女友達が"となり"に住めばいつかはこうなる
楓原 こうた【書籍10シリーズ発売中】
プロローグ
一つ、質問がある。
もし、今まで接点のなかった赤の他人と仲良くなるには、どうすればいいだろうか?
別にこの質問はコミュニケーションの取り方に困っているとか、仲良くなりたい人がいる、とかでもなく。
人間関係構築における最良、かつ自然な、誰もで当て嵌められる方法の話だ。
金銭を渡す。現金な話ではあるが、そういう方法もなくはない。
諦めずに話しかける……まぁ、根気で乗り越えられることもあるだろう。
趣味嗜好を計算、相手の興味ある話題で相手の興味を引く。一緒にゲームなど盛り上がれる遊びをする。
考えれば考えるほど、色んな方法が浮かび上がってくるものだ。
ただ、はたしてこれは最良で、かつ安全と呼べるものだろうか?
金銭でやり取りするのは言わずもがな、根気で話しかけてもウザがられてしまえばお終い。性急な話題作りも失敗すれば好感度が下がるだけだ。
では、一体どうすればいいのか?
答えは簡単だと思われる───時間と状況を作ればいい。
人数の少ない職場で隣の席に座る、とか。一つ屋根の下で一緒に暮らす、とか。
住めば都、順応適応、と言うように時間が慣れを与え、仕方なく話をしなければならない状況を作ることで相手の負担なく自然と会話が生まれる。
まぁ、ただそんな機会など簡単に作れるものではない。
偶然ときっかけが起こらない限り、関係値を深める努力が求められるだろう。
けれども、仮にもし。そんな状況が意図せず逆にでき上がってしまった場合。
互いが自ずと仲良くなってしまうのは、ある意味必然で当たり前なのかもしれない。
たとえば、親から突然同い年の女の子を任せられ、長い間隣同士に住んでいた場合などはどうだろうか───
♦️♦️♦️
「うぎゃぁー! 負けたぁー!?」
休日の昼下がり。
閑静な住宅街にあるマンションの一室にて、悔しそうで可愛らしい叫び声が響き渡る。
「わ、私が持ってきたゲームなのに……ッ!」
艶やかな銀の長髪。愛苦しさと美しさを兼ね備えた端麗すぎる顔立ち。
少し小柄な体躯ではあるものの、引き締まった肢体に出るところはしっかりと出ている抜群のプロポーション。
そんな少女—――
「フッ……ゲームを俺の部屋に置いていくのが悪い。日頃、猫ちゃん動画を我慢し、いつか綾音が罰ゲームというご褒美ほしさに挑んできてもいいよう俺がどれだけこのゲームに費やしてきたことか」
短く切り揃えた黒髪。目つきは少し鋭いものの、端麗で男らしいかっこいい顔立ち。
楽しそうに笑っているからか、どこか安心できるような雰囲気が滲んでいた。
―――
綾音と同い年の少年で、どこにでもいるようなごく普通の男の子である。
「もう一回っ! もう一回かやり直しを要求します!」
「どっちも同じ意味なんだけどな」
「罰ゲームはちゃんとやるから! 胸元開けて上目遣いで「許してほしいにゃん♪」ってするからー!」
「そんな罰ゲームを要求はしてないんだがな」
「見たくないの!?」
「それとこれは話が別だ」
見たいらしい。
「仕方ない……挑んでくるなら、もう一戦するか」
蓮がコントローラーを操作し、リセット画面へと戻る。
すると、綾音は「やったんでぇ……ッ!」と、再び画面を睨みつけた。
「ちなみに、その罰ゲームを設定した次はどうするつもりなんだ? 掛け金は常につり上がるのが世の常であることは承知しているだろうに」
「スカート「ぴらっ」で挑戦っ!」
「当初の罰ゲームは今日の夕飯の当番だったんだがなぁ」
「私の体一つで当番を回避できるなら安いもんなんだよ……だって昨日の料理当番も私だったし、二日連続は面倒だからやっ!」
「自分の部屋で食べれば毎日自分が料理当番だぞ?」
「隣に住んでるのにそんな薄情を言うの!? もうそのラインは二年前に卒業したと思います! 過去にある関係値を引っ張り出していいのは読者が助かる回想のワンシーンだけなのですっ!」
―――蓮と綾音はお隣同士だ。
偶然……というわけではないが、中学生の時に綾音が隣の部屋に引っ越してきて、仲が深まったタイミングで食事を一緒に取るようになった。
それも毎日。なんだったら、休日の大半は一緒に過ごしてゲームなどをして遊んでいる。
