第26話
翌朝早く、見習いシスターが屋敷を訪ねてきた。
門の前で、若干顔を青ざめさせながら、何もせずに立ち尽くしている。……呼べばいいのに。幸い、すぐにスケルトンさんが気配を察してくれたから良かったが、俺たちが気づかなかったら彼女はどうするつもりだったんだ?。
「……あの。本当に住んでいるんですね。信じられません」
「朝からなんだよ。変なものを見るような目で見ないでくれ」
「すみません。まだ、どこか信じきれなくて……」
彼女は余計な前置きを置いてから、本題に入った。
「十日後、男爵様が馬車を用意してくださいました。その日に皆で来ますが改めて、院長と共に挨拶に伺おうと思います」
「わかった。その日は新しい孤児院の方で待ってるよ」
「そうですね……そうしてください。マザーを、こんな不気味な場所に連れてくるわけにはいきませんから」
そう言い残すと、彼女は足早に去っていった。
やはり彼女も、玄関先で漏れ出る魔圧の影響を受けてしまうらしい。これもどうにかしてやりたいが、今のところどうしようもないんだよなぁ。
俺は一旦スケルトンさんに状況を報告してから、ギルドへと向かった。
「お待ちしておりました、リョージさん」
いつもの職員に捕まり、またしても副支配人室へと連行される。もはや日課になりつつあるな。
「……あの。今日はなんすか?」
つい、少しばかり悪態が口を突いて出た。ヴォルフさんは眉間に深い皺を寄せて、俺を真っ直ぐに見据えた。
「リョージ。……昨日なぜ、あいつを助けた?」
「昨日ですか? あぁ、カマチョ君のことなら、ただの行きがかりですよ。問題でも?」
人助けをして文句を言われる筋合いはないと思ったけど。
「あの馬鹿はな、『俺がヘマをしたのは、誰か(正体はわかっていないが)の邪魔が入ったから。そのせいで怪我をしたのだから、慰謝料を払え』と騒いでいる。ギルド側としては『自業自得だ。その上、治療までしてもらったんだから、てめぇが治療費を払え』という姿勢だがな」
「えー!」
なんだそりゃ、助け損じゃねえか!。
「それで、お前はどうする。払うか? 貰うか?」
「なんすか?、その極端な二択は」
「お前が払えば、あの馬鹿はさらに付け上がる。貰えば、あいつは借金、最悪は『奴隷落ち』だな。いや、ギルド側が治療もしたし、借金は確定だ」
へ?ドレイ?
「奴隷ですか?」
「おう。借金を返せる見込みがなくなれば、商品として売られる」
「……あの、売れるんですか?カマチョ君は」
あの右腕の状態では、もうまともに剣は振れないんじゃないか?。そんな欠陥品を誰が買うのか。
「アハハハ! なかなか言うじゃないか。まあ、安くはなるが需要はある。」
「え?そういう意味じゃ無くて、腕の状態が悪いんじゃ無いですか?」
「確かに、やつの腕は大したことは無いな。風切りうさぎにソロで挑むような奴は大半が馬鹿だからな。腕の状態以前の問題だ」
はぅ!!ヴォルフさんは、明らかに俺の方をチラチラ見ながら言った。……わかってる。俺もその「馬鹿」に含まれているんだろうよ。分かって揶揄ってるなこりゃ。
「……すみませんね、馬鹿で」
「分かったか、せめて二人で挑めよ。……で、本当の馬鹿の処遇はどうする。治癒魔法を使ったんだろう? 相場は銀貨五枚からだが」
正直、金に困っているわけではない。だが、助けておいて人のせいにされるのは流石に腹が立つ。どうしようか、貰っても、貰わなくても、めんどくさいんだよな、なら――。
「……貰っておきます」
「へぇ、分かった。そのように処理しておくぞ」
ヴォルフさんの含みのある言い方が少し気になるな。
「なんんすか?」
「てっきり、お前のことだ。『いらない』なんて腑抜けたことを言うかと思ってよ」
確かに言いそうにはなったな
「でも、どっちにしろ面倒が起きるんだろうなぁって」
「いい判断だ! ハッハッハ! あとはこっちで処理するが。だがな、馬鹿につける薬はない。これからも気をつけろよ」
不敵に笑うヴォルフさんに見送られ、俺は執務室を後にした。
私闘は厳禁だと言いながら、ギルドの内外で起きる諍いにはどこか冷徹なこの世界。……もしあいつが逆恨みで襲ってくるなら、その時はその時だ。俺はそっと自分の銀タグに触れ、腹を括ることにした。
とはいえ、だ。パーティーを組むと言ってもなぁ、俺には心当たりが全くない。
いい歳をしたおじさんを好んで仲間に入れてくれる新人はいないし、高位の冒険者たちからは、あの「化け物屋敷」の管理人として妙な目で見られている。
八方塞がりの状況にどうしましょと溜息をつきながら、俺はギルドの一階へと階段を下りた。
「……うぇ」
そこで、見てはいけないものを見てしまった。
フロアの隅で、顔色の悪いカマチョ君が、血走った目で周囲の冒険者たちを一人一人舐めるように見回している。
嫌だな……。ついさっき「腹を括る」なんて格好いいことを考えたはずなのに、情けないことに足がすくむ。
俺は極力気配を殺し、彼と視線が合わないように祈りながら掲示板へと滑り込んだ。
手早く「風切りうさぎ」の依頼書を剥ぎ取り、受付で受理を済ませて逃げるようにギルドを後にする。
「……ふぅ。」
表に出て、ようやく肺の空気を入れ替えた。
とりあえず、今日もう一度だけあの「うさぎ野郎」を狙ってみる。それでダメなら、明日からは別の……もっと身の丈に合った依頼を探そう。
それにしても、風切りうさぎはソロが相手にするもんじゃない、か。
ヴォルフさんにあれだけ馬鹿にされた直後に、また同じ獲物を狙いに行く俺は、やっぱり相当な「バカ」なんだろう。
どこか自虐めいた思考を巡らせながら、俺は再び、あの背の高い草が波打つ草原に到達!。
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