政治、投票に対する国民の関心の低さ、無力さをどのように改善すればよいか?
この質問は定期的にメディアから投げかけられ、若干の反応……地道な活動から極論まで様々が出て、結果的には夢物語として忘却される運命にある。
それがまた我々の中にある無力さを確かなものにする。
この対話集は、そもそもそうなるのは何故なのか、という点から始まり、
そうならないように変わるにどうしたらよいかという点を、AIへの壁打ちを通じて掘り進めている。
政治以外にも幅広い用途に使えそうなヒントが詰まっている一作。
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政治に限らず、各学問であったり、現場における問題であったり、トラブルや課題と呼ばれるものは山ほどある。
これを事情を知らぬ第三者が介入しようとした時、共通して突き当たる問題は「頭が痛くなる」ということだ。
考えるコストとそれによって得られる見返りのバランスが崩れ、結果として放置してしまうことになる。
なぜ頭が痛くなるかというと、そういったトラブルには、文脈があり、各要素があるからだ。第三者が物申すのには、有識者でもない自分が有識者並みの努力を重ねなければならない、という先入観が存在する。
政治で語るなら、「法律をポンポン変える」宣言は言うだけなら簡単だが、周囲への影響はどうか。
関連する法律は? その影響でシステムの見直しが入ったら、どの程度の企業が改修に追われるだろうか? 諸外国との関係はどうなる?
と、突き詰めるのならばいくらでも茶々……技術分野で言うとマサカリに該当するものが出せるのである。
この視点の差、労力の差が当事者と第三者との軋轢を生むのだ。
作者が提起している内容は、端的にこの文脈、労力の「見える化」……チームみらいの安野たかひろ氏が提示した「ブロードリスニング」にも通じる取り組みである。
見た限り、更に範囲は広がっていて、なおかつ、投票というシステム自体……今はまるでイベントのような有り様……にも切り込んでいる。
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AIが「見える化」を得意とするのは、最近のチャットAIが標準で持つメモリー機能を鑑みれば明白である。
ユーザーの主義主張、そうなるに至った文脈が、やりとりの記録からかなりの精度で読み取れる。
これを一つ一つ手作業でやるのは狂気の沙汰であるが、AIには正気も狂気もないので、かなり都合がよいのだ。
それによって各人の心が直接的に置き換わることはない。が、参考材料が多く提供されること、機会が身近になることは、
コンテンツへの「距離」を詰めるのには必要となる条件だろう。
結局のところ、自分事にならなければ、何事も真剣には進まないのだから。