まぁ、二人共同い年で、何年も隣同士で暮らしていれば仕方ない。
何せ、料理を作ってくれる両親は互いに海外へ行っており、二人共一人暮らしをしているのだから。
そして―――
「っていうか、女の子が軽々しくパンチラってどうなわけ?」
「いいじゃん、蓮くんと私の仲なんだからさ。一番のお友達さんなら、下着程度喜んでくれるならお見せできるもんなんだよ」
「ふむ……そんなもんか」
「まぁ、私は蓮くんの下着には興味ないけど」
「この前、ガン見された記憶がある」
「お風呂上がりの不慮の事故、ってやつだね」
―――まぁ、これぐらい仲良くなってしまうのも、無理もないのかもしれない。
「うぎゃーっ! また負けたーっ!」
少しして、またしても綾音が頭を抱える。
画面には『WIN』の文字が表示されているものの、それは蓮の扱っているキャラクターに対してであり。
綾音はコントローラーをソファーへと放り投げ、そのまま蓮の太ももへと倒れ込むようにして頭を乗せた。
「……パンチラに上目遣いかぁ」
「蓮くん、鼻の下伸びてるんだよ」
「恥ずかしいから口にするのは憚られるが……とても楽しみだ」
「そんな恥ずかしさを感じられないカッコいい顔で堂々と言い切られると流石に私も恥ずかしさを覚えるんだよ」
そして、綾音はムッとした表情で蓮の手を握ると、己の頭へと乗せていく。
まるで「撫でてあやせ」とでも言わんばかりの表情に、蓮は思わず苦笑いを浮かべる。
「……将来の旦那さんが大変だなぁ」
「むっ? それはどういうことかな? 自慢じゃないけど、この顔とボディは旦那さんお財布の紐が緩んでしまうほど大喜び間違いなしだと思うんだよ」
「いや、こんな甘えん坊を相手にするのは苦労しそうだ、と」
「……蓮くんだって満更じゃないくせに。知ってるんだぞ、私は」
「流石一番のお友達さん、よく分かってらっしゃる」
隣に住んでいれば、仕方ないのかもしれない。
時間が慣れを与え、親しみを誘い、その他の誰よりも深い関係を構築できる。
毎日一緒にご飯を食べたり、こうしてほとんどの休日を一緒に過ごしたり、毎回一緒に登校したり。
そうしていくうちに互いに気の置けない関係になり、赤の他人から友達へと……さらには、一番と言えるほどの信頼を築くようになって。
こんな関係になってしまうのも、仕方ないのだ。
(まったく、綾音は本当に……)
(まったく、蓮くんは本当に……)
そう……本当に仕方ないのだ―――
(蓮くんいつも通りすぎない!? これ、いつもより攻めてるよね攻めてなかったかな攻めてなかったかも!? ちょっとぐらいドキドキしてくれてもいいんじゃないのまだ私お友達枠!?)
(綾音、今日甘えすぎじゃないか!? やっぱり俺のこと好き……いや、これもいつも通り? いやいや、そうかもしれんいつも通りかもしれん今までと一緒な感じするしちくしょうっ!)
―――こうして互いに空回りしてしまうのも、致し方ないのだ。
(しれっと罰ゲームに強めなアピールを盛り込んでみたけど……これ、そのままやっても「おう可愛いな」で終わりそうな気がする……)
(罰ゲームも過激なもんに変更してきたし……異性として見られてるんだったら、そんなことしないよな? クソッ、分からん本当に分からん! 素直に「可愛いな」って褒めても「でしょー!」なだけで終わりそうな気がするドキドキがされない気がする!)
蓮と綾音が隣に過ごし始めて四年。
赤の他人から友人へ、友人から一番の親友へ。
二人の関係も徐々に変化していき、互いに多くの感情が積み上がるようになった。
そして、ようやく。
多くの感情の中に『異性』というワードが加わるようになり―――
((こんなに仲いいのに告白してフラれでもしたら……ほんと、早く気づいて告ってきてほしいッッ!!))
隣に女友達が住んでいれば、いつかは好きになる。
けれどもどうして、一番の友達だと思っていた相手を異性として見るようになってしまったのか?
それは、少し前まで時は遡る───
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
次回は12時過ぎに更新!
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