四
どうしてこうも、人は不平等なのだろう。
金の髪と青い瞳を持って生まれただけで、鬼の子と忌み嫌われ、閉じ込められなければならないのか。
自分のことを悲観するのは好かないが、私もそうだ。大切な人を殺されただけでなく、殺した下手人が私の前に現れた。そんな人生なんてあんまりで、死んだ方がマシだと幾度も思った。
──けれど。
「──お前たちが閉じ込めているあの者は、本当に買ったものなのかっ?」
私が死んだら不幸になると言って、抱きしめてくれた人がいた。
「黙れ! あれと言葉を交わした者を生きては返せん!」
ここから出たら、誰かを不幸にしてしまうと言って、泣いた少年がいた。
「ふざけるな! あれを…リセラを閉じ込めて、人形のように使うお前たちの方が、国の恥だっ!!」
生きていて良いことなんて無いと思っていたけれど、そんなことはなかった。
決して、私は不幸せではないのだ。
ただ、私が気づけなかっただけで、しあわせの片鱗は幾つも胸の中にある。
「っ……!」
あっと思った時にはもう、右手にあった短刀が弾け飛んでいた。
原因は分かっている。先ほどまでは居なかった忍のような男が、一撃で私の手から刃物を奪ったのだ。
「……残念でしたな、お客人」
男の唇が、ゆっくりと弧を描いた。
武器を失った私は、降参だと言わんばかりの顔をしながら、袖に仕込んでいた刃物を取り出そうとしたのだけれど。
目の先に、ここに来るはずのない人の姿を見つけた為、それを手にすることは叶わなくなった。
「……和助」
「すまねぇ」
何故か、客室で寝ているはずの和助がいる。それどころか、男たちに縛られている。
言い出しっぺが人質に取られるとは何事か。
私は仕込んでいた刃物を地面に投げ捨て、両の手を前に出して丸腰であることを示した。
「……卑怯だな。多数で斬りかかってきたうえ、和助を人質にするとは」
翁は勝ち誇ったように笑った。
「仕方ない。知られてしまったのですから」
私はため息を吐いた。申し訳なさそうにしている和助を蹴ってやりたくなったが、人質に取られている今、そんなことをしている場合はない。帰ったら、饅頭を五個頂くとしよう。
忘れかけていたが、ああ見えて今の和助は手負いの身だ。取り敢えず、人質を代わって……それからどうするか考えよう。
「解放、してくれるか」
翁の眉が動く。どうするのか出方を伺っているようだ。
「……この男と代わって、罰を受けるのなら良いでしょう」
「いいだろう」
「おい、おま──」
間髪入れずに頷いた私へと、和助が声を上げた。だが、私は和助に黙るよう睨んだ。
和助は口を開けたまま私を凝視している。
「さあ、こちらに」
翁の合図で、側にいた男の一人が縄を手に近づいてくる。
両手を背中側に寄せると、縛っていく。
和助は自分の代わりに縄で縛られていく私を、呆気にとられたように見ていたが、自分の縄が解かれたのを機に我に返った。
私はぎゅっと唇を引き結び、和助の目をじっと見つめた。
どうか、伝わってくれ。
ここからリセラを連れて、逃げてほしい。そして、生き延びて欲しい。
伝わったかどうかは分からないが、和助は何かを決心したように頷くと、肩の傷を押さえながら地を蹴って走り出した。
私は空を見上げ、太陽の位置を確認した。
最後に見上げた時に浮かんでいた月は、まだ薄っすらと見える。
誰にも気づかれないように付けてきた印は、太陽の真下。つまり、太陽を追うように走れば──。
「──リセラっ! 聞け!」
私は後方にある小屋に向かって、精一杯声を張り上げた。
突然声を上げた私へと、男が拳を振り上げる。それを寸前で躱した私は、陽の光に目を細めているリセラに向かって、ただ叫んだ。
「太陽に向かって走って、山を下れ! 赤い布が目印だ!」
「──貴様っ、我らの居場所をっ?!」
「松下村塾を目指せ! そこにいる阿呆な男供に、和助を助けるよう知らせてくれっ……!」
「おい、お前──」
「私のことは構わぬっ!!」
青が、揺れている。
何を思って、揺れているのか。
「リセラっ! 逃げて、生き──」
突如、頭に強い衝撃が走った。
赤が散るのを見た私は、地に吸い込まれるように倒れた。
(……リセラ)
リセラ。君は、逃げることができただろうか。
陽の光が当たらない場所から、駆け出すことが出来ただろうか。
勝手なことを言って、目を閉じた私を恨んでいるだろうか。
あの村に──吉田松陰や栄太郎がいる村に、辿り着くことが出来ただろうか。
願わくば、一度だけ。一度だけでいいから、あの青を、少年の笑顔を、陽の下で見てみたかった。
暗くなっていく世界で、私が最後に見たものは。
黎明を超えてやってきた、美しい空だった。
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