第22話 今も昔も変わらないもの

「ん〜〜っ! おいしいっ!」


 今、目の前にはバカでかいパンケーキを美味しそうに頬張る瀬名さん。

 瀬名さんのことが少しずつわからなくなってきた。


 これも進藤のため、と言っているが本当なのだろうか。その割には進藤に対する彼女の想いを感じられなくなっている。

 しかし、あれだけ好意を示していたのに急に興味が失せるなんてことがあるだろうか。


「どうしたの? ほら、汐見くんも食べなよ。おいしそうだよ?」

「あ、ああ」


 目の前に置かれた焼きリンゴとカラメルソース、そしてカスタードクリームが乗ったパンケーキに目をやる。

 飲み物には、アイスカフェラテ。

 どちらも。店に入ってすぐに瀬名さんが注文したものだ。


「好きだったよね? 焼きリンゴ」


 ……最近、俺のプライバシー情報が漏れてたりしない?

 俺、焼きリンゴ好きとか言った覚えないんだけど。

 確かにかなり好物の部類に入るけど、これは友達である一真でも知らない。というか母親しか知らないマイナー情報である。


「はい、カフェラテにもシロップ入れておいたよ」

「ありがとう」


 俺の好みまで把握されつつある。

 そして店に来ているのにやたら世話を焼いてくれる。


「美月!」


 そんな中、店の入り口の方から聞こえてきた男性の声。

 振り返れば、そこには進藤とそれに連れだって歩く折原さんの姿。


 店員から案内されたわけでもないのに、入ってきた途端にこちらに勢いよく向かってくる。


「チッ」


 ……あれ? 瀬名さん舌打ちした?


 それはともかく、厄介なことになった。瀬名さんが相談していることを知っているとはいえ、二人でゴールデンウィークに遊びに来ているなんて何を言われるか分からない。


「お客様。困ります。お席のご案内がまだ──」

「ああ、すみません。この二人友達なんです。それにここの席4人席ですよね? 相席にしてもらってもいいですか?」


 制止した店員さんに無茶苦茶な提案をする進藤。

 俺も瀬名さんも、そして後ろにいる雪那ですらも困惑し言葉を失った。


 こいつは常識がないのか……?


 今日はゴールデンウィークだ。人もそれなりに多く、俺たちも数十分並んでようやく入れた。

 今も入口には多くの入店待ちのお客さんがおり、みな一様に怪訝な目で進藤を見ていた。


「いいよね、美月?」

「いやだけど」

「っぁ!?」


 瀬名さんに断られ、驚いた表情をする進藤。

 いくら瀬名さんが好きだと言ってもこんな非常識なお願いをされて、頷くことはできないようだ。


「お客様、申し訳ありませんが、そちらのお客様もお断りしております。まだ入店されていないお客様もおりますのでどうか今一度、お並びください」

「すみません。ほら、しんどー君。並びなおそうよ」

「──ッ」


 店員さんの毅然とした対応に折原さんは申し訳なさそうにする。

 そして周りからは嘲笑の笑いが漏れ出る。


 結局、二人は入口の方へと戻っていったのだった。

 そしてその間もこちらを恨めしそうに睨みつけていた。


「ホント恥ずかしいよね」

「……そうだな」


 これ、もうめっちゃ冷めてない?


 冷ややかな目で見る瀬名さんにもう以前見たような感情は籠っていないように思えた。


 それから何事もなかったかのように俺との会話を続ける瀬名さん。

 会話もそこそこにパンケーキを堪能し店を出る。

 進藤たちとは入れ替わりだったようで、店を出るとき案内をされていた進藤は、今にも追いかけたそうな顔をしていた。


 店を出てからは瀬名さんとモール内を歩く。

 所謂ウインドウショッピングというもの。

 服や雑貨を見ながら、俺に似合いそうなものや必要そうなものを探していく。


 もはや、本来の趣旨を失ってない?

 これは進藤とのデートのリハーサルという話だったはず……。


「これ、汐見くんにプレゼント!」

「えっと……?」


 などと考え事しているといつの間にかレジから戻ってきた瀬名さんが小さなラッピングされた袋を渡してきた。


「今日、私の用事に付き合ってくれたお礼だよ!」

「いやいや、悪いよ」


 今日は映画の料金から何まで全て瀬名さんがセッティング、お金を払ってくれた。さっきのカフェだって瞬く間に支払いを済ませようとしていたところを強引に俺が全額支払ったくらいだ。

 瀬名さんは不満そうな顔をしていたが……。


 瀬名さんが差し出す袋はラッピングが透けて中身が見えている。

 どうやらハンカチのようだ。


「ハンカチなくしてたでしょ? 必要かなって思って」


 もうツッコミは入れないぞ!

