第二十五話:虚構の黎明、および血の研鑽
司祭が去った後の夜は余りにも静かだった。
ハクは一睡もすることなく、自らの肉体の奥底で燻る「痛み」の火種を凝視し続けていた。
夜が明けるとアオが目を覚ました。
司祭の術式によって母から命を流し込まれたことなど露ほども知らず、アオは真新しい制服に身を包み、弾むような声で「行ってきます」とハクに告げた。
その無垢な笑顔はハクにとってはどんな拷問よりも鋭利な刃となって、彼の胸を切り裂いた。
「ああ。……気をつけて行くんだよ、アオ。」
ハクの声は自身の喉を通過する際に冷たく硬質な響きへと変質していた。
アオの背中が遠ざかるのを見届けた後、ハクは重い足取りでカイトの待つ私設訓練場へと向かった。
そこは学園の華やかな練武場とは対照的な、湿った石壁に囲まれた地下の牢獄のような空間であった。
「……来たか、ハク。その顔を見る限り、昨夜の出来事は単なる悪夢ではなかったようだな。」
待ち構えていたカイトの表情もまた、悲壮な決意に満ちていた。
ハクは無言で上着を脱ぎ捨て、包帯に塗れた肉体を晒した。
廃都での傷は未だ癒えず、赤黒い瘢痕が這い回っている。
「カイト。僕の動きを君の反射神経の限界まで追い込め。寸止めも、慈悲もいらない。僕が必要なのは司祭の想定を超える『死への加速』だ。」
二人の訓練はもはや武術の研鑽などという生温いものではなかった。
カイトの放つ冷徹な剣閃がハクの肉体を切り裂き、血飛沫が石床に不規則な文様を描き出す。
ハクはその痛みを受けるたびに、黄金の輝きを抑え込み、純粋な「殺意」と「速度」へと変換していった。
司祭はハクが「家族への愛」ゆえに苦しみ、それを力に変えることを期待している。
ならば、その期待をさらに超えた深淵――愛さえも燃料として燃やし尽くした先の、虚無の極致に至るしかない。
「もっとだ、カイト! 君の剣は、まだ僕の『絶望』に届いていない!」
ハクの叫びが、地下室の冷たい空気を震わせた。
カイトは唇を噛み締め、涙を堪えるようにして、親友であったはずの少年の肉体に、次々と新たな受難を刻み込んでいった。
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