第25話 なんか家に連れ込んじゃった

『今日はいろいろありがとうね。

 途中、空気悪くしてごめんね? また一緒にどこか行こうね!』


 瀬名さんと別れてから、早速やってきたメッセージを読みながら、帰路へ着く。

 今回のリハーサル……もはや、何のリハーサルかわからないけど、明らかになったことがある。


 瀬名さんは進藤が好きじゃない。


 そしてその好意は……うぬぼれていなければこちらに向いているようにさえ思える。

 何があった?

 これまで進藤に向いていた思いが急に方向転換したように感じた。

 進藤に愛想を付かせてしまったならまだ分かる。

 これまでお世話をしていたのを急に辞めたのも納得だ。


 だけどあの時……。


 ──私の好きな人は今も昔も変わってないよ?


 あれって一体どういう意味なんだ?

 好きな人=進藤じゃないなら、今までのは一体なんだったんだ?


 じゃあ、あのノートはやっぱり瀬名さんのものじゃない?

 あのノートには、それはもう一緒になれないくらいなら、一緒に死んでしまおうという気概すら感じられた。

 そんな強烈な一途な想い。そんな持ち主が簡単に相手を見限ることがあるだろうか。


 瀬名さんが急に失くしてないと言ったり……。

 彼女を疑うわけじゃないけど、何かを隠しているような気がしてならない。


 ノートは瀬名さんとは無関係。

 そうであるなら、いいんだけど……どこか違和感は拭えない。


「ダメだ……混乱してきた」


 頭を抱えながら、日が暮れそうな道を進んでいく。

 大きく伸びきったその影は、夜の訪れを告げようとしていた。


 もうすぐ家につく。あまり気乗りはしないが帰ったらもう一度、ノートの続きを見るしかない。

 そうしないとこの混乱からは抜け出せない。


「……ん?」


 そう心に決め、歩いていると電柱の付近に人影が佇んでいた。最近、世間も物騒だし、不審者とかだったりしたら怖いな。

 逆光で誰か分からない。早く通り過ぎようっと。

 そう思った時、チラリと横目に見えた顔に見覚えがあった。


「……雪那。何してるの?」

「……待ってた」

「……誰を?」

「しおみん」


 まさかの待ち伏せ。

 しかし、なぜ俺がここを通ると分かったんだろうか。俺の家なんて知らないはずだ。


 雪那はいつもは見せないローテンションのレアな姿。

 基本騒がしい彼女でも落ち込むことあるのか。でもさっきのことがあった手前理由は明白だった。


「あの後、進藤と何かあったのか?」


 正直、瀬名さんの発言により、その後は容易に想像ができる。


 自分が気になっている異性が幼馴染とはいえ、別の子にしつこく言い寄り、拒絶された。

 しかも、一緒に遊びに行っている最中に。


 地獄である。

 地獄みたいな空気が流れたに違いない。

 その後の進藤の行動は気になるが、大方ショックでデートどころじゃなかったというところだろうか。


「そーなんだけど。そのことでちょっと相談したくって」


 やっぱりか。 空を見上げれば、先ほどまで赤焼けしていた空にはどんよりとした鈍色の雲がかかっていた。

 一雨来そうな感じ――そう思ったのも束の間。ゴロゴロと空が鳴り、ポツリと何かが肌を濡らした。


「あ、雨……」


 呟くと一気に降り出してきた。

 目の前には、濡れたまま泣き出しそうな雪那。

 俺は大きくため息をついた。


「とりあえず、うち来て話すか?」

「……」


 コクリと頷く雪那と連れて家に帰った。





「へぇー! ここがしおみんの家か! お邪魔しまーす!」

「さっきまで落ち込んでたのに急にテンション上げるなよ」

「なんか人の家ってテンションあがんない?」

「わからんでもないけども」


 昔はよく人の家に遊びにいってたけど、最近はめっきりいかなくなってしまったな。


 雪那は、玄関を抜けると物珍しそうに中を進んでいく。

 数年前に親が中古で購入した、特に大した特徴もない普通のマンション。

 外観は若干年季を感じさせるが、リフォームされたリノベーションマンションだったので内装はそこそこ綺麗だ。


 玄関を抜け、リビングで雪那を待つように伝え、その間に洗面台からタオル取り出して持っていく。


「ほら、雪那。タオル──っ!?」

「あ、ありがとー」


 リビングに入ったところでタオルを投げてから気がつき、すぐに顔を逸らす。

 湿ったニットの緩い胸元を引っ張っているのを。ピンクの下着がうっすらと見えてしまった。


 マジで勘弁してくれ……! 


