を迎え、誰かのために温かい食事を用意し、それを喜んでくれる笑顔を特等席で眺める。


 こんな満ち足りた時間が、この世界に存在したなんて。

 

 前世の俺は、日本という国でずっと過酷な社畜生活を送っていた。

 

 朝早くから満員電車に揺られ、深夜までパソコンの画面と睨み合う日々。


 恋人を作る余裕も、結婚して子供を持つなんていう未来も、俺にとっては夢のまた夢だった。

 

 ずっと孤独に生きていて、家に帰宅したら、冷え切った暗い部屋で一人、コンビニで買ってレンジでチンしただけの味気ない弁当を食べて、泥のように眠る。


 そんな毎日を送っていたせいで、いつしか「食事を楽しむ」という感覚や、何か料理に対する熱意も完全に消え失せていた。

 

 この異世界に転生してからも、状況は似たようなものだった。

 

 勿論、俺が所属していたパーティー『輝きの剣』の連中にも、俺は毎日野営のたびに食事を作ってはいた。


 だが、あいつらが俺の作った飯を純粋に喜んでくれたことなど、ただの一度もなかったのだ。

 

『おいおっさん、なんだこの草のスープは。俺は肉が食いてえんだよ、肉を焼いとけ』

 

『ガルドの料理って、いつも栄養バランスばかりで見た目が地味なのよね。もっと宮廷料理みたいに華やかにできないわけ?』

 

 あいつらは、俺が周囲の警戒をしながら、限られた野営の食材をやりくりして少しでも疲労回復効果を高めるために薬草をブレンドして作っていた食事に、ずっとケチをつけてばかりいた。


 感謝の言葉なんて一つもなく、ただの雑用係の義務として消費されるだけの毎日。

 

 だが見てみろ。

 

 目の前にいるメリアは、ただの鶏肉と野菜のシチューを前にして、まるで国宝でも見つけたかのように瞳を輝かせ、こんなに俺の食事を楽しみにしてくれているのだ。

 

「ぱぱ、はやく、はやく!」

 

「ああ、ごめんごめん。今食べるぞ」

 

 誰かのために、この小さな愛娘のために作るとなると、どうしてこんなにも俺のやる気は限界突破して湧いてくるんだろうな。

 

 俺は熱すぎるのが苦手なメリアのために、シチューの温度を魔法でピンポイントに調整した。

 

「「いただきまーす!」」

 

 メリアと俺は一緒に声を合わせ、スプーンを持ち、シチューを食べる。

 

 俺も一口、自分の作ったシチューを口に運んだ。

 

 ……うん、うまい。めちゃくちゃ美味いな。

 

 まろやかなミルクのコクに、鶏肉の深い旨味がしっかりと溶け込んでいる。


 ニンジンは舌の上で崩れるほど柔らかく、俺が魔法で徹底的にアク抜きをしているから野菜特有の苦味も一切ない。

 

 自分で言うのもなんだが、流石は俺だ。


 なんだかんだ言って、あの理不尽なパーティーで過酷な要求に応え続けて培われた料理スキルと、微細な温度調整の魔法技術は、今ここで完璧に健在らしい。

 

「あむっ……ほふっ……んん〜っ!」

 

 そう思っていると、メリアは小さな口をいっぱいに開けて、どんどんシチューを口に入れていく。


 口の周りに白いシチューのお髭を作りながら、一生懸命にモグモグと咀嚼するその姿は、いくら見ていても飽きない。

 

「ゆっくりでいいぞ、おかわりはいっぱいあるからな」

 

「おいちい! ぱぱのシチュー、せかいでいっちばん、おいちい!」

 

「そ、そうか? よしよし、もっと食え」

 

 世界で一番。


 その言葉だけで、俺の心の中に残っていた過去のトラウマや社畜時代の虚無感が、春の雪解けのように綺麗に消え去っていくのを感じた。

 

 やがて、メリアは大きなどんぶり一杯のシチューを綺麗に平らげ、ぽっこりと膨らんだお腹をさすりながら満足げに息をついた。

 

「おいしかった、ごちそうさま!」

 

「おう、お粗末さん。上手に食べられたな」

 

 俺は布巾でメリアの口の周りのシチューを優しく拭き取って、彼女が食べた食器を取り、キッチンの洗い場に行って洗う。

 

 そうして食器を洗いながら、俺はふと思った。

 

 俺の手持ちの『マジック・ポーチ』の亜空間収納の中身を確認すると、パーティー時代に溜め込んでいた食材のストックが、そろそろ底をつき始めていることに気がついた。

 

「そろそろ食材を買い足さないとな……」

 

 野菜も肉も、数日分しか残っていない。


 調味料も少なくなってきた。

 

 それに、街に行って市場に買い出しに行くというのも悪くない選択だ。


 いくらこの丘の上が安全で、庭が広くて駆け回れるとはいえ、メリアもずっと俺と二人きりでここで遊んでいるだけでは、さすがに暇を持て余すだろう。

 

 外に出て、活気のある街の空気を感じさせ、色々な人や物を見せて刺激を与えることも子供の成長にはきっと必要なはずだ。

 

 俺はそう思い立ち、すぐに食器洗いを済ませて手を拭くと、リビングで手作りのおもちゃで遊んでいたメリアに声をかけた。

 

「メリア、今日はお外に食材を買いに行くぞ。市場へお出かけだ」

 

「しょくざい? いちば? ……おでかけ、いくー!」

 

 メリアは「おでかけ」という言葉に即座に反応し、積み木を放り出して嬉しそうに頷いた。

 

 そして、先日王都の子供服店で大量に買った服の中から、お気に入りの淡い水色のワンピースと、歩きやすい小さな革靴を引っ張り出してきて、トテトテと不器用に服に着替えて出掛ける準備をし始めた。

 

「よしよし、一人でお着替えできて偉いな。俺も準備するか」

 

 俺はメリアの背中のボタンを留めるのを少しだけ手伝ってやりながら、自分も外出の準備をする。

 

 と言っても、俺の服装は相変わらず冒険者時代の使い古された革のコートと、動きやすいズボンといったむさ苦しい格好だが。


 まあ、俺が着飾ったところで強面のおっさんであることに変わりはない。

 

「ぱぱ、じゅんびできた!」

 

「よし、それじゃあ出発だ」

 

 そうして俺たちは準備をして、太陽が燦々と輝く外へと出るのだった。


―――



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