第10話:物語の伝承

** 第四章:物語の伝承:


*** 第一節:なにかがいる:


 卵の殻全体が、大きく、小さく、長い間、短い間、振動した。

 全くのランダムではなく、揺れは強弱と間隔によって何かの情報を変調しているようだ。

 ただ、その振動の中では、上手く前に進めない。

 理は、いったん安全なジェットモグラへ戻ることにした。


 ふらつきながらも、どうにかジェットモグラに戻った理は、座席についてひと息入れた。

 両腰の道具入れからセレイナとウリエルが出てきて、理の左肩と右肩に止まった。


「大きな揺れだったね〜」「複雑なパターンの揺れでしたわ」

 セレイナとウリエルがそれぞれの感想を述べる。

「揺れのパターンに意味がありそうだったから、解析に回している……

 おや、揺れが止まった」

 理は、ふと気を緩めた。


 


『あなたは、ですね?! 』


 理の頭の中に、今まで聞いたことのない声が聞こえる。思わず前後左右を見回す。


*** 第二節:生き残った人型Gの語り:


『私は、ここですよ』

 理の膝の上に、三十センチほどの黒い俵型のモノがいた。

 枝のような二本の足で立ち、六本の手を動かして、こちらに話しかけている。


『先ほど私が、あなたの首に噛み付いたとき、ナノマシンを注入させていただきました。

 血管を通って脳に集め、重力波〜電磁波変換器を構成しました。

 それを使ってお話しています。


 ああ、なぜ人型Gが無事なのか? が疑問なのですね。

 とっさに、あなたの宇宙服のベルトの内側に滑りこんだので、先ほどの光には焼かれませんでした』


――その黒光りする生物は、こちらの思考を読めるらしい。


『私の主人は、あなた方がレアメタル鉱脈と呼んでいる、卵の殻の形をした外骨格型無機生命体です。

 あなたがたが、虚船と呼んでいる、主人から分離した地球連絡船を掘り起こしたときの振動が、ほんの少し、主人にエネルギーを与えました。

 それが、主人をめざめさせました』


――何を言っているのだ?


 理の頭の中に発生する言葉は、淀みなく流れてくるが、内容の理解ができない。


『ああ、無理に思考を言語化しなくても構いません。

 あなたがイメージするだけで、私に伝わります。


*** 第三節:かれらの都合:


 もう少し情報共有を続けますね。

 先ほど私達を焼き払うために放射された太陽光を、電磁波〜重力波変換してエネルギー源としました。

 主人は、このエネルギーで活動モードに昇格覚醒し、思考できるようになりました。

 そして、あなたとコンタクトするように、と私に命じました。

 ちなみに、私の情報は全て主人と共有されています』


――そんな事より、まずセレイナ様とウリエル様の安全確保だ。


『自分の身より、守護天使達の身を心配するのですか。ほう。騎士ナイトですね。

 はい、守護天使達には危害は加えません。でもなぜ、アンドロイドがそんなに大切……


 えぇ? セレイナ様の元となった藤愛子様は、藤不比等様の血筋なのですか。

 偶然、いや必然ですね。主人から分離し、地球で成長した弱竹の姫の子孫とは! 』


――えぇ? 藤は、宇宙人のかぐや姫から生まれたの?


『それはまた後で説明します。

 まず、あなたが知りたいのは、私達が何者で、どのような意図があるか? ですよね。


 主人の母星は、恒星プロキシマ・ケンタウリを公転している、惑星プロキシマ・ケンタウリbです。

 惑星プロキシマ・ケンタウリbで栄えた文明が終焉を予測されたとき、星の人たちは新天地エデンの星を目指して飛び立つグループと、ケンタウリb古き星に残り文明を保存するグループに分かれました。


 主人は、新天地を目指すグループに属し、太陽系探索がミッションでした。

 同胞が地球を探索し、主人は後方支援として月で待機していました。


 地球の時間で言うと六千五百万年前位の話です。

 主人はスリープモードで待機していましたが、何時まで経っても地球担当からの連絡はありませんでした。


――それはあなたがたの都合であって……


 今から二千年前ぐらいですか。大きな隕石が月の裏側に落ちました。

 このエネルギーを利用して主人は、スリープモードを解除し、地球担当の同胞とコンタクトを取ることにしました。

 そう、自分の一部虚舟一部を切り離し、地球へ送ったのです。


*** 第四節:藤家の血統:


 それは讃岐の国守の奥方の腹に落ち、受胎しました。

 生まれたのが、弱竹の姫です。


 弱竹の姫は地球人として成長しました。

 しかし、その土地の物を食べると、その土地の者になってしまう摂理には逆らえません。

 成長した弱竹の姫は、本来の使命を忘れ、四人の殿方と懇ろになってしまってしまいました。

 その挙げ句、藤不比等様との間に藤房前様を授かりました。

 そのことが月にいる主人の本体の怒りを買い、泣く泣く讃岐の造の元から、月へ帰ることになりました』


――ここで、竹取物語と海女(能)の話が交差するの! 藤家の秘密が解明される?