 無くしたことなんてもちろん、教えていない。しかも、数年前の話。その頃、瀬名さんは転校していていなかったはずの時期だ。


「ほら、どうぞ! もらってくれなきゃ、私が困るんだけど……?」


 俺の遠慮もよそに瀬名さんはそのまま袋を押し付けた。

 このまま断っても引き下がってくれそうにない。そう判断した俺は、彼女からの厚意を受け取ることにした。


 何から何まで疑問だ。さっきの進藤に対する態度。今日遊びに行った意味。

 その疑問をついポロっとこぼしてしまった。


「なぁ、瀬名さんってさ……進藤のこと好きじゃないのか?」

「……どうして?」

「いや、この前から思ってたんだけど、なんか進藤を見る目が変わったような気がして。もしかして何かあったのかと思って」

「何か、ね。何かはあったよ」

「じゃあ、やっぱり──」

「汐見くんは何か勘違いしてる」

「勘違い?」


 俺が一体何を勘違いしているというのか。その疑問の答えはすぐに瀬名さんの口から告げられた。


「私の好きな人は変わってないよ?」

「……え?」


 頭の中が一瞬で真っ白になる。

 一体どういうことだ? 好きな人は変わっていない?


 俺に相談したときだって進藤のために、と頑張っていたはずだ。


 転校してきてから、ずっと瀬名さんは進藤にべったりとお世話を焼いていた。それは進藤が好きだったからのはずだ。


 それなのにここ数日は明らかに進藤を見る目は、好きな人に向けるそれではなかった。


 じゃあ、瀬名さんの好きな人って一体……?


 それを考えると背筋がゾクリと冷えた。


 ◆


「クソクソクソッ! 意味が分からない! なんで美月は……」

「はぁ……」


 あまり楽しくない。

 それが今日ここまでの感想だった。


 さっきは思わずトラウマを思い出し、泣き出しそうになってしまった。

 そのことも相まってため息が止まらない。


 目の前の男子――しんどー君は、ようやく入れたカフェの席で貧乏ゆすりをしながら注文を待っている。


 しおみんに相談して、しんどー君を遊びに誘った。

 その理由はシンプルでしんどー君が恩人であるか確かめるため。


 私の恩人。

 その人には、全てを以て尽くしたい。

 あたしの全てを捧げたい。全肯定したい。それがあたしの想いだった。


 だから彼が恩人であるかどうかわからないというふわふわとした状態がなんとも歯痒い。

 その歯痒さが、ここまでのしんどー君に対してなんともいえない感情を生み出していた。


 本当にしんどー君が恩人なの?

 一緒にいればいるほど、そんな疑問が湧き上がる。


 学校で一緒にいるときはそこまで気にはならなかった。

 顔はイケメンな方だし、運動神経もいい。それに勉強だってそこそこできる。

 そんなしんどー君がモテるタイプというのは大いに分かる。


 でもこんな性格をしてたら、かなりの割合で女子が幻滅すると思うんだけど、そんな噂は聞いたことない。

 確かに自信過剰で頼りない部分が見え隠れしていたことはあったけど……。

 それにしたって酷い。


 もし、彼に恩人の可能性がなかったら、速攻で帰っていたかもしれない。恩人候補補正があってもここまで思うことは中々ない。


 これまで燻っていた違和感が一気に芽吹きだした。そんな感覚だった。


 あの時、助けてくれた『彼』は本当にこんなにも情けない人間だったかな。


 一度疑念を抱けば、気にならずにはいられない。

 もしかしたら、本当に……。

 ううん、でも妹――聖那せいなを助けてくれたんだよね。聖那からの話とも一致してるし……それなら、信じるしかない。


 ちょっと嫌な面が見えたからなんだ。それはあたしが恩人に対する愛情が足りていない証拠だ。

 こんなことでめげてどうする!


 きっと今日は偶々。もしかしたら幼馴染のことが気になって、あたしに集中できていないだけ。もう少し。もう少しだけ様子を見よう。

 彼が本当に恩人なら、そういうところも全て受け入れられるのだから。


「ユキナ、さっさと食べてあいつらを追いかけよう。今なら間に合う」

「しんどー君さ。美月ちゃんのことが気になるのは分かるけど、今あたしと遊びに来てるんだよ? もう少しあたしに集中してほしいんだけど。せっかくだから、もっとしんどー君のこと知りたいし」

「……分かったよ」


 その言葉にホッと息を吐く。

 なんだ。しんどー君もちゃんといえば聞いてくれるじゃん。


「僕のことが知りたいなんて、ユキナはかわいいな。ふふ、仕方ない。じゃあ、そうだな。僕のことをたっぷり教えてあげよう。僕は──」


 そこから長ったらしい自分語りと自慢話が始まった。

 失敗したと思った。







「――なんだよ。すごいだろ?」

「うん……ソウダネ。そろそろカフェでない?」

「うん? ああ、そうしようか」


 どうしよう。ほとんど聞いてなかった。

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