アーティーくんとピートさん -『剣統院』の二人-

水野酒魚。

プロローグ 

「どうした? ピーター。一体、何の用だ?」


 夕闇の足音が、背の高い執務室の窓からんでいる。あかねに染まった部屋で、この部屋の主は柔らかく微笑んで訪問者に告げた。


「……お話が、有ります。騎士団長」


 硬い表情で返したのは、整った顔立ちの男。年の頃は四十を少し超えた位だろうか。あいいろの髪も、はしばみ色のひとみくちもと黒子ほくろも、刈りそろえたあごひげも、今は全てが夕焼けの赤に染まっている。


「俺に、話?」


 思い当たる節がないのか、小首をかしげる騎士団長は、柔らかな巻き毛の黒い髪にあおい眸。訪問者──ピーターよりも年上に見える。ピーターも体格は恵まれていたが、騎士団長はより背丈が大きく、筋骨もたくましい。


「はい。貴方あなたに聞いていただきたいことが、有ります」


 思い詰めた様子のピーターに、騎士団長は背筋を伸ばした。

 うつむき加減だったピーターは意を決するように、唇をんだ。それから、顔を上げて、まっすぐに騎士団長を見つめる。


「……私は……この騎士団に入った頃から……ずっと貴方を……貴方のことを……おしたいしていおりました……」


 途切れ途切れに、ようやく言葉をつないで、ピーターはそう言い切った。その言葉の意味をつかみかねるのか、騎士団長は押し黙ったまま目を見開く。


「……貴方のことが……好き、でした……!」


 ──言ってしまった……。おもいを形にしてしまった。ほおが熱い。耳まで真っ赤になっているのが、自分でも解った。どうしようもなかった。想いがあふれて、彼に告げずには居られなかった。

 ゆっくりと騎士団長はまばたきした。それから、を伏せた。


「……すまない、ピーター。君の想いには応えられない」


 柔らかなテノール。戸惑いを含んだ優しい声で告げられたのはそんな一言で。


「……はい」


 解っていた。解っていたのだ。受け入れられる事なんて無い。だって、彼には……


「……俺には妻も子も居る。それは、君も知っているな?」

「……はい。貴方が、奥様を大切に想ってらっしゃる事も存じています。だから、好き、『でした』。……でも、どうしても、言っておきたかったんです。どうしようもなく、貴方が好きで、好きでたまらない、そんな私がいたことを知って欲しかった……」


 知らないうちに涙がこぼれていた。初恋だった。ああ。実ることなどないと解っていた、初めての告白だった。それでも胸のうちに渦巻いているのは、後悔よりもやっと告げられたというあんだった。


「……そうか。解った」


 騎士団長は、静かにうなずく。その顔は強い夕日を浴びて、逆光になっていた。


「……勝手なことを言ってしまって……申し訳ありません、騎士団長……」


 ぼうと流れる涙を拭うことも出来ず、ピーターはずっと好きだった人を見つめる。


「いや……君にそんなにも慕われて、俺はほうものだな?」


 困ったように、それでも騎士団長が微笑む気配がする。優しい人。ひどく拒絶することだって出来たのに。ピーターが慕った男はとても優しかった。


「……有り難う、ございます……あの……っその……っ失礼します……!!」


 急にしゆうが湧いてきて、ピーターはいたたまれなくなった。そそくさと一礼すると執務室を飛び出した。一度も、振り返ることはしなかった。

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