銀河光速道路524号線〜いくら丼を添えて〜

星森あんこ

銀河サービスエリア

 ここは、惑星から惑星へと繋がる……の銀河サービスエリア。惑星間の移動は最低5時間以上はかかるため、各所に休憩ポイントが設けられている。


「地球から海幸星かいこうせいまで……あと7時間か。自動運転とはいえ疲れるな」


 地球人、青野正晴あおのまさはる。銀河名はアオノ。地球以外で過ごす場合、言語の壁があるため銀河共通語で会話し、銀河で通じる名前を使用しなければならない。


 海の幸が豊富でバカンスの星と呼ばれるほど有名な海幸星のパンフレットを眺める。7時間後には1人、バカンスを謳歌して日々の疲れを癒されるのだと自分に言い聞かせていた。


 カニやウニ、タイといった高級食材を惜しみなく使用した料理が目に入る。良いものを見ていると欲しくなるもので、さっきまで感じなかった空腹感が今になって襲ってきた。


「うん、まずは腹ごしらえだ。ここのサービスエリアにも中々美味しそうなものがあるし……海鮮系にするか」


 アオノは湧き出すヨダレを抑えながら、車内で宇宙飛行士のような分厚いアクリルのヘルメットを着用し、専用のスーツに着替えた。ネオンで彩られた浮遊する小惑星の上に建てられた、サービスエリアの中へと入っていく。


「こんにちは。こちら、銀河光速道路524号線。宇宙スーツ等はコインロッカーに、水棲スーツは2階の水中エリアにあるコインロッカーにお願いします。小さな気遣いで楽しいドライブを」


 施設内の放送に従い、アオノは宇宙スーツを脱いで様々なジャンルのレストランを見て歩く。中華や和食とアオノでも馴染み深い料理もある中、エンゲレア料理、ンダベラ料理と聞いたこともない郷土料理もあった。


「気になるけど、アレルギーにでもなったら面倒だから、そこの海鮮でいいか」


 日本人に馴染み深い、赤のれんの海鮮がメインとなった店に入る。店の中はチラホラと客がいる程度で、少し寂しいものだった。アオノは空いていたカウンター席に座り、タッチパネルに映し出されたメニュー表を眺めていた。


「すみませン。コトバむずかしい……アカいたまくだサイ」


 同じカウンター席から、片言なうえになまりも目立つ声が聞こえてきた。声の主が気になったアオノが2つ隣のカウンター席を見やる。そこにいたのは……魚人だった。


(珍しい、肺呼吸できるタイプの魚人───え、でもここは……)


 アオノはメニュー表をバッと見るが、やはり海鮮系ばかり。魚人が海鮮を食べに来ている、その驚愕の事実にアオノは頭を抱えた。


(共食い? 水棲すいせい族は共食いは大丈夫なのか?)


 要らぬ思案が巡る中、頭から下がサイボーグの強面店主が魚人に尋ねる。


「あんちゃん、赤い玉ってのはなんだ?」


「こレ、アカいやつ」


 水かきのついた手で指さしたのはいくら丼だった。アオノは再び魚人の顔を見る。薄緑色の体色に嘴のように尖った鋭利な口。そこから覗くノコギリのような歯。そして特徴的な赤い模様……特殊な黒スーツを着ているが、誰がどう見たって鮭であった。


(鮭の魚人、だよな? 待て、いくらって鮭の子供なんじゃ……いやいや、あの人は魚人。鮭ではない)


 冷や汗を流しながら自分を落ち着かせるアオノだったが、店主との会話で更に冷や汗を流すこととなる。


「いくら丼、ねぇ。あんちゃん、種族を聞いても? アレルギーがあったら大変だからよ」


「しゅゾク? あァ、種族ならサーモンでス」


(んんんんー! やっぱり鮭じゃん!)


「わたシ、天然産、ではナイので……サーモンでス」


(それはどういう意味?? いや、確かに天然か養殖で名前変わるらしいけど! 魚人の言う天然産ってなに!? 闇がすごいんだけど!) 


 魚人の言葉に百面相していたアオノ。そんなアオノの視線に気づいた2人がアオノの方を見やるが、瞬時にアオノは目を逸らす。2人は不思議そうな顔をしたが、特に気に止めなかったのか会話を続ける。


「ほう、なら出身はどこなんだい?」


「うまレは〇☆▶‪✕‬……コトバなおスと、いけす、でス」


(いけす……生簀!? 養殖産だからってこと!? だ、ダメだ。店主さん、その人にいくらはやめてくれ! 事実を知ったら悲しむぞ!)


「ほぉ! なら、いくらより筋子の方が馴染み深いかもな!」


(追い討ちをかけた!? 筋子は卵巣膜で覆われてるやつだよ?? 卵ってだけでもやばいのに、卵巣付きをオススメするなんて……人の心、いや、魚心うおごころってものが無さすぎやしないか?)


 魚人は尖った口を開けて、尻尾……ではなく尾鰭を忙しなく動かしていた。顔は相変わらずなんとも言えない虚無顔のままであった。


「どちラも食べタイ。ハーフハーフで」


「あいよ」


 いくらと筋子のハーフ丼を頼む魚人にドン引きしながらもアオノはメニュー表に目線を戻す。魚人が魚を食うという共食い現象に、空腹感はみるみるうちになくなっていった。アオノは仕方なく、サイドメニューの天ぷらを頼む。


「すみません、グロニエルの天ぷらセットをお願いします」


 グロニエル、それは二足歩行型の哺乳類。野生では毛深い猿だとも言われる生物だが、家畜化すると毛は薄くなり丸々とした子豚のような猿と言われ、味も美味しいため高値で取引されている。


 海鮮の口ではなくなったアオノはグロニエルの甘く柔らかい肉を思い出しながら品が届くのを待っていた。その時、隣にいた魚人からの視線にアオノは気づく。


「ニンゲン、ともグイ……グロニエルは猿、ですヨ?」


「え? あ、いや……あれは種類がちがうと言いますか、家畜化されてますから」


「家畜化!? 天然産は、家畜化サレたらナカマ、おいださレル!? ニンゲン、きびしい」


 盛大なすれ違いにアオノが困っていると、先程までの自分の態度を思い返す。


(魚人とはいえ、本物のサーモンではないし、地球生まれでもない。いくらとあの魚人は異種族同士。僕とグロニエルも異種族同士。先入観はいけないよな)


 多種多様な宇宙人が集まる銀河サービスエリア。彼は意図せず異文化交流を果たしていた。


「いくらドン、おいシー」


 しかし、サーモン顔の魚人がいくらを食べる光景はシュールで、あまり見れてものではないなとアオノは思った。グロニエルの天ぷらを食うアオノを見て、魚人も同じことを考えているに違いない。


 

 ここは銀河光速道路524号線───新たな出会いと楽しいドライブを支える場所です

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