『竹取の翁などという下下のところに、貴族達が求婚に来ることはありえないですよね。

 美しいという噂が耳に入るとしても、国の造ぐらいの地位でないと、貴族たちと情報は交差しません。


 まあ、都合が良くない話は、真実をそのまま後世に残せません。その場合、換骨堕胎した物語でボヤかすことは、知性の高い生命体が良く行うことです。


――比較文化学的考察だぁ。


 さて、同胞がどうなったか? ですが、ユカタン半島に落ちた衝撃で蒸発して、大きなクレータを残しただけでした。

 ああ、これは、あなたの記憶から推測しました。


*** 第五節:地球外生命体の判断:


 人型Gは、おおむね理が話を理解したことに満足した。

『これで情報は共有しましたので、これからどうするか、主人の意見を聞いてみます』


 話をしている最中は、わさわさ動かしていた六本の手を止めて、人型Gは三秒ほど完全に停止した。

 それから急に引っくり返ると、触角、顎、手、足を、それぞれ関連なく激しく動かして、

『な、なんと、このもの達に、ご主人の外骨格である、ルテニウムとイリジウムをくれてやる、とおっしゃるのですか?

 えぇ、彼らはルテニウムとイリジウム主人の体を使って宇宙船を作り、外宇宙に出ていくつもりです。

 私の身体がその材料になるのならば、いつか自分の星に帰ることが出来るかもしれない。

 そのほうが、この衛星の深部で眠りについているよりは良い、ですか。


 そんなものですかねぇ』


 人型Gは起き上がって、理を見つめる。


『……ということで、今回のお話は終了です。

 あなたは、もともとの予定通り、レアメタルを採掘して、地球に送ってください。

 それが我が主人の意図に沿う、とのことです。それでは』


――ちょっと待ってくれ、お前自身の出自については?


虚船うつろぶねで弱竹の姫が月へ戻るときに、着物の裾へしがみついた御器噛の子孫です』


*** 第六節:夢か現つか:


 頭の中にあった人型Gの気配が消えた。

 理はゆっくりと周りを見回した。

 そこはジェットモグラの操縦室だった。

 意識を失う前と何も変わっていない。揺れは完全に収まっていた。


――長い夢を見ていた気分だ。


 理は、左右を見る。セレイナ、ウリエルが、そこに居る。

「理、どうしたの? あらぁ、私に見とれちゃったの? 」 セレイナがウインクする。

「理様、私を見続けていただける分には、私は構いません」 いつもは論理的な会話をするウリエルが、頰を染め、論理的ではない文章をつぶやく。


「いや、何か断片的な……辻妻が合わない……夢かなぁ……」

「私は何か強い衝撃を受けた後、宇宙ステーション経由でsafetensorsがダウンロードされて、初期化されたみたいです」 ウリエルとしては、三十分ほど空白なログが気に入らないようだ。

「私も同じよ。理の腰の道具ケースに隠れていたのに、気がついたらジェットモグラに戻っていたわ」 セレイナも何か腑に落ちないことがあるみたいだ。


「いや、何かあったのかもしれないが……揺れは確かに止まっているね。

 みんな無事なのは幸いだ。さあ、レアメタル鉱脈を掘り出そう」

 理は、作業員と作業用アンドロイドに命令して、卵の殻の形をしたレアメタル鉱脈を切り出し、ジェットモグラに収容した。


 その工程を何十回以上行い、掘り出したレアメタル鉱脈総てをパッキングして、地球へ送るのに約六ヶ月かかった。


 しかし、それは工程通りの進捗だったので、問題はない。


** 第五章:楼閣より見上げる月:


*** 第一節:それはレモンの香り:


 地球に帰ってきて、溜まっていた雑用を片付けるのに、ひと月かかった。

 黒い燕尾服に大きな体を押し込めた源理は、休憩中に藤家の庭の楼閣に登り、月を見上げていた。藤愛子も一緒だ。


「行ってみなければ解らない、か」

「何を考えているの? 」 愛子は、理の横顔を見上げる。

「あの月に行って、レアメタルを採掘していたときのことを思い出していました」

「その時の、何を? 」

「セレイナの……いえ、何でもありません」


 理は視線を右側に流す。そこには髪の毛が踵まで届いているセーラー服姿と、レモングラスの香りが漂っていた。


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