第48話 『彼を私だけのものにする方法』
湖畔の外周をグルリと回ったけど、それらしいものを見つける事ができずに新は項垂れていた。
隣を歩く怜もピクリとも笑わないし、なんだか疲れた気分だった。
「中々見つからないな。ちょっと休憩しないか?」
「そうね。そこ座りましょ」
空いているベンチに二人で腰掛ける。
今いる休憩スペースには多くの生徒が集まっていた。
芝生が敷かれているところもあり、そこには暖かな陽気に照らされ、気持ちよさそうに寝転がっている生徒もいる。
他にもお菓子食べながらおしゃべりに夢中な女子生徒、子どもの様に追いかけ合う男子生徒、カップル同士で過ごす生徒などそれぞれの過ごし方を楽しんでいた。
「本当に『光の輪』なんて見つかるのか……?」
「どうかしら。まだ行っていない場所もあるわ。湖の周りだけじゃなくて、そこから連なる池の近くとか。あっちの雑木林の方なんかまだ行ってないんじゃないかしら」
「じゃあ、ちょっと休憩したらそっちも行こう」
「わかったわ。……とその前に。私、少しお手洗い行ってくるわね。荷物の方、見ててもらってもいいかしら?」
「ああ、分かった見てる」
「勝手に中を開けたりしないでちょうだいね」
「ぼ、僕がそんなことするわけないだろ!?」
「ふふ、本当にやめてね?」
先ほど結宇たちのリュックを開けたことを見られていたのかと思い、必死に否定する。
怜は、リュックからポーチだけ取り出し、お手洗いの方へと向かった。
「僕が人のカバンを漁るような男に見えるのかな。失礼だな、全く。汐見ならいざ知らず、僕がそんなことするわけないだろ!」
ブーメラン。
ザ・ブーメラン。斜め45度から鋭角に入り、頭に突き刺さっている。
頭に刺さっていることにも気づかず新は小さく零す。
「だけど、あれだけ念を押されるとそれはそれで気になるな」
チラリと怜のカバンを横目に見る。
なんて事のないレジャー用のリュックだ。女性ものなのか、色合いはパステルで可愛らしい。
謎多き美女。それが彼女の第一印象だった。そんな彼女のプライベートが気にならない新ではない。
そんな彼女のリュック。先ほどものを取り出した時に完全に閉めていなかったのか、チャックが半分開いていた。
「これじゃあ、見てくれって頼んでるようなものじゃないか。まっ、僕は紳士だから見ないけどね。仕方ない。ちゃんとチャックを閉めておいてあげよ──っ!」
ただ、見つけてしまった。
半分空いたカバンから見えた紺色のノートを。
そして気づいてしまった。
その表紙に『倫理』と書かれていることを。
「な、なんで……?」
先ほど結宇のリュックを漁った時に出てきたもの。
それと同じものがどうして怜のリュックに入っているのか。
しかもさっきの念押し具合がそれに拍車をかけていた。
「い、いや。さすがに勝手に触るのはダメだよな……? いや、でも彼女のだしな……?」
理性と欲望の狭間で揺れる新。
結宇や美月のカバンを勝手に漁っていた割に、なぜか怜に対しては若干の遠慮があった。
もし、バレたら嫌われるかもしれない。
そんな潜在意識が働いている。
だが、最終的に新の元来の気質は欲望に忠実なことだ。
結局、怜から言われたことも彼女のものだから、自分にも見る権利があると自己正当化させ、そのリュックの中に手を伸ばした。
周りに気を配りながら隙を見て、ノートを手に取る。
女子トイレの方を見ると遠目に行列ができているのが分かった。
生徒が多くおり、この辺に他にトイレがないからだろう。
この調子ではまだまだ怜が帰ってくるのには時間がかかる。
「帰ってくる前に返せばいいよな……?」
新は好奇心を抑えきれなかった。
さっき結宇のリュックから出てきたものと同じノート。
気味の悪い中身だった。
どうして同じものを持っているのか。それが気にならないはずはなかった。
ゴクリと唾を飲み込んでページを捲った。
◇
『彼を私だけのものにする方法』
⋮
彼は私のもの。
彼は私だけのために生まれてきた。
彼が誰に笑いかけても、それは間違い。
彼が誰かと話していても、それは無駄。
私だけを見ればいい。
私だけを考えればいい。
私だけを愛せばいい。
⋮
⋮
に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に 絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に。
