第十七話 黒衣の姫は白き翼と死闘を繰り広げる
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深夜の高架道路を清掃会社のバンを装った
当然、後から追ってくる〈AZテック〉処理班を乗せた装甲車を引き離す為だ。
エイジはかなりスピードを出して逃げようとしている。
見た目はただの清掃会社のバンだが、それはガワだけで中身は特別製だ。
それでも、〈AZテック〉の処理班を乗せた装甲車はぴたりと後につけてくる。
これ以上ない険しい顔で、エイジはバックミラーに
後方の装甲車の様子を窺ったエイジがその瞬間「まずい!」と、叫ぶ。
「凪!マヤ!伏せろ!」
エイジが叫ぶと同時に、言われた通りに凪もマヤも座席の上に身を伏せた。
その瞬間、バンの後ろにぴたりとつけた装甲車から閃光が見えて──
ずだだだだっ!という小刻みな銃声が効果道路の上に響き渡った。
バンのリアウインドウの防弾ガラスに幾筋も蜘蛛の巣のような白い亀裂が走る。
「自動小銃をぶっ放してきやがった!?マジかよ!」
凪はうめいたが、なおもバンの車体は後方からの銃撃に晒されている。
かんかんかんっ!と甲高い着弾音が絶え間なく聞こえ、小刻みな衝撃が伝わって凪は座席の上で懸命に身を縮めた。
「こんなの続いたらいくら『特別製』でも、一たまりもないぞ!?」
「分かってる!」
凪が懸命に訴えかける。
しかし、エイジも成すすべなく身を屈め、ハンドルにへばりついていた。
そうこうしている内に、速度を上げた装甲車の一台がバンと並走を始める。
並走した装甲車からも自動小銃の銃撃が始まった。
側面からの銃撃に凪もマヤも懸命に自分の身を守る。
最早、側面のウインドウも全面が真っ白にひび割れて、細かな防弾ガラスの破片が座席に伏せる凪やマヤの上に降り注いできた。
気が付くと、飛んできた破片で怪我をしたのか、エイジが額から血を流していた。
「エイジ……!」
凪は、それでも懸命に逃れようとするエイジに手を伸ばした。
その時──
不意に、バンの後方を走っていた装甲車が轟音と共に爆炎に包まれた。
「なにっ!?」
エイジが額から汗と血を滴らせながら、サイドミラーで後方を確認する。
そうすると、バンを追跡していた装甲車が続けざまに爆炎に包まれた。
凪もエイジも、マヤも──唖然としてその様子を見た。
すると、燃え盛る炎の中から、一台の黒いバイクが飛び出してきた。
滑らかな駆動恩と共に、凄まじい速度でバイクはバンを追い越していった。
バイクのシートに座っていたライダースーツにプロテクターを身に着けた人物。
その人物はシートの上ですっと体を起こし──
手に持ったボウガンを、後方へと向けた。
凪たちが呆然と見詰める先で、その人物はボウガンを発射し──
次の瞬間、バンと並走していた装甲車が爆発と共に炎に包まれた。
「……無茶苦茶やりやがる……」
凪が思わずつぶやくと、前方でバイクの人物がこちらを振り返った。
一瞬、車内に緊張が走ったが、バイクの人物は脇道に逸れるように、合図を送ってきた。
もう、こっちのバンもこれ以上、無茶な走行はできない。
ハンドルを握るエイジはバイクの人物の指示に従い、脇道に逸れた。
そうすると、前方のバイクは今度は停止するよう合図を送ってきた。
バイクが停止するのに、エイジの方も改造バンを停車させた。
すると、バイクを軽やかな身のこなしで降りてきた人物がこちらへ近づいてくる。
エイジが息を吐いてバンを降りる。
凪も、おそるおそる彼の後に続いた。
外に出ると、バンの外観がSF映画で小惑星帯に突っ込んだ宇宙船みたいな有様になっていた。
エイジはバイクの人物と向き合っていた。
「あんたは、確か……」
エイジが口を開くと、バイクの人物はフルフェイス型のヘルメットを被ったまま、くぐもった声で応じた。
「クロエ・アスタルテは私が救出する」
「……っ!?あんた、クロエのこと……!」
凪が思わず詰め寄ろうとすると、エイジが片手で制した。
