大怪獣決戦 ②

「――こちら駅前歓楽街エリア。巨大な翼を生やした死神のような化け物が――!」


「――ビーチから二足歩行の艦船のような上陸してきます!」


「――住宅街に巨大なセミが出現ッ!」


 次々と来る悪夢のような報告を受けて、流石のオネイロスからも笑顔が消えた。


「こんなことなら、こちらもウルトラマンの一人でも雇っておくんでしたね……」


 小さくぼやくと携帯電話を取り出して、忌々しい連絡先を選択する。


「フォビアス、仕事だ。セレモニー会場の清掃を頼む」


「――承知した」


 オネイロスは携帯電話を切ると、息絶えた獅子の上に立つ二人の方を向いた。


「難なく獣も退けましたか。しかし、セレモニーへの襲撃、複数個所への同時攻撃……それらの意図は分かりましたよ。――陽動、でしょう?」


「なんのことだか?」


 MMは図星を突かれて思わず笑顔で固まった。


「杞憂ならそれで構いません。わたくしは本命に向かわせていただきます」


「させないっ!」


 メグがオネイロスに襲い掛かろうとしたが、巨大な蜘蛛の影がそれにブレーキを掛けた。


「フォビアス。会場の皆様が引きすぎないよう、しかし徹底的に痛めつけてやってください」


「……注文が多いねえ」


 蜘蛛の化け物から低い声が響く。


「今回は殺してもいいんだろ?」


「当然です。それでは皆様、しばし殺戮ショーをご覧ください」


 オネイロスは観客に向けて頭を下げると、ステッキを鳴らして会場から消えた。

 そして――……。



            ▼     ▲     ▼



 『隔離病棟』の手前についた俺たちの目の前に、シルクハットを被った道化師のような男――オネイロスは姿を現した。

 オネイロスは俺たちのバイクに向けてステッキを振るう。


「まずいっ……」


 俺は咄嗟に躱そうとハンドルを切ったが、ステッキから放たれた突風により車体は成す術なく転倒した。

 オネイロスがさらに杖を振るうと矢のような炎が放たれ、バイクは音を立てて爆発する。


「……風も火も出せるなんて、俺の上位互換じゃないか」


「ふっ、言えてる」


 俺たちはのコフィのパワードスーツのおかげで負傷することはなかった。

 立ち上がって、炎を背中に立つ男の方を見る。


「お嬢様、いけませんねえ。この世界を壊そうなんて」


 オネイロスはすでにフェキシーの正体に気付いていた。

 フォビアスの報告のせいか、それともずっと前から見逃されていただけなのか……。


「まさか、あなたは自分がこの世界をどうにかする権利を持ってると勘違いしているのではないですか?」


 その口元こそ笑っていたが、仮面越しに見える目は据わっている。


「始まりこそあなたの延命処置が目的だったとはいえ、もう『ゴーストタウン』は多くの人にとっての希望の箱舟ですよ。一人のエゴで沈めることは許されない」


「勘違いしているのはオネイロス……あなたでしょ」


 フェキシーは仮面を捨て、その琥珀色の瞳を夢の世界の支配者へと向けた。


「誰かの命を踏みつける権利なんて誰にもない」


「それは理想論ですね。別にこの『ゴーストタウン』に限らず、この社会での華やかな発展と成功の影にはおびただしい数の死体が埋まっている。ほんの一部の勝者の贅沢と理想の実現のために、奴隷たちは死なない程度に餌を与えられて生き延びている。――そこのあなた。素性は知りませんが、隣の箱入り娘よりはそんな現実をご存知なのでは?」


 同意を求められても、俺の心は欠片も動かなかった。


「俺から言えるのは……お前が言うなってことだけだ」


「ふふふ、それはそうですね。ただそれはお嬢様に対してわたくしが思っていることと同じなのですよ。贅沢な自殺をするよりは、まずは与えられた偽りの命を全うして親孝行をするべきなのでは?」


