Phase1 担当エリアを確保しようー29

<フェーズ1最終段階確定まで 143h49m51s>


”おさんぽ! おでかけ! あるじとおでかけ! うれし! たのし!”


絶好調なアゲハの明るい声音の思念を感じつつ、森を駆けまわる。

夕暮れと宵の口の狭間。

これから薄闇の黒が濃くしていく枝葉の天蓋の下、最早慣れたものとしてアゲハはルンルンと楽し気な足取りで進んでいた。

明らかに浮かれているのに、全身の連動に乱れが起きないのは、スキルのお陰か、はたまた俺が酷使しすぎた結果、身に着けた熟練なのか判断に困る。


『アゲハちゃん、ご機嫌だねー』

『言葉を手に入れたのが嬉しいっぽい。<念話>まで待ちきれないのか、一人でお喋りの練習のつもりなんだろ』


その結果、ひたすら上機嫌なアゲハの独り言が届いてくる。

端的に言って、ちょっとうるせぇ。


今までは感情があり、意思があっても、それを明確な形に表現する物が無かった。

それを手に入れたのだから、テンションが上がるのは分かるけども、もう少しお淑やかに出来ないものか。

主として、ちょっと将来が心配になってきたよ?


うーむ、と溜息を零せば、横の櫻野さんがくつくつと核を震わせる。


『あたしもアゲハちゃんとお話しできるようになるの楽しみなんだよね』

『めっちゃ喋るだろうから、圧倒されないようにね』

『だいじょぶだいじょぶ。そーいうの、みーちゃんで慣れてるし。あたしだって、けっこークラスでは煩かった自覚あるしさ』


そう言えばそうだったな、とかつての教室の光景を思い出す。

何だか、遠い日のように感じてしまうのは、それだけ異世界での体験が焼き付いているのか、それとも前世から異世界へと自分の比重が偏ってきつつあるからか。


ただ、窓際の席で、賑やかに談笑する櫻野さんと嘉納さんたちの姿は、鮮明に思い出せた。

うん、まぁ、美少女の集団だしね? 眼福だったのは否定できないし?


思春期男子としては、いい思い出の一部として記憶に焼き付いているのは仕方ないと強くモノ申したい所存である。


『あたしの方は、さっきの巣の分で【共通言詞】は獲れたけど、一ノ瀬君の方はどう?』

『俺の方は次のゴブリンの巣を叩けば<共通言詞>分が溜まるかな。そこから俺とアゲハの<念話>を溜め直すから、フェーズ1まるまる使ってやっとって感じ』

『そっかー。じゃぁ、あたしの方がお先にアゲハちゃんとお喋り出来るんだ』

『俺の方は、主従の繋がりである程度意思疎通取れるからなぁ。そのお陰か、グリッチ気味にアゲハの言葉も理解出来てるし』


何故、俺がアゲハの言葉を理解出来ているのか。

それは、【共通言詞】を通して表現されたアゲハの言葉を、俺に通じるよう、主と眷属の繋がりが補正を掛けているからだと思われる。


【共通言詞】意思を伝える表現を、不備なく通じる言葉として再定義する。


そんなスキル効果故に、言葉として再定義されたアゲハの意思を、主の権能が上から盗み見ている状況を作り出した。

どう考えてもグリッチである。


バグではないのは、再定義すると言う効果だからだ。

これは、ファンタジーでよく見かける共通言語とかそういう物ではない。

アゲハの言葉は、あえて例えるならば芋虫語。

それを日本語として読み取っているのは、スキルの効果が気を利かせた結果だ。

芋虫語が【共通言詞】と言うフィルターを通して、日本語に変換されただけである。


修正案件かはちょっと微妙な所。


注意したいのは、フィルターはスキルを持っている側にしか作用しない事だ。

櫻野さんがアゲハと言葉でコミュニケーションを取るならば、お互いに【共通言詞】を持たないと、櫻野さんはアゲハの言葉が分からず、アゲハだけが櫻野さんが何を言っているか理解できると言うちぐはぐな状況になってしまう。


