ゲリラライブ
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ゲリラライブ
「えっ、音楽室使えないって?」
私立須原高校DJ部二年の同級生であり親友の山野シンが言う。
「野球部が夏の甲子園出場を決めたから、吹奏楽部に音楽室を使わせろってさ。甲子園がそこまで偉いのかよって話だよな」
「ちょっと抗議してくる。DJプレイヤーは音楽室じゃなきゃうるさくて回せねえし」シンがそう言って物置きのようなDJ部の
「おいおい、待てって。DJ部なんて、ただでさえ俺とシンの二人しかいない弱小部なんだぜ」
「だから何だってんだよ」
シンは手を振りほどき、ドアに向かおうとする。だが今度は、俺がドアの前に立ちはだかった。
「ヒップホップ部はいつ廃部になってもおかしくないんだ。だからできるだけトラブルは避けた方が良い」
「それはそうだけど、月に四回しか音楽室使わせてもらえないのに、それさえも奪われたらなんのための部活か分かんないじゃん」シンはまだ納得がいかない様子だった。
「分かった。お前一人だけ行かせるのは不安だから、俺も一緒に『抗議』…いや、『話し合い』に行こう」DJ部部長、ニイガタ ソト として、俺は部活をトラブルなく平和に運営する必要がある。
感情的になりやすいシンと一緒にあくまで抗議ではなく「話し合い」をするため、吹奏楽部のいる音楽室へ向かうためドアを開ける。
「あっ、ソト、これつけてこうぜ」
シンに渡されたのは、ペイズリー柄の赤色のバンダナだった。これはDJ部の仲間の印だった。俺はそれを頭に巻いた。
音楽室に入ると、吹奏楽部が楽器を吹いていた。楽譜を後ろから覗き込むと、「アフリカン・シンフォニー」という曲名であることが分かった。演奏が終わると、皆が俺たちに気づき、振り向いた。
シンが切り出した。「俺らヒップホップ部なんだけど、顧問は今日は来てないですか?」
「今日は二年生だけの練習だからいないわ。吹奏楽部の用なら私に話して」
そう言ったのは、白い肌に整った顔立ち、長い黒髪をひとつ結びにした吹奏楽部部長のミズサトチヒロだった。彼女は一年生の時、同じクラスだった。真面目で成績優秀。高嶺の花といった感じだったので、つるんでいた友人もカースト二軍ぐらいの子たちだった。
そんなミズサトに俺が要望を説明する。「では部長の俺から。今度、やっぱり俺達に部室を使わせてくれないかな?」
ミズサトの鋭い眼光が突き刺さり、「ダメよ」と言われる。
彼女は続けた。「DJを音楽室でやりたいんでしょう?だったら、わざわざ防音の音楽室を使わなくても、ヘッドホンをつけて部室でやればいいじゃない」
シンがすぐに反論した。「あのな、ヘッドホンじゃ独りよがりの音楽になるんだ。聴衆はヘッドホンじゃなくて、耳で直接聞くんだ。だから防音室のある音楽室でやらせてほしい」
他の部員たちがクスクスと笑い言う。「ちょっと、早く練習したいんだけど」「てか、あのバンダナ何?」そんな陰口が聞こえてくる。すると、ミズサトの隣にいた、取り巻きらしき背の低い女子が言った。
「ヒップホップ部ってさ、いい噂聞かないんだけど。てかあんたら犯罪者なんでしょ」
こいつ、何を言ってるんだ。そんな事実はない、ただの偏見だ。しかし心当たりはある。数ヶ月前の事件を思い返す。
ヒップホップ部の部室の壁には、先輩たちの写真が所狭しと貼られていた。どれも、笑顔に満ちた写真ばかりだ。写っているのは、皆が心から音楽を楽しんでいる顔。その光景に、俺は憧れを抱いた。
その時、スマホの通知が鳴った。画面には、見慣れない番号からのメッセージが届いている。「今度、ホームパーティーが開かれるんだけど、DJとして参加してくれない?」とサイトウという人から連絡がきた。
「おいシン、仕事の連絡が来たぞ!」
俺は興奮してメールをシンに見せた。「しかも見てよ。送られてきた写真に、めっちゃいいターンテーブルが写ってる。これ、自由に回していいんだって!」