「フェキシー、これを頼む」


 俺はオネイロスの言葉を無視して、ポケットから一通の手紙を取り出した。


「……えっ」


「俺はこいつを足止めする。お前はそれをセレンに届けてから、親父さんのところに行け」


「……うん」


 動揺で揺らいでいたフェキシーの目に力が戻った。


「『顕幻』!」


 俺は炎を出現させてオネイロスを攻撃した。

 オネイロスは服についた煤を払うだけで無傷だったが、その隙にフェキシーは『隔離病棟』へと向かっていた。


「いいでしょう、迷いの種は撒きました。モルペウス様にも報告しましたし、彼女が目的を果たすことはないでしょう……」


 オネイロスは思いの外あっさりと、フェキシーのことを見逃した。

 それから俺の方を向くと両手を広げた。


「さて、あなた方にはこれから起こるショーを特等席で見ていただきましょう」


 オネイロスは芝居がかった口調のまま、まるで世界に向けるようにそう言った。



「「さて、あなた方にはこれから起こるショーを特等席で見ていただきましょう」」



 実際にその声は、少し遅れて『ゴーストタウン』の空から大音量で聞こえてきた。

 俺は何が起きているのか分からずに周囲を見渡した。


「驚くのも無理はありませんね。ただ、こんなことはわたくしがやろうと思えば簡単にやれることなのです」


 オネイロスの姿がモニターを通じて幻想世界中に中継されているのが、俺のバイザーに映る他の『廃棄品同盟レフトオーバーズ』の視点を通して分かる。


「この世界の顔のない住民たちの本来持つ『顕幻』の力は、その顔ごとわたくしの手の中にあるのです。それがどういう意味かお分かりですか?」


 オネイロスが杖で地面を叩くと、その体が光となり一瞬で空へと舞った。


「「『変幻』――『幻想世界の支配者マスター・オブ・マスカレード』」」


 声とともに振動が波紋のように『ゴーストタウン』中に広がっていく。

 次の瞬間、月の背後に仮面を被る銀色のローブを纏った魔術師が現れる。そのスケールは怪獣たちに負けず劣らずで、周囲のビルを巨大な影が覆った。


「「まずは怪獣退治といきましょうか」」



            ▼     ▲     ▼



「まったく、いい大人が創り出していいもんじゃないぞ……」


 夜空に浮かぶ怪物の姿を遠目に見て、ユウマは思わず笑ってしまった。


「――ユウマさん、感心してる場合?」


「すまなかった。こちらも早急に手を打たなくてはな」


 コフィから通信で注意を受け、ユウマはプランの切り替えに取り掛かる。


「チームB、怪獣での破壊活動を続けろ」


 『|幻想世界の支配者(マスター・オブ・マスカレード)』が杖を振るうと、何体もの仮面を被った巨大な黒い獅子が姿を現す。

 怪獣たちは同等の大きさを持つ仮面の黒獅子に囲まれ、一斉に襲い掛かられる。

 戦場と化した街は、怪獣が暴れていた時の数倍の速度で破壊されていく。

 怪獣たちは数的不利によって押され、そのメッキの体を削られている。


「怪獣は劣勢だが年少組が粘っている。それに悪いことばかりじゃない。戦いの余波で『ゴーストタウン』から退避している客も多い。オネイロスが話していることが本当ならば幻想世界の人口が減ればやつ自身の能力も落ちるはずだ」


「――カイカくん、ボッーとしてる場合じゃない。オネイロスを攻撃してそちらにリソースを割かせてくれ」


 俺は話を振られると思っておらず、その時ようやく意識が現実に戻ってきた。


「悪い。それが元々、俺の役割だったな」


 フェキシーを『隔離病棟』まで送り届け、そこに駆けつけるであろうオネイロスと相対する。

 幸い、オネイロスはこちらなど眼中にも入れてない。

 俺が以前対峙したときのままだと思っている。

 俺は俺の体を再構成するため、自分の意識をさらなる深淵へと沈めた。


 ……フェキシー、どうして生きたいって言ってくれないんだ?


 あんな顔をされたら、俺は背中を押すことしかできないんだよ。

 残された人の気持ちとか考えたのか?

 分かってる。全部わかった上でやるって決めたんだよな。

 仕方ないんだよな。だってこの世界がある限り、お前はみんなの死を背負い続ける。

 全部全部。燃やし尽くしてやりたいよ。

 このクソみたいな現実も幻想も感情のままに――。


「『変幻へんげん』――『憤怒の巨人ウィル・オ・ウィスプ』」


 内側から溢れ出る、燃え滾る怒りの衝動。

 俺の体が炎に包まれる。

 身を焦がす熱や刺すような痛みが徐々に消えていき、やがて、俺の存在が炎へと変化して膨れ上がっていく。

 人は自分という染み付いたイメージを破壊するのが最も難しい。

 それを自在に変える境地に至った者は、『顕幻』の力も数倍になると言っていた。

 俺は自分の怒りを際限なく増幅させ、支配者の居座る空へと昇っていった。


「「焼き尽くしてやるぜええええええっ!」」


 幻想世界に激昂が響き渡り、炎の腕が支配者の首元へと伸びた。

 しかし、その俺の行動をオネイロスは物ともしなかった。


――バチンッ。


 魔術師が指を弾くと空の割れるような音が響き、空から流星のような弾丸が現れて炎の体を貫く。

 弾丸自体ではなく、その風圧で俺の体が掻き消されそうになる。

 俺は何とか踏み止まり、両手を伸ばしてその巨大な仮面を剥ぎ取ろうとする。


「「ふふふ、無駄ですよ! たかが一人の『変幻』で太刀打ちできるとでも?」」


 白い手袋をつけた巨大な手が、勢いよく『憤怒の巨人』を張り飛ばす。

 俺はそのまま工場を下敷きにするようにして、地面へと叩きつけられた。

 次の瞬間、裂けた空から現れた業火が周辺の工場ごと、俺の体を飲み込んで焼き尽くした。


「「どうでしょう? 逆に焼き尽くされる気分は?」」


 オネイロスの声が遠い、『憤怒の巨人』は崩壊し、俺の意識は瞬く間に薄れていった。

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