飽くまで、俺がアゲハの言葉を理解出来ているのは、グリッチ故である。


『それにしても、<共通言詞>と<念話>はセットで考えた方がいいかもなぁ』

『何で?』

『いや、言葉を使えることと、会話が出来るかはまた別と言うか。思念ではアゲハの言葉は理解できるんだけど、鳴き声はぴきゅぴきゅ何言ってるかわからん』


翻訳するスキルではないと言う事か。

恐らくは伝えたい意思が通じるよう分解、再構築をするだけ。

言葉を話す機能が無い口の構造ならば、そもそも会話と言う表現が適応されないのだろう。


ついでに、ぴきゅぴきゅ鳴く声と爛漫とした少女の明るい声が同時に届くので、二重に喧しい。

<念話>があれば、どちらか一方で済む。はず。そうだといいな。


そんな訳で、目下、人型因子を求めてゴブリンの巣を潰し回る最中であった。


昨日立てた方針に従って、フェーズ1最終段階前半は森の中に広がる無数の縄張りを制圧して回るのだが、進路の方針はゴブリンの巣を基準とした。

櫻野さんの怨敵でもあるし、人型因子は色々と有用だからだ。


7時間を移動と制圧、1時間を休息と1セットにして、1日を三分割。


現在は、4回目の移動ターンであり、既に2つのゴブリンの巣を潰していた。


俺達が荒らしまわっているのは、レイポイントを中心に見て南側。

時計回りに動くと言う案もあったが、俺達が長時間近い範囲でうろつくのは余りいい影響は無いだろうとして、北部と南部を交互に荒らしまわると、二人で決めた。


時間が過ぎれば過ぎるほどに、最初に狩り回った空白地帯が放置され、いち早く勢力図が動き出す可能性が在ったからだ。

どうせ動くならば、一斉に動き出してくれた方が有難い。


ゴブリンの巣を3個程潰せば、丁度一時帰還の頃合いか、と平面図のホロマップで確認していると、横、櫻野さんがぼんやり空を仰いでるのが見えた。

ふぅ、と物憂げな溜息まで吐いたその様子は、前世の美少女姿ならばさぞ画になった事だろう。

しかし、悲しいかな、生まれ変わった姿はスライムだった。

まぁ、人間姿の櫻野さんが傍に居たら、俺の心臓が持たないから助かるんだけども。


それに、スライム姿だからこそ、緊張もせずに話しかけられる訳で、


『どうかした、櫻野さん?』

『んー、眷属になってくれるような子、中々見つからないなぁーって。昨日と合わせても、あたし達けっこーな数と戦ったのに』

『どいつもこいつも好戦的と言うか、敗北は死! みたいなプライドの高さしてたからなぁ。蜂の女王とか最後まで酷かった』

『あたしも、あれは好きになれなかったなぁ。眷属にしてって乞われても流石にお断り』

『まぁ、森の中で俺達が認知され始めれば、あいつらの意識も多少変わってくるんじゃない? そっからが本番と思えばいいさ』


若干希望的観測が含まれるものの、一応本心のままに励ましてみれば、そっかーと、櫻野さんは納得してくれたようだった。

声の響きから、とりあえずそう思っておこう、と一旦心持を切り替えたらしい。


ハウンドウルフを筆頭に、ガストピジョン、ブレードラーテル、ストーンラットなど、多種多様な生き物が西側の森には棲んでいる。

狼やら小鳥やら、創作物でテイムされることをよく見かける種族も多いのに、どいつもこいつも死ぬまで戦う気満々だったのが誤算と言えば誤算。


ゴブリンを除いて基本的に嫌悪感を覚える種族が無い櫻野さんならば、この森に住まう種族はどれを選んでも眷属として迎え入れられる。

だと言うのに、こうまで空振りが続くのは、野生の誇りと言うヤツをちょっと甘く見ていたのかもしれない。


いや、一回は惜しい兆候があったのだ。

狼の群れと対峙した時、一匹の個体が戦う前からどこか引き気味だったことがある。