「やっぱり仕事用の裏アカウント作ってよかったな。高校生なんて知られたら誰も雇ってくれなかっただろうな」とシンがいう。
年齢はアカウントからでは高校生だとバレないようにしていて、さらに口座は親が管理していたため、現金渡し限定にしていた。
午後四時になったのを確認し、住宅街の一角、その指定された一軒のインターホンを押した。すると中からサイトウと名乗る男が現れた。立派な髭を蓄え、Tシャツの首元からはタトゥーがのぞいている。なにか怪しい人だ。全身から胡散臭さを漂わせている。
軽い挨拶を交わすと、現金三万円を先に受け取った。相場よりだいぶ安いが、高校生の俺たちにとっては十分すぎる額だった。
靴を脱いで家に上がると、他人の家の独特な木の匂いが漂っていた。外から見るより、さらに広く感じるのは、一階が吹き抜けで、さらに二階の天井がガラス張りになっているからだろう。キッチンには酒が沢山並べられていた。
俺はサイトウさんに尋ねた。
「音ってけっこう大きくなりますけど、近所迷惑になったりしませんか。見た感じ防音もされてないですよね」
「ああ、この住宅街はね、すべて同じ所有者なんだ。だから気にしなくていい」
「えっ、この住宅街ってことは、何軒なんですか」とシンが驚いて質問する。
「あぁ五軒だね」
「こんな立派な家を五軒も所有してるんですか」
「俺もよく知らないがそうみたい」
このサイトウという男が言っているが本当だとしたら、この雇い主はかなりのお金持ちだという事、じゃあなんでそんなお金持ちが、俺等無名のDJなんかを三万円という安い金額で雇ったのか、もしかしたらこのサイトウという男はホームパーティーの主催から中抜きしているのかもしれない。
夜になると、ドレスコードを守った若者たちが次々と家に入ってきた。
俺は、シンと打ち合わせた通り、B2Bで交互にターンテーブルを回せるように、準備する。シンは大型テレビの電源を入れタイプシーケーブルでスマホと同機させ「雰囲気出る映像でも流そうか」と言った。演出にこだわる彼らしい提案だった。シンはケータイでちょうどいい映像を探している。「なかなか見つからんわ、そう考えたら、どんな曲にでも馴染むカラオケの映像ってすごいんだな。いっそカラオケの映像をネットで拾って、」とボケなのか本音なのか分からないシンに「やめろって、雰囲気台無しじゃん」と俺がツッコむ。
そして本番前、俺はトイレに立った。マットも便座カバーもないひんやりとした空間。生活感が感じられない。用をたし終えドアを開けると家全体が赤い光に包まれていた。シンの演出かと思ったが、それはパトカーの光だと気づいた。
警察が踏み込み、部屋の照明がつけられる。液晶ののっぺりとした白い光が、パーティーの雰囲気を一瞬で奪った。
俺とシンは別々の部屋で、警察から事情聴取を受けることになった。警官の胸元のトランシーバーから「応援要請、ドラッグ」と、ザラついた音声が聞こえてきた。サイレンの音が増え、赤い光が窓の外を染めていく。
やがて俺たちは警察署に連行された。取り調べで知ったのは、あの五軒は住宅展示場だったということ。そしてそれぞれの家には異なる役割が割り当てられていた。
一軒目はクラブ、その隣は売春場、さらに奥はドラッグ部屋。二軒目から奥の家にいくほど違法性が高くなる。残り二軒では何が行われていたのかは、それは聞いても答えてくれなかった。
後日事件に進展があった。捕まった犯人は、俺たちと同じ高校生だった。動機は「大人を騙して金を稼ぐのが面白そうだから」というもので、彼は偽名で大量のDMを送り、参加者を集めていた。サイトウという男は、その実行役にすぎなかったのだ。
なぜ犯人は俺たちを選んだのか、それは、現金手渡しの条件が犯人にとって都合の良かった事なのだろう。完全に巻き込まれた形だったので、法的に処罰されることはなく、学校からは一か月の停学処分を受けるだけで済んだ。しかしこの事件は学校中の話題になった。
