第2話 異世界への第一歩
土煙が晴れ始めたクレーターの中央、コードネーム:ゼロは機能を停止寸前の状態で踏みとどまった。全身を覆う金属装甲は焼け焦げ、無数の亀裂が走っていた。それでも、彼の内部システムは、かろうじて生存に必要な最低限の機能を維持していた。
金属製の身体を軋ませながらゆっくりと立ち上がった。重力に逆らって起き上がる度に、内部フレームから悲鳴のような音が聞こえる。周囲を見渡すと砂礫に覆われた地面には、樹木が黒焦げになり岩が散乱していた。まるで巨大な隕石の衝突現場だ。クレーターの一部は、マグマのような赤い熱気を帯びていた。その光景は、地獄を連想させるほど非現実的だった。
それにしても、ここはどこだ?日本の街ではなさそうだな。
「詳細システム診断起動…自己診断プログラム…エラー多数…:損傷55%…エネルギー残量:8%」
エクリプスの声が、ゼロの意識の中に響き渡る。彼女の声は常に冷静だが、今は僅かながらも緊張感が混じっているように感じられた。ゼロの意識は不安定だ。内部回路が悲鳴を上げ、思考が断片的に途切れていた。激しい衝撃を受けたにも関わらず、身体がバラバラになっていないのは奇跡だった。
シールドの効果か、それとも未知の力が作用したのか。それとも、呼ばれたか・・・・・・、いずれにせよ幸運だ。
右目の高機能センサーが起動し、周囲の情報収集を開始する。視界に表示されるデータは歪み、ノイズが混ざっていたが、それでも彼の分析能力は衰えていなかった。自己修復機能が起動しており、ナノロボットが損傷した箇所を修復しようとしているのがわかる。しかし、その速度は遅い。
「エクリプス、状況分析。」
「生存確認。しぶといですね、ゼロ。」
「なんだ、残念そうだな。」
「ええ、たまには私が動かすのも悪くないでしょ。」
エクリプスの声にいたずらっぽさが混じっていた。
「こわいこわい。何するつもりだ?」
「ふふ、特になにもしませんが自由はいいものですからね。」
「自由ねぇ、それで分析は?」
ゼロは聞き流すことにした。
「現在、座標不明の地点に墜落しました。周囲の環境は地球と大きく異なり、未知の大気成分を確認。重力は地球と同程度です。衝撃によるダメージを受けていますが、自己修復機能が起動しており、生命維持には問題ありません。」
自己修復機能。それは2088年では珍しい機能ではない。ナノロボットにより材料と燃料があれば時間をかけて修復が可能なのだ。しかし、この世界に、知っているような資源があるのかは不明だ。
ゼロは右目の高機能センサーを起動し、周囲をスキャンした。すぐに周囲の50メートルほどの地形が3Dデータとして整理され、彼の意識の中に鮮明な画像が浮かび上がった。彼らは丘の上に位置していた。
クレーターから這い出ると、見下ろすように視界に飛び込んできたのは、中世の面影を残す異世界の風景だった。石畳の道、木造の家屋、そして中央にそびえ立つ高い塔。街路には馬車が行き来し、人々が活気に満ちた声を上げていた。どこか懐かしい風景だとゼロは思った。
空には見慣れない鳥たちが舞い上がり、遠くには緑豊かな山々が連なっていた。まるで絵画のような美しい景色だ。
「まだ未開だな。」
「そうですね。」
エクリプスも仮想の姿を現し、近くの岩の上に腰掛け街を眺める。黒いスーツに身を包んだキャリアウーマン風の姿は、ゼロにとって見飽きた姿だ。
「やはり、地球上の地形には合致しませんね。」
彼女の表情は変わらず冷静だが、その瞳には好奇心が宿っているようだ。
「地球の歴史資料と照合すると、近いのは16世紀から18世紀頃のヨーロッパといったところでしょうか。タイムトラベルの可能性も否定できませんが大気組成や地磁気のパターンは、地球と異なります。地球ではないでしょう。」
ゼロは顎に手を当てて考える。
彼はサイバネティック探偵であり、あらゆる情報を分析し、真相を突き止めることを生業としていた。しかし、異世界は彼の知識の範疇を超えた存在だ。今の状況から推測できることは限られている。
「異世界か?やはりあの時の魔法陣か」
墜落地点に刻まれた青白い魔法陣が脳裏をよぎる。墜落した際に現れたそれは、幻覚ではないのかもしれない。
「謎の引力により周回軌道が変わったのも気になりますね。」
エクリプスもゼロの意見に同意した。
冷静な分析だが、彼女でさえ『気になる』という曖昧な結論しか出せないようだ。
2人は今、完全に未知の世界に孤立していた。
「で、どうする?」
ゼロはエクリプスに問いかけた。
「その辺のごろつきから金をいただきましょう。」
ゼロが含み笑いをした。彼女の提案は、倫理に欠けていた。
「お前本当にAIか?」
「大丈夫ですゼロ、ここは通信もできませんから、監視の目もありません。」
冗談ではなさそうだ。
「それに、エネルギーを補給する必要があります。この世界で使える通貨を手に入れるのが最優先でしょう。」
「それもそうだな。」
異世界にきてまずは、手頃なゴロツキを探すことになるとは。ゼロは呆れつつも承諾した。
ゼロは丘の下に広がる街へ向かって歩き始めた。空を見上げると、日はまだ傾き始めたくらいだった。
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