フルフェイスヘルメットを被ったその人物は、かすかにうつむき、低いくぐもった声で続けた。
「君たちは今から言うポイントで待て。彼女は必ず私が連れ戻す」
**
更に速度を増した〈フェザー〉の羽の攻撃が私に迫る。
「……っ!」
壁や床を蹴って懸命に逃れるも、〈フェザー)は攻撃の手を緩めない。
私はとっさに、この部屋の入り口を振り返った。
決死の覚悟で入り口めがけて駆け、床を蹴って壁の向こうに滑り込んだ。
壁に背中を預け、ばくばくと早鐘を打つ胸に手を当て、呼吸を整える。
壁の向こうからフェザーが悠然と近づいてくる足音が聞こえた。
「この翼……私の羽根が、〈AZテック〉に与えられた物だと思ったか?」
〈フェザー〉の問いかけに、私は冷たい汗を滴らせる。
「違うな。これは、私の力だ。(AZテック)が私に与えたのは、ちゃちなプロテクターと役にも立たん玩具だけさ」
「私に必要なのはこの力だけだ」と、〈フェザー〉が告げる。
「この、全てを捻じ伏せ、私を高みへ導く力だけが!」
「!?」
〈フェザー〉が高らかに告げた瞬間、私の背後の壁が彼女の羽に突き破られた。
私の眼前を覆ったその羽根の一本一本が、鋭い刃物の輝きを帯びる。
じゃきん!と私めがけて突き立てられた、その羽から懸命に逃れる。
魔力の黒衣が無残に切り裂かれ逃れる私の視界の端で舞った。
〈フェザー〉の羽は壁を轟音と共に突き崩し、瓦礫と土煙を踏み越えて姿を現す。
「どうした、ヒーロー?逃げ回っていないで勇ましく戦ったらどうだ?」
自ら破壊したマスクの下から〈フェザー〉が目尻を釣り上げ、私を嘲る。
「勝負はまだまだこれからだろ!?」
哄笑と共に槍のように突き込まれた羽の先端を、私は腕を掲げて受け流す。
どうにか踏み込んで間合いを詰め、蹴りを放とうとした。
「っ!?」
しかし、不意に軸足を掴まれる感触がして振り返る。
〈フェザー〉の羽が私の足首を手のように掴んで捕らえていた。
こんな事までできるなんて──
呆気に取られた瞬間、私の体が吊り上げられ、激しく床や壁に叩きつけられた。
息の詰まるような衝撃を何度も受けて、思わず「ぐっ」と、うめき声を上げる。
すると、逆さ吊りのまま、〈フェザー〉が私の顔をなぶるようにのぞき込んだ。
「……お前は〈AZテック〉の息のかかったバカどもとは違う。ろくな装備もなく、己が力だけで、圧倒的な私の力に反抗しようとした」
「……っ!」
〈フェザー〉のもう片方の羽がうごめき、その鋭い刃物のような先端が私を狙う。
「それがこの程度の実力なわけないだろ!」
そのまま、羽の先端が私の胸に突き込まれかけた。その時──
──「なっ!?」
私の魔力の衣の中から、実体化したシャドが飛び出てきた。
彼女はマスクの奥に露わになった〈フェザー〉の顔に飛び掛かる。
〈フェザー〉がよろめいた瞬間、足首を掴む羽が緩んで、私は懸命に逃れた。
「この……っ!クソ猫があっ!」
シャドを掴んで〈フェザー〉が激しく床に投げ飛ばす。
その体を私はとっさに両手で受け止め、自分の魔力の衣の中に取り込んだ。
「ありがとう、シャド!」
シャドの作ってくれた隙を活かして、私は〈フェザー〉から逃れる。
「逃がすかあっ!」
しかし、背後で〈フェザー〉の羽が嵐のように荒れ狂う。
他に逃げる場所もなく、私は建物の屋上に向かって階段を駆け上がった。
他にどうすることもできない。建物の屋上に出た私はぜぇはぁと息を吐いた。
周囲を見渡すと、手摺のない広い屋上の周りには、『裏側』の〈
──「いいのか?狭い場所だから、まだしも勝負になったのに……」
階段から、こつこつと落ち着いた足取りで登ってきた〈フェザー〉がせせら笑いながら姿を現した。
どうにか逃れる場所を探して、私は〈フェザー〉からじりじりと離れる。
だが、次の瞬間〈フェザー〉はばっと、白く輝く羽を大きく背中に広げた。
「なら、こっちは遠慮なく地の利を使わせてもらうぞ」
〈フェザー〉はそう告げて、一陣の風をまとって上空へ舞い上がった。
(……これは、まずいっ!)