あの事件から俺はヒップホップ部を継いだ部長として、浮かれていた自分を反省し、謹んで行動してきたつもりだった。それでも尾ひれのついた噂が広がるのは辛かった。新聞の一面に載るほどの事件、しかも犯人が高校生だったのだから俺らが犯人と共犯を疑われても仕方ないのかもしれない。
「おい、ふざけんな!そんな噂は全部嘘だ!」とシンが言う。
するとミズサトが、はぁ、と大きなため息をついた後に言った。
「あのさ、ソト君たちのDJ部みたいに、遊びでやってないの。だから、私たちに譲るのは当然じゃない?」
シンが声を荒げた。
「楽しくやってるだけだ!それの何が悪いんだ?君たちだって楽しいから部活やってるんじゃないのか?」
だが、ミズサトは怯む様子もなく、淡々と言い放った。
「吹奏楽部には五〇年の歴史があるの。私たちはそれを受け継ぐ責任がある。それに、甲子園がどれだけ貴重な機会か分かる?吹奏楽部の全国大会なんて、音楽好きなごく一部の人しか見てない。でも甲子園は何百万人が見てる?話題の試合なら何千万人の視聴者がいるの。だから、絶対に失敗できないし、できる限り最高の曲を届けたい。そういう責任がある。だから、帰って」
ミズサトの周りに漂う気迫は、サーモグラフィーで見たら真っ赤になって可視化できるのではないかと思うほどだった。俺は何も言い返せなかった。まだ何か反論を考えているシンの腕を強引に引っ張り、音楽室を出た。ドアに向かう俺たちの背中に、吹奏楽部の嘲笑が突き刺さる。
「気を取り直して、集中して」というミズサトの声が聞こえ、再びアフリカン・シンフォニーが聞こえてきた。
音楽室を出た後、部室に向かう帰りの廊下でシンが言った。「おい、お前、悔しくないのかよ」
「悔しいに決まってるだろ」
「じゃあ、なんで逃げた?」
「あれ以上争っても、俺たちが惨めになるだけだっただろ」
恥をかきたくなかった、という思いもあった。だが、本音を言えば、ミズサトの情熱に負けたんだ。
「どこが惨めなんだよ!自分勝手なのは向こうだろ!」
シンが強く言い返してきた。
「じゃあ、今からでも行けばいいだろ」
「お前と一緒じゃなきゃ意味ないだろ!」
「自分一人じゃ反論できないくせに、俺に勇敢さを求めるなよ」
俺が強く言い返すと、シンは胸ぐらを掴んだ。
「一緒に二人で一つのDJブースに立って、今年こそは文化祭盛り上げようって約束したよな」
文化祭の出し物は上級生が優先されるため、これまで壇上に上がることはなかった。二年生になった今、やっと出番が回ってくるかもしれないとシンは意気込んでいた。俺もシンと二人でB2Bをやって、文化祭の体育館をクラブにしてやりたいと思っていた。
「おい、黙ってないでなんとか言えよ」
シンは胸ぐらを掴んだまま黙り込む俺に言った。俺が何も言えずにいるとシンは手を離し、「もういいわ、辞める」と呟いた。赤いバンダナを地面に叩きつけて、廊下を歩いていく。
俺はバンダナを拾い上げ、握りしめた。ついにヒップホップ部は、部長である俺一人になってしまった。
夏の甲子園が間近に迫り、野球部専用の校庭のコートからは、金属バットがボールに当たる鈍い音が聞こえてくる。「おい、二年、そんなんじゃ勝てないぞ!」「しっかり球見ろ!」「いいか、甲子園まであと少ししかないんだ。本気でやれ!」という、低く重い怒号に似た声が校庭に響き渡る。
チアリーダー部は、校庭の端で吹奏楽部の音源を大きなスピーカーで流しながら、フォーメーションを確認し、ポンポンを振っている。
すると、チアリーダー部の一人が、休憩所を抜けてこちらに近づいてきた。高めに結んだポニーテール、青と赤と白のカラフルなユニフォームのミニスカートに、薄手のグレーのパーカーを羽織っている。
「DJ部のソト君だよね?」
