第44話 手にしてはいけないパンドラの箱
展望台からは、広い自然公園の全体を一望することができる。
先ほど通ってきた道はもちろんのこと、チェックポイントで行った池や花畑もここから見え、景色は抜群だ。
これまでの道のりの反対側には、この自然公園の中心に複数から連なる湖がある。
行きのバスで聞いた噂の『光の輪』をこの湖のどこで見ることができるとのことだ。
……逆である『影の縁』とやらも。
真上にある太陽は燦々と輝いており、絶好の昼食日和。
よく晴れていたおかげでほんのりと汗を掻いており、程よい疲労感が体を襲う。
ここでお腹いっぱいになって原っぱで寝転んだら気持ちよく寝れそうなくらいだ。
ただのお腹いっぱいで済めばいいけども。
目の前に広げられた重箱が無言でプレッシャーを与えてくる。
とんでもない量の揚げ物の量である。例によってちくわの磯辺揚げも存在している。
いや、ちゃんと野菜も見栄え良く散りばめられてはいるがその油の量に比べれば心もとない。
「デザートには焼きリンゴのタルトも作ってきたから!」
ホール……ッ!
美月さんのリュックは四次元空間と繋がっているのだろうか。確かにリュックはちょっと大きいなって思ってたども。というか、今までよく中身を崩さずにここまでこれたよね。
「はい、ゆーくん。おしぼり。入念に手拭いたげる。それから次は、お茶。そろそろ持ってきたお茶なくなるよね。替えの分あるから空のペットボトルもらってくねー。あ、汗掻いてるじゃん。拭いてあげるね! ……っっぁ」
そして物理的な重さで攻める美月とは対象的に雪那はやたらと先回りでお世話をしてくる。
いや……これはお世話をしていると見せかけて、全て俺の使用したものを自分のリュックへと忍ばせているのである。
……ちゃんと捨てるんだよね? 信じていいんだよね?
最後なんて、俺の汗(あまり掻いていない)をタオルで拭った後、自分の顔に押し付けて悶絶していた。
「な、なんだって!? お弁当作ってないのか!?」
「もう、何……?」
さていただきます、をしようとした時、遠くから男の大きなこえが聞こえてきた。
聞き慣れた声に二人は眉を顰め、その方角を見る。
せっかくの楽しい気分を邪魔されたと言わんばかりの不満顔だった。
その方向には案の定、進藤、そして黒江さんがいた。
他の生徒達もみんな何事かとそちらを注目している。
「僕の聞き間違いだよね? もう一度、言ってくれる?」
「あなたの分のお弁当は作ってない。そう言ったの」
「な、何を言ってるんだ! 彼女ならお弁当くらい作ってくるものだろ!?」
「作ってきてほしいってお願いされてないもの」
「……どうするんだ! 僕のお昼ご飯ないじゃないか!」
「そんなこと言われても困るわ。ないものはないの」
どうやら聞こえてきた話から察するに、進藤は黒江さんがお弁当を作ってきていると思っていたようで、持ってきていないとわかり、怒っていたようだ。
そもそもお願いされていないのに、彼女だから作るっていうのは中々、難しいのではないだろうか。
「くそ、どうすれば……っ!」
進藤は辺りを見渡したかと思うとこちらを見つけ、まっすぐにやってきた。
この先の展開は予想ができたものだ。
「や、やあ美月。すごい豪勢なお弁当だね。量もすごいし、食べてあげようか?」
「はい、ゆーくん。紙皿に取り分けてあげるね!」
「結宇くん。こっちのも食べて! だし巻き! 自信作なの!」
無視。完全に無視を決め込んだ。
俺としては、これだけの量食べきれないので進藤に分けてあげてもいいとは思うんだが……。
「美月がいいなら進藤に少し分けてあげても……」
「汐見……! 分かってるじゃないか!!」
「やだよ」
「え」
「いやだよ。いくら結宇くんのお願いでも嫌だもん」
「な、なんでだ。美月! そんなにあるんだから少しくらい分けてくれてもいいだろ!? 幼馴染だろ!?」
「こういう時だけそういうのやめてよ。今まで作ってあげてた時は、ロクに食べようとしなかったくせに。私、からあげぶちまけられたことまだ許してないんだからね」
「──っぁ……」
それを言われてしまうと……俺も何も言えない。
進藤は潰れた蛙みたいな声を出してその場で固まる。
「進藤君。仕方ないから私の分、分けてあげるわ」
「れ、怜……!」
「ほら、あっちで食べましょ」
結局、進藤はそのまま黒江さんに連れられてどこかへ行った。
「っ」
その時、黒江さんの口角が若干、上がっている様に見えた。
◆
クソッ! なんだよ、怜のやつ。
お弁当って言ったっておにぎり一つだって!?