⋮
⋮
⋮
絶対に誰にも渡さない。
◇
「──っ。これもかよ」
狂気的だ。さっきと似た様な重たい想いの羅列。
「なんであいつと同じようなのを持ってるんだよ」
内容は若干違うものの気味の悪さを感じる。同じものを持っている理由まではわからない。
「……というかこれって俺への気持ちを書いたものだよな?」
だとしたら相当重い。
いや、しかし。
「なんだよ。怜も可愛いとこあるじゃん」
新はにやけていた。
重たいのはちょっと……と思っていたが、いざあまり普段感情を見せない彼女が内心こんなにも自分のことを好きだと思っていたかと思えば、嬉しくならないわけがなかった。
「ははっ、もう少し見て見るか」
彼女の本音を知れて心底安心する。なんだか難しいお願いをされることも多かったように思うけど、自分のためを想ってのことだったんだな。
そう結論づけて新は興味本位で次々とページを捲っていく。
◇
まず一つ目の目標。
それを達成するためには、彼のことを詳細に調べる必要がある。
⋮
⋮
前のページでは想いが昂ってしまい、脱線して余計なことを書いてしまった。
ここより、具体的に『彼を私だけのものにする方法』を記述していく。
やることはシンプル。
『彼』が奪われたもの。
それを全部ぜーんぶ、奪い返してあげるの。
名誉も信頼も好意も自信も何もかも。
そのために、あの邪魔者がどれだけ苦しもうが関係ない。
地獄の苦しみを味合わせないといけない。
いや、地獄なんて生ぬるい。一生の後悔を刻みつけてやる。
優しい優しい『彼』に変わって全てを復讐する。
そうしてアレから全て奪い取って、『彼』に返す。
今度はこちらが奪う番。
『彼』が二度と傷つかない様に。
全てを取り戻した『彼』と私は結ばれる。
それこそが私の計画。
◇
「じゃ、邪魔者……? 一体誰のことだ? 計画って……?」
第二の目標に入った瞬間、雰囲気が変わった。
これまでは『彼』に向けたそれはそれは重たい感情だった。
だが、その次からはおどろおどろしく、文字の筆圧も濃くなっていた。
ゴクリと喉を鳴らしながらも新はページをめくる。
◇
その全ての計画をここに記す。
1.『彼』のことをもう一度、徹底的に調べる
私が彼と離れ離れになっていた間のことをもう一度、詳しく調べる必要がある。
ここが一番大事。
ちゃんと裏採りをしておかなくちゃ。その情報が正しいか。
後、監視。
2.アレをコントロールする
すぐに落とすのは簡単。アレの性格上すぐに自爆するだろう。
だけどそれだけじゃ足りない。全くもって物足りない。
自分がしてきたこと全て後悔して、自覚してもらわないと。
そのためには、その傲慢な性格。それをもっと増長させ、全てを失うように仕向けなければならない。
そう、それが例え、アレの評価を上げることであったとしても。
3.『彼』に普通の日常を送らせてあげる
計画が始まるまでの間。彼には普通に過ごしてもらう。
普通に友達と過ごして、普通に笑って。あの日のことなんて忘れられるように。
※ただし、女子とは仲良くさせないものとする。
4.計画の上方修正
計画には予定外のこともつきもの。
利用できるものがあれば、なんであっても利用する。
……それが例え、将来の障害になりそうなものであっても。
5.アレの関係値を壊して、『彼』にあげる。
アレがしたことをそのまま返す。
仲が良かった人たちが離れていく悲しさ。周りの目の冷たさ。それを味合わせる。
そして彼には、その全てを受け取ってもらう。
6.アレと仲良くなる
より地獄を演出するために我慢する。
孤独になったアレに手を差し伸ばす。できれば恋人に近い関係値になるように行動する。
吐き気が催すほど、蕁麻疹ができそうなほど、嫌だとしても我慢しなくてはいけない。
我慢して我慢して我慢して我慢して我慢したその先に未来がある。
そして最後。進藤のクズを絶望に突き落とす。
全部全部、本当のことを教えてあげる。
⋮
⋮
⋮
ねぇ、ゆうちゃん。全てを清算したら、きっと迎えにいくから。
待っててね。
◇
「な、なんだよ、これ……」
そこでページは終わっていた。
心臓が激しく音を立てている。息が荒い。ここに書かれていることは本当なのか……?
「進藤君。何見てるの?」
「──ッ」
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