パッチリとした目を持つ、いかにもチアリーダー部らしい可愛い子だ。シンの彼女であるナザトリンだとすぐに分かった。テスト週間などで部活がない日は、シンが手を繋いで一緒に下校しているのを何度か見かけていたし、シンからよく惚気話を聞く。
「シンって、本当にヒップホップ部辞めちゃうの?」
あれからシンは部活に来なくなり、一週間ほど口も聞いていない。おそらくこのまま退部届を出してしまうのだろう。
「まだ正式に辞めたわけではない」と言う。
「あのねシン君は、『もっとヒップホップらしく自由にやりたかった』って言ってたの」
シンの意見は良く分かる。だが、俺はあの事件以来、部長としてできるだけ悪目立ちしないように部を運営してきたつもりだった。
だが、今の俺の運営方針は、ヒップホップの本来あるべき姿なのだろうか?そんな疑問が頭をよぎる。ヒップホップの本質的な魅力は、きっと影で行われるアングラ感なのかもしれない。
それは、こっそり修学旅行にゲーム機を持っていって遊ぶような、バスケットゴールによじ登るような、走り幅跳び用の柔らかく、平坦に整備された土に勝手に足跡をつけるような。中学校の故障した使用禁止の男子トイレでクラスの友達と結託しておしっこを溢れ出る寸前まで溜めてつまらせたりするように、少しくらい不真面目な自由さがあってもいいのではないだろうか。
だから俺は思った「カマしてやりたい」
静かに呼吸を吐くように、言葉がこぼれた。
「俺たちのヒップホップ部でカマしてやりたい。俺はシンを部室で待ってる」
勝手に口が動いて発した言葉だったが、決して軽はずみな発言ではなかった。
「分かった。シンにも伝えておく」と彼女は言った。
夏休みに入り、静まり返った校舎。俺は部室に直行し、DJブースにかけていた布を剥がした。やはりターンテーブルは見るだけでテンションが上がる。横幅一〇〇センチのテーブルに、すべての音が詰まっている。たった二枚のレコードをアレンジすれば、無限の音を生み出せる。先輩らがバイトで溜めたお金と、学校側と交渉して出してもらったお金を合わせて買った中古の型落ち品だったらしいが、毎日手入れしているため、反射するくらいピカピカだ。
まだみぬ四天王のように、陰と輪郭だけの後輩たちを妄想で思い描いているそいつらのためにも、俺はDJブースを磨いた。
磨きながらシンと二人でターンテーブルを回して練習していたことに思いを馳せる。DJは、その日の気分や、その場の流れ、B2Bならもう一人の奏者と互いに影響し合う。
音楽室で撮影したYouTube動画も、撮り直しは絶対にしなかった。登録者数三〇人、動画四〇本。一番古いものから遡って見ていく。すると色々な事を思い出す。
一本目の動画を撮影する前、シンが目を輝かせながら言ってた。「な、ソト。これ、最高じゃね?」
俺が振り返ると、そこには見慣れたモーツァルトの肖像画の代わりに、シンが憧れているDJ、スティーブ・アオキが額縁に入れられた写真に入れ替えられていた。
シンの笑顔は楽しげで、まるでいたずらを成功させた子どものようだった。クラシック音楽の聖域に、現代のクラブシーンを象徴する男を招き入れる。その大胆な発想に、俺は思わず吹き出した。この瞬間、音楽室は俺たちだけの特別なステージに変わった。
楽しかった部活での日々が、再生ボタンを押すたびに鮮やかに蘇る。一発撮りの動画には、未熟な俺たちが映っていた。二枚のレコードの音が激しくぶつかり合い、聞くに堪えないようなノイズが響く。完璧とは程遠い、喧嘩しているかのような音の塊。それでも、俺たちはくじけずに何度も動画を投稿していた。
シンに戻ってきてほしい。
そう思った時、廊下から、スリッパのカタカタという音が近づいてきた。その足音の主は、部室のドアを開けた。
そこにいたのは、シンだった。
走ってきたのか、切らした息の第一声が、「ハァハァハァハァ…いじめが発覚して…甲子園に行けなくなったらしい」だった。