「どしたの?」

「いや……ふき終わったら、テーブルの上にでも置いてといてくれ」

「わかった」


 俺が顔を逸らしたことに大したリアクションもないことから、下着を見たことはバレていないらしい。

 九死に一生を得ながら、窓の外を見ながら頭の水気をガシガシとタオルで取っていく。


「どうだった?」

「……何が?」

「下着、見たんでしょ?」

「ミテナイ」

「すけべ」


 窓に反射する雪那の顔は悪戯に満ちていた。

 ちなみに健康的はお腹は見えなくなっていた。おしいことをした。


「ねぇねぇ! しおみんの部屋いきたい!」

「お前、ここに何しにきたんだよ」

「別にいいじゃん! 話は後でもできるんだからさ!」


 さすがギャルというべきか。偏見も若干あるが、こういうところは遠慮がない。

 まぁ、俺が本気で嫌がったら、相手も引いてはくれるだろうけども。


「……ダメ?」

「うっ……」


 そんな期待に満ちた目で見られると断れないだろ!


 結局、雪那のお願いに負け、俺は自分の部屋に彼女を案内することになった。


「言っておくけど、別に面白くもなんともない部屋だからな?」

「大丈夫。えっちな本見つけても、読まないから!」

「ないから」


 すこぶる不安だ。やや緊張しながらも自分の部屋のドアノブを回し、招き入れる。


「ここがしおみんの部屋……! なんか普通だね」

「だから言っただろ」


 周りを見渡す雪那。

 念押ししていた通り、特段珍しいものは何もない。

 普通にベッドや勉強机、ローテーブルがあって、後は本棚があるくらいだ。


 ベッドの上には携帯ゲーム機や漫画散らばっている。

 それを見つけて、先に入って片付けておけばよかったと後悔する。


「ねぇ、本棚見てもいい?」

「別にいいよ」


 一応、その辺り良識はあるのか、俺に許可を取ってから本棚の方へ向かう。

 お小遣いで買える範囲で揃えた漫画があるくらいで、内容も一般的な少年誌に載るものしか置いていないので見られたところで困らない。


 ……そういえば、今俺って家に女子と二人きりでは?

 こんなの中学生以来だ。


 ヤバい。なんか急にドキドキしてきた。

 雨に濡れて若干、艶のある髪を耳にかける雪那が視界に映る。その動作がやけに色っぽくて心臓の音が一段階大きくなる。


 いやいや、落ち着け。何を考えている。


「あ、寸劇の巨神ある。あたし、これまだ最初の方しか読んでないんだよねー」

「雪那って漫画とか読むのか?」

「昔は結構読んでたんだけどね。最近はあんまり。ああ、着ぐ恋もある! あたし、これ好きなんだよね!」


 着ぐ恋……その着ぐるみ人間は恋をする、の略称だ。

 着ぐるみを着るのが好きなヒロインが、ぬいぐるみ職人の男の子と出会い始まるストーリーだ。

 最近完結したばかりでストーリーはもちろん、登場するヒロインが可愛いとアニメでも話題になった作品でもある。


「あたし、この子に憧れてギャルになったんだー」

「へぇ……え? そうなの?」


 普通に明かされた事実。


 雪那が手に取った一巻の表紙に映る女の子。

 確かに若干、雪那に似てなくもない。

 同じギャルだし。雪那は着ぐるみは着ないと思うけど。


「ねぇ、ちょっとだけ読んでもいい?」

「別にいいけど、読んだことあるんじゃないのか?」

「うん。持ってたんだけど、今家になくってさ。久しぶりに読みたくって」

「別にいいけど」

「ありがと!」


 明るくお礼を言うと何事もなく、ベッドの上に腰掛ける。


「……」


 ねぇ、これって普通のことなの?

 俺だけ? これに緊張してしまうのは。


 しかし、雪那は本に夢中のようで俺の考えなどまるで気にも留めてない。

 その表情は、懐かしさに満ちており、どこか嬉しそうだった。


「まぁ、いいか。何か飲み物でも入れてくるよ。何がいい?」

「ありがとー。なんでもいいよ、お任せする」

「コーヒーとかでいい?」

「うん」


 どうやら漫画に集中したいようだ。上の空で返事をもらったが、まぁ、多分大丈夫だろう。

 俺は部屋を後にし、キッチンへと向かった。


 ◆


 どこか懐かしい匂いがする。

 この家を、部屋を訪れてからずっとそんな気持ちが心の奥底から湧き上がっているのを感じていた。


 部屋に入ってからあまりジロジロと見るのも悪いと思ったあたしは、汐見くんがいる間は、手に取った漫画に集中していた。


 表紙に映った可愛い女の子。派手な金髪のギャルは、今の自分の姿と重なる。


「あの時から、少しは変われたかな」


 昔の自分は今のようなギャルの姿ではなかった。どこまでいっても芋っぽく、垢抜けないその姿をよく揶揄われたものだ。


「これがきっかけだったんだよね」


 あの日、助けてもらった『彼』が購入していた本。

 書店のビニール袋からわずかに見えた表紙。少しでも恩人の『彼』に近づきたくて、その日からあたしは変わった。


「はぁ……やっぱり、好きだなぁ、これ」


 汐見くんが戻ってくるよりも早く、読み終わったあたしは、いつの間にか寝転がっていたベッドから体を起こし、立ち上がる。


 そして元の本棚へ向かおうとした時、机の上のあるものが目に入った。


「え? これって……?」


 そこにあるはずのないもの。それを見て、あたしは、言葉を失った。




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