私は身構えたが、上空から急降下してきた〈フェザー〉の巻き起こす衝撃波に巻き込まれ、成す術なく吹き飛ばされた。
「わっ!うーっ……!」
屋上の端まで吹き飛ばされ、そのまま落下しかけたのを踏みとどまる。
間一髪で落下は免れたけれど、全く楽観できるような状況ではない。
私は唇の端を噛みながら、頭上を振りあおぐ。
赤黒い不気味な空に、〈フェザー〉は羽を広げて自在に飛行している。
(攻撃しに接近してきた所を捉えるしかないけど……)
再び、猛禽のように急降下してきた〈フェザー〉の攻撃をかわす。
今度はその衝撃波も受け流したが、こちらが手も足も出ない状況は変わらない。
「でも、なんの工夫もなく捉えられるほど……甘い相手じゃない」
再び、私の攻撃の届かない高みへと上昇して羽を白い羽を広げる〈フェザー〉。
壊れたマスクの下から、勝ち誇った笑みで私を見下ろす彼女の顔が見えた。
(……出し惜しみしている状況じゃない)
手をこまねいていると、このまま成す術もなく全てが終わってしまう。
(次だ……〈フェザー〉が攻撃してきた、その一瞬……)
上空で羽を畳んで、再び降下の構えを取った〈フェザー〉を真っ向から睨む。
「敗れる覚悟はできたのか!?ヒーロー!?」
「…………」
真正面から向き合う私を上空から見下ろし、〈フェザー〉が羽を打ち鳴らす。
壊れたマスクの下の唇が、酷薄な笑みの形に歪んだ。
「一ついいことを教えてやるよ!現実はヒーローが活躍する特撮番組じゃあない!いくらでも理不尽や不条理がまかり通り、勇気や正義なんてお題目を唱えたって何も変わりはしない!」
叩きつけるような〈フェザー〉の言葉に、私は唇を噛み締めた。
次の瞬間、渦を巻く衝撃波を伴い〈フェザー〉が私めがけて突進してくる。
「お前は!今ここで!私に負けて!全てを失うんだよ!ヒーローっ‼」
吼え猛って落下の加速度を伴い、突進してくる〈フェザー〉。
私は、ここしかない、というタイミングで影の中に収めていた魔力の全てを解き放った。
「なっ!?」
突進した〈フェザー〉の目の前に、網のように交差させた私の魔力を展開する。
〈フェザー〉が、驚愕の声を上げつつ、私の魔力に絡め取られた。
「くそがぁっ!」
「絶対に、逃がさないっ!」
身をよじり、羽で私の魔力を切り裂いて〈フェザー〉が逃れようとする。
私もすかさず動きを封じた〈フェザー〉に飛び掛かり、その顔を殴りつけた。
網のように広がった私の魔力の上で、激しい格闘が始まった。
私が何度も殴りつけ、踏みつけても〈フェザー〉はなお一層苛烈に反撃する。
「とっとと諦めろ!この黒いこそ泥があっ‼」
「お断り……っ!だあっ‼」
私と〈フェザー〉は互いに殴り合い、蹴り合い、声を限りに叫ぶ。
私の目をめがけて突き込まれたフェザーの猛禽の爪のような指先を掻いくぐり、私は広がった網を閉じて後方に飛び退いた。
伸縮性を持たせた魔力の触手に、幾重にも絡められた〈フェザー〉。
私一人の力では彼女を仕留めきれない分、伸縮する魔力の反動も利用する。
「くっ……そっ……!くそっ、があああああああああっ‼」
自らの翼を絡め取られ動きを封じられた〈フェザー〉が振り上げた私の拳を掴む。
互いに息を切らせて、私と〈フェザー〉は真正面から睨み合った。
「お前……っ、なんかにぃ……っ!」
私は一度〈フェザー〉から離れ、もう一度背後の魔力の触手に思いっきり背中から飛び込む。ぎりぎりっ、と魔力が
「今度はっ!当てる‼」
「……っ!」
思いっきり、〈フェザー〉の胸元めがけてドロップキックを放った。
その瞬間、〈フェザー〉が大きく目を見開いて──
「がっ、はっ……!」
私の蹴りが直撃した〈フェザー〉が、壊れたマスクの下から息を吐き出した。
同時に周囲を覆っていた私の魔力も解除されて、私と〈フェザー〉はもつれあうように、屋上の床に倒れ込んだ。
「……っ、もう……ぼろ、っぼろ、だ……」
どうにか、私は力を振り絞って屋上に手を突き、よろめき立ち上がった。
仰向けに倒れたままの〈フェザー〉を見下ろすと、最後の一撃で気を失ったのか動いていない。
これ以上この場に留まるわけにいかない。
私は、一歩ずつ足を引きずりながら離れていく。
「でも……どうしよう……。凪くん、たちと……連絡が……」
「どうしたら……」と、途方に暮れてつぶやき、顔を上げた時だった。
私は──その目の前の光景に息を呑んだ。
私と〈フェザー〉が、今しがた死闘を繰り広げた屋上。
そこに──
──「〈フェザー〉の反応が消失して、まさかとは思ったけど……」
ほのかに艶やかさを帯びた女の声が、私の頭上から降ってくる。
「まさか、こんな事になっているとは想像もしなかった」
そう、杖のようなデバイスに腰掛けた被験者が浮遊して私を見下ろす。
魔女のようなシルエットの女だ。
更に、その周りに三人のプロテクターとデバイスを身に着けた被験者たち。
彼女らが、
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