シンと一緒に部室に来たチアリーダー部のナザトも「県大会の時から応援してたのに、よりによって甲子園まであと五日の時期になんでこんなことに…」と言う。
呼吸を取り戻したシンから詳しく話を聞いた話を頭の中で整理する。どうやら、二年生から一年生へのいじめがあり、当分の間、活動停止は確実だそうだ。これは、いじめられた一年生が病院に搬送されたことで発覚した。
トラックが校門に到着した。DJブースを台車に乗せて、校門まで運び、学校側が手配したトラックに乗せる。
「いよいよ明日だな」そう言ってシンが赤いバンダナで汗を拭いだ。
そしてシンはこちらを向いて「この前、お前に酷い事を言った。悪かった」と言った。DJ部なのに、皆に注目される場所を作れてなかった。だが、明日、そのフラストレーションはすべて解放される。
「こちらこそ色々と我慢させてすまん。明日、俺たちにとっての大チャンスが巡ってきた。明日は俺たちが主役のつもりで、注目の的になろう」
「おう。それと俺さ、中学の時ソトにDJを熱弁された後、実際にDJを聞きにいったんだよ、それが最高でさ、初めてだったんだ音楽でエキサイティングな気分になったのが。まるで脳が射精したみたいに。脳と亀頭の形が似てるのは偶然じゃないなと思ったんだ」とシンはニタニタ笑いながら言う。
シンは元々ピアニストで、クラッシックコンクールで優勝するほどだった。だが、楽譜通りに正確に鍵盤を叩くことに飽きていたらしい。
そんな時、雑談程度のつもりでDJについて語ったら、「同じ高校に入ってヒップホップ部に入ろう」と提案されたのだ。俺にとって、ここまでDJにのめり込むきっかけを作ってくれたのはシンだった。
その後、部室の鍵を閉めて帰ろうとした時、静かな校舎の下駄箱で吹奏楽部のミズサトを見つけた。俺は彼女を呼び止めた。
「何か用?」
「甲子園に向けて練習してたのに、残念だったな」
彼女は重いため息をついた。「顧問から聞いたんだけど、私たち吹奏楽部の代役として、あなたたちヒップホップ部が甲子園で応援するそうね」
甲子園を目前に控え、まさかの事態が起きた。長年、高校野球の応援を支えてきた吹奏楽部内でいじめが発覚。吹奏楽部は休部となり、球場を揺らすはずだったブラスバンドの音は静まり返ってしまうはずだった。誰もが途方に暮れる中、突拍子もない提案をしたのが、ヒップホップ部の部長シンだった。
「俺たちが、やります」
シンは校長室に乗り込み、甲子園のアルプススタンドでDJプレイをすることを直訴。最初は一笑に付されたが、「音楽は、魂を揺さぶるもの。吹奏楽もヒップホップも、その熱い想いは同じです」という彼の真剣な言葉に、学校側も心を動かされた。そして、前代未聞の「DJ応援」が正式に認められたのだ。
交渉の場にいた学級主任が「お前らはあの事件以降ずっと真面目にやってきた事を知っている。ユーチューブの動画もコツコツと更新してたみたいだしな」とプッシュしてくれたのもシンの突飛な案が認められた要因だったと思う。
そして俺は疑問を口にする。「なあ、ミズサト。なんで今日、学校にいるんだ?」
「吹奏楽部内のいじめの事情聴取。学校側が私からいじめの件を聞きたかったみたい」
いつも姿勢の良い彼女だが、今日は少し猫背気味だ。
「あのさ、いじめの件は知ってたのか?」
「知らなかったわよ、そんなこと。一年生の部員をネット上でいじめてたみたいで、その子が自殺未遂したみたいで救急車で搬送されちゃって」
「そこで、いじめが発覚したんだね」
「ええ、そうみたい」ミズサトの声は震えていた。
「音楽室でのこと覚えてるよね。なんで私君にあんな偉そうなこと言っちゃったんだろう…」
と言った彼女は壁にもたれかかって、ハンカチを目に押し当て泣き出した。
「何が五〇年の歴史よね。私が、その歴史を壊した」
「違うよ。いじめには関わってないんだろ?」
