雷獣少女の現代ダンジョンRTA~事故で両足を失った私は、最速でダンジョン攻略する~

戸部 ヒカル

雷獣少女の現代ダンジョンRTA

第一章 雷鳴轟く池袋ダンジョン

第1話 露崎 晶


「あの……ダンジョンに挑戦したいって、本気ですか?」


 受付嬢は顔を青くした。

 広々としたロビーには、配信者の攻略ダイジェストが流れている。

 初級探索者——露崎つゆざきあきらは、ロビー中央にある円形の受付カウンターにいた。


「もちろん、私の生きがいなんで」

「そうは言いましても……その……危険ですし」


 言葉に詰まった受付嬢は、晶の膝元へ視線を落とす。

 それでも気にせず、定期入れから一枚のカードを取り出した。

 

「初級ですけど、ちゃーんと持ってますよっ!」


 と、カウンターに差し出す。

 受付嬢の視線は一枚のカードへ向いた。


『初級ライセンス ダンジョン入場許可証

 露崎 晶 / 17歳 / 女性(レベル:12)』


 必要情報と一緒に顔写真が載った探索者証……これさえあれば、ダンジョンに入れちゃうのだ。

 メガネの奥から、晶は受付嬢を見つめた。


「池袋ダンジョンは初級ライセンスにオススメだって、配信者が言ってましたよ」

「それは間違いないんですが……別に問題があると言いますか……」

「ちゃんとライセンスもあるのに、なんで入れないんですか?」


 晶はカウンターに身を寄せる。

 すると、震える手が伸びて探索者証を押し返す。その手は、人差し指を残して握られて、晶の膝元を指した。



「だ、だって車椅子に乗っているじゃないですか……それって歩けないってことですよね!」



 受付嬢の声がダンジョンロビーで反響する。

 周りにいたサラリーマンや学生たちが振り返り、視線が集中した。

 一瞬の静寂から、周囲の視線はざわつきに変わる。

 しかし、そんな状況でさえ晶は、眉一つ動かさずあっさりと答えた。


「え? そりゃそうですけど」

「ダンジョンは危ないところなんですよ? 熟練の探索者だってケガを、下手したら死んでしまうんです。それを車椅子でなんて……」


 受付嬢の表情は険しくなっていく。

 ダンジョンに入っても大丈夫って思ってもらえばいいと、晶は考えた。

 そして、車椅子の押手にぶら下がったリュックサックを、膝元まで引っ張り下ろしてきた。


「ダンジョンの中なら、歩けますから大丈夫ですよ!」


 と、リュックの中身をカウンターへ向ける。


「へ……?」


 受付嬢は声を上げて固まった。

 その顔を見て晶は得意げに笑った。だって無理とか、無謀とか言われるほど燃えてくる。


「私のこの足、最速だから問題ないです!」


 大きめな黒縁メガネ……奥で瞳を爛々とさせた。

 受付嬢が人形みたいにコクリと頷く。そうして探索者証を受け取ると、カウンターの中で手続きを始めた。

 少しすると、


「ライセンスの認証が完了しました。……ほんとに気を付けてくださいね」

「ありがとうございます!」


 ニコッと笑う。

 晶は会釈をして車椅子を走らせ、颯爽と更衣室へ向かった。


     ◇


 義足を履いた晶が、ダンジョン入り口に立つ。

 恐竜の足みたいな鋼鉄の義足が、がっしりと床を捕まえていた。

 三つの行き先が示された三台のエレベーター。その前に立ち、《上層》へ向かい乗り込んだ。


「今日こそ、記録を更新っと……」


 言いながらスマホに指を滑らせる。


《ギルド公認:ダンジョンRTAランキング》


 ——池袋ダンジョン(上層)——


1位:インフェルノ

 (TIME 32:43:01)


2位:エビ電須佐能

 (TIME 33:47:56)


3位:味噌汁サムライ

 (TIME 33:47:59)


