宇宙≪ソラ≫に咲くイクラドン

狼二世

宙≪ソラ≫に咲くイクラドン

 白い化物だった。

 化け物としか形容出来ない存在であった。


 人類が宇宙に飛び出して数千年、幾多の文明と接触を繰り返した先に発見した生命体。

 見てくれは真白の魚。星の海を文字通り泳ぐように移動していたソレを発見した時、第一接触者は歓喜した――


 ――そして、恐怖に染まるまで時間はかからなかった――


 星を超える巨体を持った『ソレ』は身体の一部を開くと、文字通り『捕食』を始めたのだった。


 最初は宇宙に存在するゴミを――

 次に、観測していた人間を――

 そして、観測者が最期に通信を送った、水と空気に包まれた青い星を――


 その白い化物が人類を含む全生命体にとって敵として認識されるまで、時間はかからなかった。


◆◆◆


 ――地球近海、外宇宙観測所――

 観測室のモニターに映し出された映像は、白い巨体が青い星を飲み込む瞬間。

 光が届くのは数年先、遥か遠くの宇宙から亜空間通信によってもたらされた映像は、星が終わる瞬間であった。


「クソが! また奴に――COMEに星が食われた」


 白衣の男が苛立ちを吐き出し、机を叩く。


「落ち着いてください、クーラ!! イ=クーラ=ドン!!」

「落ち着いてられるかハルマ=ゲー=ドン! これで奴に食われた星は百を数えた!」


 COME――CrisisOfMeteorEater

 星を食らう化け物に付けられた名は、その白い巨体ととともに恐怖の象徴であった。

 その脅威は地球にも伝わっており、専用の観測ならびに対策チームが組織されている。


 『イ=クーラ=ドン』はそのリーダーであった。

 生まれて間もなく生まれた星をCOMEに食われ、地球へと亡命。

 白き化け物を倒すことだけを夢見て努力を重ねた。

 成人後、若くして彼は対策チームの一員となった。


「生命の発生した大気と水の存在する星を狙う――この広大な宇宙で有機生命体の生存に適した星は僅かだと言うのに、奴はそれを食らいつくす!」


 COMEは水と空気のある星を狙って食らう。

 その対象は宇宙広しといえど、多くはない。

 地球まで到達するのに、そう時間はかからないと言うのが彼らの見立てだった。


「早くしなければ……奴がこの地球に到達する日は、遠くない」


 その言葉を口にしたところで、何も変わらない。

 強く、強く握りしめた拳から血が流れていた。


◆◆◆


 幾度目かの、まったく成果の出ない会議が終わった。

 疲れ切った顔で退室する職員たちを見送り、クーラは椅子に深くもたれかかる。自然と、今日何度目かの溜息をもらした。


 COMEは着実に地球に近づいていた。だが、対策は何もできていない。

 残された時間は少ないと理解していたが、何も手を打つことは出来なかった。


 外部からの攻撃でどうにかなるのなら、既に終わっていた。

 当時勃発していた星間戦争で使われていた兵器は全て試された。結果は無傷。

 皮肉にも、その脅威を目の当たりにして銀河の生命体は団結することになるのだが――

 

「一つ、気になったのですが」


 ふと、会議室に残った職員が声をかけた。


「どうした、リザー=ドン」

「これは旧友のラ=ドンの疑問なのですが、何故COMEは青い星ばかりを食らうのでしょうか」


 ――今更そんな質問か。そんな八つ当たりの言葉が出かかった。


「おそらくは、水を求めているんだ」

「水、ですか」

「氷で出来た彗星を捕食していたのが観測されたらな。だから、【Meteor Eater】なんだ。


 COMEもまた、生命ではないか、という仮説の元となった現象である。


「水は大切だ。あいつも生命体であるのなら、体組織の維持に必要なんだろう」


 そこで、クーラは一つ気が付いた。


「待てよ……それなら」


 水そのものを、武器にしてしまうのはどうだろうか――


◆◆◆


 ――地球近海、外宇宙観測所――

 白い巨体が、地球へと迫っていた。

 脅威を前に、地球市民の避難が行われているが、進捗率は10%にも満たない。

 

 パニックに陥る地上から遥か先、衛星軌道上の観測基地から宇宙船が飛び立とうとしていた。


 乗組員はただ一人――『イ=クーラ=ドン』だけだった。


「ではな、カベ=ドン。失敗したのなら、俺の名はせいぜいに笑い話にしてくれ」

「そうはなりませんよ、我々は英雄譚の幕開けを目撃しているのですから」


 そういって、彼は仲間たちに見送られて旅立った。

 観測基地の職員たちは、クーラが乗り込んだことを確認すると、宇宙船の前面を氷でコーティングする。

 作業の完了が確認されると、亜光速航行エンジンが起動し、宇宙船は宇宙へと飛び出していった。

 針路は、COME――


 突如出現した氷――水の塊を前にして、COMEは歓喜の咆哮のごとく口を開く。

 まんまと体内に突入した宇宙船は、外部の氷をパージ――


 そして、体内に遺されたものを発見した。


「おお……生きていたのだな」


 それは、蒼い塊。

 COMEに飲み込まれたままの、青い星々。

 何故状態を保っていられたのか、それは分からない。だが、クーラには『待っていた』ように感じられた。


「今から行くぞ」


 クーラは操縦桿を手放すと、手元のスイッチを押す。

 モニターに表示されるカウントダウン。不要だと言ったのだが、残してくれたようだった。


「まったく……自分が死ぬまでの秒数を見て、何を想えと」


 皮肉を言いながらも、残された時間を一秒一秒噛みしめる。


「強がりは言ったが、英雄譚で終わって欲しいものだな」


 そうして、宇宙船は爆発した。

 爆炎の中、空間に赤い粒子が広がっていく。

 それと同時に、船内に残されたいた水分が赤く染まっていく。


 赤い粒子は、COMEに残された星の水と大気に付着し、紅くなっていく。


 ――これは、毒だ――

 ――赤く染まった水は、細胞と結合できずに分離していく――

 ――水が無ければ、生きていけない――


◆◆◆


 クーラの突撃から数時間、効果は観測された。

 COMEの身体の一部がひび割れると、苦しみ、悶え始める。

 ここが宇宙空間でなければ、その絶叫が響き渡っていたことだろう。


 程なくしてCOMEは生命活動を停止する。

 その巨体から赤い塊――かつて星だった存在が溢れ出てくる。


「イクラ丼だな」


 英雄の最期を見送った、ある研究者が呟いた。


「なんですか、それ」

「地球の食い物だ。赤い魚卵の粒を白米の上にかけた料理なんだが、映像を見るか?」


 赤い星の欠片が、白いCOMEの巨体に集まっていく。

 白米の上にかけられた、魚卵のようだった。


「……なるほど、これはそっくりですね」

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宇宙≪ソラ≫に咲くイクラドン 狼二世 @ookaminisei

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