「違くないよ。私のせいなの。私がもっと部員のことを見ていれば、こんなことにはなってなかったかもしれない。次期部長失格ね。この前は本当にごめんなさい」
「いいよ、別に」
そう言うと、彼女はトイレに逃げ込むように入っていった。「ガコン」とトイレの個室を閉める大きな音が響いた。
「あっ、あのトラックじゃない!一一四五!」
赤いバンダナを頭に巻いたシンが、昨日DJに必要な機材を入れたトラックを見つけて指を指す。甲子園球場の駐車場は広く、トラックを探すのに苦労した。
トラックの荷台の中にはDJのターンテーブルだけではなく、取っ手のついた大きなスピーカーが10台ズラッと置いてある。そして応援に来ているベンチ入りしなかったメンバー達と共に、甲子園球場の観客席まで運ぶ。
そしていよいよ試合が始まった。
須原高校が後攻だった。相手校の吹奏楽部が「ルパン三世のテーマソング」を吹いている。
一気に試合が始まった。相手校の太山高校の一番が二塁打を放ち、二番の送りバントが成功して三塁まで出塁、三番がホームランを放ち、一気に二点入れられた。その後ピッチャーマツダはなんとか失点を抑えたが、会場の雰囲気は完全に太山高校に飲み込まれた。
しかし、その後の失点は抑えたまま須原高校の攻撃が始まる。
小道具として熱中症対策の霧が噴出される機械を赤いライトで照らし、白煙灯のようになる演出をした。これはシンのアイデアだった。白い霧がターンテーブルを囲む。
それを見た観客からヒソヒソと声が聞こえてくる。「えっあれなに、ヤバいんだけど」「絶対場違いじゃん」
だが俺は気にしない。俺らの演奏が始まればきっとこの陰口も曲の音でかき消されるだろう。場違いと言われようと、ここは甲子園ではなく俺達のライブステージだ。
「アフリカンシンフォニー」のサンプリングも用意して置いたが、一曲目は観客が一体になって盛り上がれそうな曲であるBIGBANGの「BANG BANG BANG 」をかけると決めていた。
俺とシンは顔を見合わせた。シンは口角がニヤッと上がっている。いかにも今からカマしてやるぜといった顔だ。それはお互いそうだろう。
「俺らの出番だな。バンダナ巻けよ」そして俺も額にバンダナを巻いた。
観客がスマホのカメラで俺達に動画を回し、リポートのテレビカメラも俺達を撮っている。
俺は、意を決してターンテーブルのつまみを回し、音量をマックスにした。
「おおおっ、おおおおおおおおー!」
BIGBANGの「BANG BANG BANG」の前奏の掛け声が、10台のスピーカーを通して球場に轟く。そのあまりの轟音に、観客は一瞬、戸惑っているようだ。手拍子もなく、歓迎されているとは言いがたい雰囲気。しかし、DJのいいところは、何度も巻き戻して曲を違和感なくリピートできること。
もう一度、最初から曲を繋げるように流す。「おおおっ、おおおおおおおおー!」
すると、隣にいたシンが、曲のリズムに合わせて手を叩き始めた。
チアリーダー部のナザトも、ボンボンをつけた手で一緒に盛り上げてくれる。その姿につられ、別の部員も手を振り始めた。
最初は好奇な目で見ていた他の観客や、ベンチ入りできなかった野球部の部員たちからも、「おおおおおおおおおお!」という声が上がり、拍手の音が次第に大きくなっていく。
俺はさらに、音量の大小を巧みに操り、グラデーションをつけた。こうすることで、音に立体感が生まれ、須原高校のアルプス席だけではなく、この甲子園球場全体を包み込むようなグルーヴが生まれていく。
そして会場の熱気という渦がこのターンテーブルに吸引される。
「今だ」
ホットケーキにポツポツと無数の穴が空き、ひっくり返すタイミングがきた。俺は、いよいよ前奏を終え、曲のメインパートに突入させ、俺らのゲリラライブが始まった。
ゲリラライブ sota @kakuyoyomu23
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