その時は、長がすぐに叱りつけて臨戦態勢になってしまったが、もしも立て直す隙さえ与えなければ、もしかしたらあの気弱な狼は屈服したのかもしれない。

巡り合わせの悪さにままならないと思うべきか、異世界でも上司のパワハラに部下は逆らえない世知辛さを感じるべきか。


難しい問題であった。


そんな事を思った時だ。


「きゅっぴぅ!」


上機嫌だった声音から一変、緊張を孕んだアゲハの鳴き声が上がった。

敵が近い事を知らせる声だ。

しかし、周囲を見ても、縄張りらしいものは見当たらない。

それどころか、敵意は感じてもその気配がどこにも感じられなかった。


”はちがみてる ちかづくな こっちくるなって じーっとみてる”


蜂か。


思い出すのは、今朝の遠征。

南部の森を駆けずり回っていたところに出くわしたグレイス・ビーの群れだ。

気分の悪い戦いだった。


女王が最後の一匹が命尽きるまで、戦闘に狩りだしたのだ。

兵士が全滅したと言うのに、戦う能力のない働きバチまで無理矢理に動員して、その癖、自分は安全な後方で踏ん反り返り続けていた。

その挙句、いよいよ女王だけになった瞬間、自分が統べていたはずの巣すら見捨てて一目散に逃げだそうとする始末。

若造の俺でも分かる、醜い大人の姿だった。


それが種族全体の習性なのかは分からない。

けれど、俺の印象としては、巣を総て戦力とする執念深さと生き意地の汚さから、害虫に分類しかけている。

正直、ゴブリンに次いで駆逐した方がいいのではとすら思っていた。


”はちのす あっち! はねのけはい むこうからくる”


俺の思念を感じたのか、アゲハの方でも蜂の様子を察知していてくれたらしい。

うちの子偉くない?


『櫻野さん、蜂の巣が近いらしい』

『なら、今朝の反省を活かして、リベンジしよっか!』


あの根絶と言うにふさわしい泥沼の消耗戦を経て、それでも櫻野さんはきっぱりと言い切った。

一応、あれを何度もやると言うのは御免被りたかったので、頭を突き合わせてあーでもないこーでもないと作戦を練ったりしたけども、それにしたってこの潔さには驚いた。


決まりだ。


『アゲハ、巣の方へ向かってくれ』

「ぴきゅーぃ!」


元気のいい返事と同時、アゲハが進路を逸れる。

巣へとの距離が近づく毎に、あからさまな敵意の気配が濃くなった。

姿は未だに見えないけども、時折、薄羽で羽ばたく音が遠くに聞こえてくる。


存在を報せる羽音は、こちらへの警告と威嚇だ。

いきなり襲い掛かってこないのは、対集団を基本としている故に、先走って刺激するのを避ける為だろう。

戦列が整う前に、敵が逆上して急に勢いづいたら負けるのは蜂の方だ。


だからこそ、こちらが巣へと到達するまで蜂たちは姿を現さず、数の多さと姿を見せない事で威圧とする。

退けばよし。巣へと辿り付けば、全面戦争。

それが、この蜂たちが培ってきたこの森で生き抜くための戦略だった。


がさり、と茂みを掻き分けて、アゲハが目的の地へとたどり着いた。


『……すっごい』


櫻野さんの息を呑む声がした。

逆に、俺は言葉が出て来なくなる。


視界の正面に、それはあった。


一本の木を根元から呑み込むかのように、裾を拡げて上へ上へと伸びる樹皮とは違う色。

所々まだらの模様があるそれは、蜂塚だった。


その巨大な威容に圧倒される俺達の前で、蜂たちが重たい羽音を響かせながら次々に巣から飛び出てくる。

100を超える大群。


最後に出てきたのは、一際大きな体躯を持つ美しい蜂の女王。


――巨大な巣に君臨する威厳ある女王蜂だった

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