こんなのでお腹いっぱいになるわけないじゃないか……。
彼女のくせに弁当も作ってないのかよ!!
汐見もあれだけおかずが余ってたくせに僕に分けてくれないなんて、クズめが!!!
「こんなんだったら、今岡たちと一緒に食べればよかったかも……」
怜と付き合い始めてから、友達付き合いも浅くなって行った。今岡とは休み時間話はすれど、何かイベントがある時は、こうやって怜と一緒だ。
恋人と一緒なのは嬉しい……にも関わらず、時折何か小骨が喉に引っかかる様な感覚に襲われる。
恋人ってこんなのだっけ……?
残念ながら、これまで恋人はできたことがない。
女の子と遊ぶことはいくらかあったが、数回遊ぶと音信不通になっていったのだ。
昼食も食べ終わり、ここから指定の時間までは自由行動の時間となる。
一応、予定としては怜と一緒に過ごすつもりだ。
二人で噂の『光の輪』を見つけにいくのだ。
今は怜はお手洗いに行っており、席を外している。
女子の方はトイレが混むようなのでまだ少し時間はかかるだろう。
僕はベンチから立ち上がり、辺りを散策する。
顔見知りのクラスメイトに会えば、もしかしたら残っているお昼ご飯を譲ってくれるかもしれない。
そんな打算があってのことだ。
そうして歩き回っていると、木の下に轢かれているレジャーシートを見つける。ここは……汐見たちが座っていた場所だ。
今はリュックが3つ置きっぱなしで誰もいないようだ。
「どこへ行ったんだ。あいつら。不用心なやつらだ。そうだ、お弁当! あれだけあったんだ。余ってるんじゃないか!? 少しくらいもらったっていいだろ!」
僕は、レジャーシートに上がり、周りを伺ってから美月のリュックを手に取る。
お弁当は美月が作ってきたもの。だからあるとすれば、美月のリュックの方だろう。
美月は幼馴染。家族みたいなもの。だから僕が中を見ても問題はないはずさ。
そう自分に言い聞かせ、リュックのチャックを引き、中を開け覗き込み、中で見つけた風呂敷を開けるとそこには重箱だ。
しかし、手に取るとカランカランカランと、中からは虚しい音がした。
「う、嘘だろ……!? 全部食べたのか!? クソがっ!!!」
苛立ちながらも新は、バレない様に重箱を元に戻していく。
それでもまだ苛立ちが治らない。空腹もあってか、余計に。
「……っ。そうだ!!」
目に入ったのは、結宇のリュック。
ニヤリといやらしい笑みを浮かべる新。
「最近、調子に乗ってる罰だ」
少しくらい、いいだろう。中身をグチャグチャにしてやる!!!
そんな邪な気持ちでチャックを開け、中身を漁る。
周りにバレない様に辺を見渡しながら、手で中身を探っていく。
「財布でもあれば、お金ももらっといてやろ。不用心なあいつにはいい教訓になるだろ……ってあれ?」
しかし、手に取った感触は財布とは程遠い。
「なんだこれ」
引っ張り出し、手に収まっていたのは一冊の紺色のノートだった。
そして見つけた。
表紙に書かれた『倫理』の文字を。
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