…………——。


 ダンジョンフロアボス手前にある大扉——ゴールまでの攻略タイムを競い合う危ない遊び、ダンジョンRTA。

 ギルドから、公式アプリが出されるほど熱いみたいだ。


「ん-、上位100人いても30分くらいかぁ」


 呟くと同時にピーンと音が鳴る。

 エレベーターの扉が開くと、埃っぽくて生温かい風が頬を撫でた。義足がダンジョンの地面に降り立って、ガツガツと足音が鳴る。


 耳をイヤホンで埋めて、軽く柔軟体操。

 RTAアプリのタイマーをセットして、曲を掛ける。そしてウエストポーチにスマホを放り込んだ。


「ふんふんふん」


 鼻歌は自然と漏れて、心臓が跳ねた。

 ぴょんぴょんぴょーん、と飛び上がって着地する。


 合図を待つように、クラウチングスタートの姿勢を取った。


 義足の四本爪が地面をえぐる。


「【スキル:属性雷】」


 唱えると同時に、全身を稲妻が駆け巡る。

 義足のモーターが電気を帯びて回り始めた。その音が高揚感を高めてくれる。どこまでも走っていけそうだ。


〈ON YOUR MARKS〉


 パンッ——。

 耳元で合図が鳴る。

 と、ギュッと踏み込んで晶は駆け出す。


(やっぱ気持ちいい……っ!)


 前傾姿勢で風を切り裂く。

 鉄の爪が地面を踏みつける度に、雷鳴が轟いた。旧地下鉄ホームを飲み込んで形成された池袋ダンジョンを突き進んだ。


 錆びついたショッピング街を通り、無人の改札を飛び越えて、階段を下っていくとホームに出た。


 晶はホームからサッと飛び降りて、朽ちた線路内へ入った。

 延々と続くトンネルを抜けると、ダンジョンらしいゴツゴツした岩壁が見え始めた。


「邪魔だなぁ……ほんと」


 岩壁に反響した剣撃と魔法が飛び交う音。

 性別も年齢も装備すらバラバラな探索者四人が、真っ黒い狼と対峙している。道幅は線路のトンネルと変わらず、狭い。


 彼らの戦闘で道を塞がれていた。


「残ったガルムは三体だ! 温存して勝つぞ」

「魔法とスキルはこの先で使うから、まだ使っちゃだめよ!」

「わかってる。おらぁ——ッ!」


 黒い狼——ガルムは前と左右から探索者パーティを囲んでいる。

 目の前の光景に眉をしかめ、数瞬の後、パンッと小さく手を打ち鳴らした。


「あ、そうだっ!」


 ボソッと言って駆け出した。

 一番右側の魔法使い装備の探索者……その背中にポンッと手を掛けると、晶は飛び上がる。


「なっ……!?」


 跳び箱みたいに次々飛び越し、最後の背中を押して大きく跳ねた。


「お先に——っ」


 カチャッとギアを変速する。

 一段上げただけで、モーター音がうるさくなった。

 一歩目、四本爪がガッチリと左側の壁を捕まえた。二歩目、三歩目と踏み込む。スピードに乗ると、大きく手を広げて叫んだ。


「風になってる感じ——っ!」


 速度を保って岩壁を走りる。

 六階層に分かれているダンジョン上層の中……晶は四つの階段を抜け、モンスターを発見しても速さでぶち抜く。

 素通りし続けた先で、ダンジョンが揺れ動いた。


「えぇっ!?」


 壁の亀裂に爪が掛かって、地面に転がった。

 地震——じゃない。別の空間だから現実の影響は受けないって受付嬢が言っていた。

 一度イヤホンを外して、寝転んだまま地面に耳を付ける。

 そしてコンコンと叩いてみると、地面の奥から爆裂音が聞こえてきた。


(この地面って思っていたより薄っぺらい?)


