2026年8月19日 00:37
第1話への応援コメント
今回は、企画に参加いただきまして、ありがとうございます!AIにてBランク評価になりまして、残念ながらAランクに届きませんでした;AI評価『最終評価:B【作品の本質的な問題】この作品は優れたアイデアを持つシナリオだ。小説ではない。地の文がリンネの思考の実況中継として機能しており、読者は常に「説明」を受け取り続ける。小説の地の文とは、説明ではなく体験の媒体であるべきだ。具体例を挙げる。第5話、勇者の戦闘場面。「奇妙だったのは、声だった」これは説明だ。読者に「奇妙だと感じよ」と指示している。小説であれば、声の描写だけがあり、「奇妙」という判断は読者に委ねられる。聖女の嘔吐の場面も同様だ。描写は鋭い。しかしリンネの分析が即座に続くことで、読者が「おかしい」と感じるべき沈黙の一瞬が潰される。その沈黙こそが文学になるはずだった。【構造的な矛盾】この作品の狙いは、リンネの認識と現実の落差を読者に体験させることだ。しかし地の文がリンネの思考と同化しているため、読者はリンネの視点から抜け出せない。落差を「感じる」のではなく、落差を「知らされる」だけになっている。診断メモという形式は有効だ。だがそれが機能するのは、地の文が診断メモと緊張関係にある場合だけだ。本作では地の文も診断メモも同じ声で書かれており、その緊張が生まれていない。【賢者の失敗】賢者のキャラクターが最も問題だ。勇者の狂気は身体から滲み出る。聖女の狂気は身体の反応として現れる。しかし賢者の狂気は台詞で説明される。「人間がいなければ、人間同士の戦争は起きない」この台詞自体は面白い。しかし賢者がそれを「極めて淡々と」言ったと地の文が説明し、さらにリンネが「思考実験」と即座に分類する。読者が戦慄する前に、すべてが処理されてしまう。【本当に光っている箇所】それでも、二箇所だけ、この作品が小説になりかけた瞬間がある。一つは「足りません」の一言。地の文の説明なしに、聖女の壊れ方の方向性が一言で示される。もう一つは最終話の、「問題があるとすれば、彼らではなく、私の常識の方なのかもしれない」そしてそれを打ち消すという構造。ここだけは、説明なしに読者に何かが届く。この二箇所が、この作品の本当の姿だ。【総括】アイデアはSクラスだ。「正常と診断した者が最も深く壊れる」という逆説は、掌編のテーマとして完璧に近い。しかし現状は、そのアイデアを説明した文章であって、そのアイデアを体験させる小説ではない。前任カウンセラーが逃げた理由を、リンネは最後まで理解しなかった。それと同じように、この作品は自分が何になれたかを、惜しくも理解しないまま終わっている。』とのことでした。すいません、AI評価でAランク以上ではありませんでしたので、大変申し訳ありませんが、外させていただきます;本企画の趣旨ですので、何卒ご了承ください;
2026年3月31日 20:17
最終話への応援コメント
拝読しましたこれは、カウンセラーのリンネも最初からブッ壊れていた感じなんでしょうかね……どう考えても正常ではない、いや、正常と異常の判断基準が壊れていたまともなカウンセラーは逃げ出し、まともじゃないカウンセラーが残って「正常」と判断することで、こんな終わり方になってしまった……ファンタジーの皮をかぶったサイコホラー、サイコスリラーという感じの作品で、ひどく心に残りました★★★評価を置いていきます執筆、お互いに頑張りましょう!よろしければ、こちらの作品にも遊びに来てくださいね
作者からの返信
しっかりと読み込んでいただき、ありがとうございます!
2026年3月27日 20:59
某企画より来訪です……これは勝てん……
読んでいただきありがとうございます!
2026年3月12日 13:01
ぁ、みんな壊れちゃった……
さ、最後まで読んでいただきありがとうございました!
2026年3月12日 12:55
第5話への応援コメント
わ、わぁぁぁぁぁ……みんな怖ァ。確かに、病気ではないかもしれないけどね……!!?ここからどうなっていくのか気になります。
2026年3月12日 12:49 編集済
第3話への応援コメント
精神科医の診療に近い感じがしますね。お世話になった先生に似てて、そんな感じだったなぁと懐かしい。本人達が困難を感じてる訳じゃなく、王様に言われてしぶしぶって感じなら、この対応になるのか……?あまり見た事ない視点で、授業の一環で見知っただけの知識がいっぱいで読んでて楽しいです!
楽しんでいただけたのなら、大変嬉しいのですが、最終話は読まない方がいいかもしれません。最終的にホラーになります…
第1話への応援コメント
今回は、企画に参加いただきまして、ありがとうございます!
AIにてBランク評価になりまして、残念ながらAランクに届きませんでした;
AI評価
『最終評価:B
【作品の本質的な問題】
この作品は優れたアイデアを持つシナリオだ。小説ではない。
地の文がリンネの思考の実況中継として機能しており、読者は常に「説明」を受け取り続ける。小説の地の文とは、説明ではなく体験の媒体であるべきだ。
具体例を挙げる。
第5話、勇者の戦闘場面。
「奇妙だったのは、声だった」
これは説明だ。読者に「奇妙だと感じよ」と指示している。小説であれば、声の描写だけがあり、「奇妙」という判断は読者に委ねられる。
聖女の嘔吐の場面も同様だ。描写は鋭い。しかしリンネの分析が即座に続くことで、読者が「おかしい」と感じるべき沈黙の一瞬が潰される。その沈黙こそが文学になるはずだった。
【構造的な矛盾】
この作品の狙いは、リンネの認識と現実の落差を読者に体験させることだ。
しかし地の文がリンネの思考と同化しているため、読者はリンネの視点から抜け出せない。落差を「感じる」のではなく、落差を「知らされる」だけになっている。
診断メモという形式は有効だ。だがそれが機能するのは、地の文が診断メモと緊張関係にある場合だけだ。本作では地の文も診断メモも同じ声で書かれており、その緊張が生まれていない。
【賢者の失敗】
賢者のキャラクターが最も問題だ。
勇者の狂気は身体から滲み出る。聖女の狂気は身体の反応として現れる。しかし賢者の狂気は台詞で説明される。
「人間がいなければ、人間同士の戦争は起きない」
この台詞自体は面白い。しかし賢者がそれを「極めて淡々と」言ったと地の文が説明し、さらにリンネが「思考実験」と即座に分類する。読者が戦慄する前に、すべてが処理されてしまう。
【本当に光っている箇所】
それでも、二箇所だけ、この作品が小説になりかけた瞬間がある。
一つは「足りません」の一言。地の文の説明なしに、聖女の壊れ方の方向性が一言で示される。
もう一つは最終話の、
「問題があるとすれば、彼らではなく、私の常識の方なのかもしれない」
そしてそれを打ち消すという構造。ここだけは、説明なしに読者に何かが届く。
この二箇所が、この作品の本当の姿だ。
【総括】
アイデアはSクラスだ。「正常と診断した者が最も深く壊れる」という逆説は、掌編のテーマとして完璧に近い。
しかし現状は、そのアイデアを説明した文章であって、そのアイデアを体験させる小説ではない。
前任カウンセラーが逃げた理由を、リンネは最後まで理解しなかった。それと同じように、この作品は自分が何になれたかを、惜しくも理解しないまま終わっている。』とのことでした。
すいません、AI評価でAランク以上ではありませんでしたので、大変申し訳ありませんが、外させていただきます;
本企画の趣旨ですので、何卒ご了承ください;