#5
怪獣博士のロケーション・ハンティング ①
翌日、充電器に繋いだスマホが振動し、俺はうなされるように手を伸ばす。
「――カイカくん、仕事だ」
相手はユウマだった。
時刻を見るとすでに時間は正午を回っていた。
呼び出されたアジトのガレージはガランとしており、二台のバイクが息を潜めるように隅に佇んでいる。
俺は暇なのでガレージの棚を見てみる。道具箱と電動の空気入れ、それから何やら積み重なっている白い板……手に取ってみるとそれはナンバープレートだった。
「……犯罪の匂いがする」
「勘のいいガキは嫌いだよ」
俺がビクッとして振り返ると、黒いライディングスーツを着たユウマが立っていた。
巨大なバッグを肩に掛け、ヘルメットを二つ手に持っている。
「別に悪事に手を染めるわけではないが、用心に越したことはないからな。これが君の分だ」
俺は放り投げられたヘルメットを受け取る。
「ところで、二輪の免許は持っていたりするか?」
「はい。たしかこの街は特例で合衆国の免許でもいいですよね?」
元よりエデンシティはアメリカの富豪層に向けたリゾート地のため、そういった融通が効くのは知っていた。
「……問題ない。では、一台は君が使うといい。君も知らない街を走ってみたいだろう」
「あ、いいんですか」
俺は思わぬ申し出に浮足立った。
「滞在中はいつでもコイツを使ってもらって構わない。そのためにも、多少は土地勘を身に着けた方がいいだろう」
「ありがとうございます」
「気に病むな。しっかり労働の対価は貰う」
俺はユウマからキーを受け取ってエンジンを掛けた。
低いエンジン音、初めて乗るバイクの振動に気持ちが昂る。
「私が先を行く。まずはビーチから回る」
庭を抜けて道路へと出た。
脇にヤシの木の植えられた綺麗な道路、幅は広く行き交う車もほとんどない。
まだ気温が上がり切っておらず、風も涼しい。
自転車とはまた一味違う疾走感が、緊張していた心を解きほぐす。
やがて閑散としたビーチが見えてきて、ユウマはその付近にバイクを停めた。
「よし。機材を運んでくれるか?」
ユウマは座席の後部に付けた荷物入れから、カメラや折り畳みの三脚を取り出した。
俺は荷物を受け取り、ユウマの後に続いた。
昼間のビーチは夜とは別の美しさがあった。
白く繊細な光を放つ砂浜と、薄い水色の透き通った穏やかな海に白い波が立つ。人影やパラソルはなく、だからといって流木や海藻で汚れているわけでもない。
「自然以上に自然を感じられる人工物だ。この砂浜を作った業者と景観を維持してくれる清掃員の方々には頭が上がらないよ」
ユウマは指で四角を作り、周囲を見渡した。
「緩やかなカーブのおかげ離れた場所にある緑が良く見える。当然人もいない。ここで撮影しよう」
俺から三脚を受け取り、砂浜の上に立てて写真を撮り始めた。
「ここは何のシーンに使うんですか?」
俺は空に浮かぶ薄い雲を眺めながら聞いてみた。
「観光戦艦カノープスが現れて観光客たちが逃げ惑うシーンを作る予定だ」
「観光……戦艦?」
「ああ。観光戦艦カノープスはバンカス星人を乗せてきた宇宙船で島一つを滅ぼせるほどの戦闘力を発揮できる。バンカス星人自体はただの観光にきた異星人なので脅威はないが彼らを捕獲したり迫害しようものなら最後、信号によってカノープスが起動して要求を呑むまで破壊の限りを尽くす。その技術力は到底人類が太刀打ちできるものではなく、この国は一日にして植民地化と全面降伏を余儀なくされるわけだ」
「へ、へえー……。メカとか出てくるタイプの特撮なんですね」
俺は莫大な情報の処理を諦め、無難な相槌と共に感想を絞り出した。
「怪獣映画などではそういった科学技術は人類の特権として描かれることが多いが、宇宙人が絡むタイプのとりわけ人類サイドに怪獣に匹敵する力を所有している特撮のシリーズでは敵勢力が兵器を使うことも珍しくない。私の作品でもカノープスの対戦相手は怪獣が務める予定だ」
「そ、そうなんですねえ」
発話量が多すぎる。このままではビーチだけで日が暮れてしまう。
「さて、もっといろんな画角から撮影しよう」
俺の危惧とは裏腹に、ユウマは話してスッキリしたのか次の作業に移った。
撮影を進める途中、俺は景色の一部、森の辺りが妙にぼやけていることに気付いた。
白い煙のようなものが浮かんでおり、そこから妙な視線を感じる。
「ユウマさん、何か気配を感じませんか?」
俺がそう言ってユウマに相談するころには、その煙のようなものも消えていた。
「いいや……ただ、君もすでに聞いているかもしれないが、このエデンシティと『ゴーストタウン』は同一座標上に存在している。その影響で時折、意図せず向こう側にいる人の姿が見えることがある。もしかしたら『ゴーストタウン』の住民と一瞬目が合ったのかもな」
「……なるほど」
俺は不気味な感覚が残りながらも、あまり気にしすぎないことにした。
▼ ▲ ▼
俺とユウマはそれから、『ゴーストタウン』を順々に回っていった。
撮影と移動を繰り返し、ユウマはここでも自作の怪獣について語った。
話を聞くうちに、ユウマの撮影する映画の内容が少しずつ分かってきた。どうやら、この怪獣による襲撃は同時に行われるらしく、各エリアで異なる怪獣が出現するようだ。
「あ、あの……ちなみに、あと何カ所ぐらい、というか何体怪獣が出る予定ですか?」
「そうだな。最大で五体ほど登場する予定だ。つまり回るスポットも残り二つだ」
「……そんなに怪獣が出て収拾はつくんですかね?」
俺はポロっと作品に対する口出しをしてしまった。
まずいと思ってユウマの方を向いたが、彼女は不機嫌になるどころか不敵に笑っていた。
「つくわけないよ。収拾をつけさせないのが目的だからな」
「え……」
俺はそれがどういう意味か聞きたかったが、突然、ユウマが黙ってその場に足を止めた。
視線の先を見るとそこにはサッと隠れる人影があった。
「もしかして、さっきの視線の……」
「どうかな?」
しばらくすると、木陰から一人の少女――フェキシーが姿を現し、こちらに歩いてきた。
俺たちの緊張は一気に解ける。
「お、偶然じゃん」
フェキシーは視線を斜め上に向けながら言う。口笛でも吹き出しそうな白々しさだ。
「先回りをしていたな。君にしては下手な芝居を打ったもんだ」
「うっ……」
「カイカくんとあまりベタベタするなと言っているんだ」
「別にわたしは暇なんだからいいじゃん! それとも二人きりじゃないといけない理由でもあるの!?」
見事な逆切れをされて、ユウマも流石に左手で頭を抱えた。
「あの……別にフェキシーがいてもいいんじゃないですか?」
俺は見かねて助け船を出した。本当は昨日黙って消えたことについて聞きたかったが、そういう空気でもなくなってしまった。
ユウマはこちらをジロリと睨んできたが、やがて諦めたようにため息をついた。
「ふう。カイカくんが運転できたから二人乗りできないこともない。しかし、イチャつきだしたら即刻帰すからな」
「おっけー、早速撮影の続きしよ!」
言質をとった瞬間、フェキシーは元気になってユウマの腕を掴んだ。
こんなに懐かれていたら過保護にもなるか、と俺はユウマの心情を慮った。
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