 晶はニヤリと口元をゆがめた。


「ぶっ壊しちゃえば、もっと速いよね」


 四本爪でガツガツと叩く。

 やっぱり薄い。でも壊していいのかな……規約違反とかなんとか説明を受けた気がする。晶は思いつつも、数瞬の間に結論を出した。


「まぁいっか、怒られたら謝ろう! ——【スキル:雷撃インパクト・ボルト】」


 これは速くなるスキルじゃない。

 邪魔なものをぶっ壊すために入れた唯一の攻撃スキルだ。今が使いどころ。


 晶は大きく飛び上がる。


 空中で体を丸めて前宙すると、地面にかかと落とし。

 電気が弾けて、地面に亀裂が入る。そして崩れる。晶は穴に吸い込まれるみたいに落ちていった。


「くぅーっ、腰がぁ……」


 かかと落としの衝撃で腰がジンジン痛む。

 でも一個下の階層に着地できたらしい。そのとき……。


「え? どういう……え?」


 困惑した表情の探索者が声を上げていた。

 彼女は同い年くらいに見えた。黒髪に赤いメッシュのサイドテール。ひらひらとアイドル衣装みたいな軽装装備に身を包んでいる。


「体調悪いの? 顔真っ青だよ」


「……あ」と彼女は言って、晶の背後を指さした。

 指の先へ目を向けると、背丈ほどの剣を振り上げる牛顔の巨人がいた。


「ミノタウロスを倒してください!」

「なんで? ヤダよ」

「……即答ですか?!」


 振り下ろされる剣を、晶は横っ飛び回避。

 ぶわっと土煙が舞って牛巨人の姿を覆い隠した。


(邪魔ばっか……近道できると思ったのに)


 助けたくない訳じゃない。

 でも積極的に助けようとも思わない。


 ウエストポーチからスマホを取り出すと、タイマーに目を向けた。


〈AKIRA TSUYUZAKI

 (TIME 16:56:42)〉


 刻一刻と時間は過ぎる。

 煙が晴れると、眼前に牛巨人はいた。通り抜けても、どこの道に繋がっているかわからない。

 地面をぶち抜いたこと自体、失敗だったかも……晶がそう思った時、赤メッシュが声を上げた。


「あの! この部屋の出口は、《大扉》に繋がってます!」


 ギョロッと牛巨人の目が、赤メッシュへ。

 出口は牛巨人の十メートルぐらい後ろだ。——避けるより、突っ切る方が絶対速い。迷いなんてなくなった。


 牛巨人の視線に怯える少女と目が合って、晶はコクリと頷いた。


「【スキル:雷撃インパクト・ボルト】」


 稲妻が体を駆け巡る。

 低く構えた姿勢で晶は、膝に手を伸ばす。

 ガチャッ——。ギアを3速に切り替えて四本爪は地面を強く踏み込む。


 風を切る、というより景色が千切れていく。


 瞬間——牛巨人の胸部を雷の槍が穿つ。


 晶の前にはいつの間にか出口があった。背後で重く倒れ伏す音が鳴り、口元が緩む。万華鏡みたいな視界で駆け抜けて、ドンッ——と大扉に着地した。


 耳元から〈GOAL〉の掛け声。


 ほっとして全身から力が抜ける。

 競技会の後のように、息があがって全身がプルプルだ。

 震える手でスマホを触って、ランキングを確認した。


《ギルド公認:ダンジョンRTAランキング》


 ——池袋ダンジョン(上層)——


1位:ゲストユーザー

 (TIME 23:07:59)NEW RECORD


2位:インフェルノ

 (TIME 32:43:01)


3位:エビ電須佐能

 (TIME 33:47:56)


…………——。


 倒れこんで天井に目を向ける。

 晶の口元は三日月状に歪んでいた。


「まだまだ、速くなれそう……ふひひっ——痛っ!」


 スマホが額を打つと、晶は痛みに悶えていた。


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