第2話 銀髪美少女に奴(俺)が迫る!

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 ――〈眠りの森〉。



 其処そこ万病まんびょうを治す神霊が住むと言われる名所。



 実際には何もらず、ただ観光用に作られた噂であると、事前にクオンは両親に説明されていた。期待はするなと、暗に釘を刺す意図があったのかも知れない。



 だが姉想いの妹は、噂を信じたかっただろう。クオン以上に強く強く神に願っていたと思う。



 万病を治せるというのなら、魂の障害も治せるのではないか――と。



 5年前の事だ。妹は手を引っ張り、クオンを森に行こうと誘った。観光地なので別に危なくはないだろうから油断もあったかも知れない。



 深く考えず、二人は森の中へ足を踏み入れてしまった。



 数時間経ち、「そろそろ引き返そうか……」とクオンが切り出した時――森の奥から異質で神聖な気配が漂ってきた。




 二人は何も喋らず、魅入られ、足が勝手に動くような感覚に襲われた。深く深く森の奥へ歩く。気配の先に引っ張られるように、ひたすら歩いた。




「グウオオオオ……」



 其処そこに居たのは人に災いをもたらす神霊――禍津神まがつかみだった。全長二メートルほどの狼の様な姿であり、明らかに敵意を剥き出しにしている。



 それを才能溢れる二人は認識できた、見えてしまった。



 だからこそ、興味を持たれた。



 禍津神は類稀な才を持つ二人を気に入ってしまったのだ――食料として。



 二人は必死に逃げた。デコボコな山道を走り、足が疲れてもひたすら走り、ただ逃げ続けた。本来であるなら禍津神相手に子供が二人で逃げるなんて到底不可能。



 だが禍津神は都合の良い事に、何故か手負いの状態。しかも明らかに格下の獲物に対して本気を出すつもりがない。



 運が良ければ助かるかも知れない。



 そう思った矢先、足場が崩れ、クオンだけが斜面を転げ落ちた。



 嫌な予感がした。痛みで動けなくて、息が切れて、声も出なかった。



 こんな時、姉想いの妹ならきっと禍津神を引き付けて、自分だけ死のうとする。それだけは絶対に駄目だと、クオンは無理やり体を起こそうとした。



「――――ッ!」



 目を覚ますと、保健室だった。過去を夢で見るなんてと、疲れた様子で上体を起こして額に手を当てる。



 何故、保健室なのか。そう疑問に持ったがすぐに思い出した、クオンは憑依された倦怠感けんたいかんで自ら保健室に向かったのだ。




 ベッドの隣に設置された時計を見ると、もう昼休憩の時間。よく耳を澄ませば生徒たちの談笑が聞こえる。



「――――失礼します。クオンさんはいますか?」



 カケルの声だった。保健室に担当が不在なのだろう。クオンはハンガーに掛けてある制服の上着を着直し、衣嚢いのうから手鏡を取り出す。



 身だしなみを軽くチェックした後、カーテンを開いて「何か私に用事?」と、咳払いして話し掛けた。



「あ、起きてたのか。どうだ、調子は」



「寝て少し良くなったかも……。でもやっぱり、まだ調子悪い。次の授業には出られそうだけど……」



 そう言って保健室の出入り口に近づくが、眩暈めまいで少しクラっと視界が揺れた。



「ちょ――」



 カケルが急いで近づき、バランスを崩したクオンを受け止めようとした。



 だが「――触らないで」と、呪難はクオンの口調を真似、カケルの胸を手で突く。目は碧眼から桜色に変色しているが、その事にカケルは気づかない。というか、気づけない。




 禍津神の憑依を見抜くには、彼はあまりにも欠けていた、霊的才能が。



「えっと……、その、ごめん……。別に変な事をする気はなくて」



 やましい気持ちなく、本当に心配していただけだった。しかし今気づく、真正面から受け止めたとすれば抱き締める様な体勢になっていたはずだと。



 確かに付き合っている訳でもないのだから、拒否られて当然。そう内省し、カケルは気不味そうに謝罪した。



「――――ッ」



 体の主導権が急に戻り、驚くクオン。「あ、えっと……。その、こっちこそごめんなさい……」と、謝罪を返して彼女は小走りで保健室を出た。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 〈憑依〉は霊の気配を抑制する。最初から気配の薄い神霊であれば、より効果が高く周囲に気づかれにくい。



 恐らく、一流の霊媒師ですら探知自体が不可能だ。



 だから呪難の存在に気づける奴はいない。そう不敵に笑い、屋上で俺は焼きそばパンをかじりながら、街をフェンス越しに眺めている。




「これで……、アイツは……、俺の物……、くっくっく……」



 悪い笑みを堪えられず、小さく独り言が漏れてしまう。そして思わず歓喜のあまり「あっひゃっひゃっひゃ‼」と高笑いした。



「え……。何あの人……。こわ……」



「アイツ、有名なナンパ野郎じゃん……。何笑ってんだろ、きっしょ……」



「さっきから一人でブツブツ言ってるよねぇ……」



「すっごいイケメンなのに残念な感じかぁ~……。勿体ないなぁ……」



 後ろの女子生徒達がごちゃごちゃ言っていたが、ブスの戯言だ。



 ウザイと言う女ほど、普段ウザイ奴なのと同じだ。キモイが口癖の女ほど、どうせ頭が空なキモイ人生を送る。



 そんなゴミ共の言葉に一喜一憂なんてバカバカしい。



 だから俺はブスは気にせず、強者として高笑いを続けた。



「まだ笑ってるよ、あの人……」



「振られ過ぎてスゲェのキメたんじゃねぇの……」



「絶対それだぁ。こわー……」



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「カケル~? なーに、机に突っ伏してんだ?」



 菓子パンを食いながら、茶髪の少年――タイチはカケルを見下ろす。



「俺、クオンに嫌われちゃったかも……」



 顔を横にして、机に頬を当てながらカケルは悲し気な声を出した。



「何かしちまったのか、嫌われる様なこと」



 モグモグと食いながら曖昧な発音で、タイチは喋る。あまり本気で聞いておらず、適当に会話している事を隠そうともしていない。




「フラついたクオンを抱きとめようとしたら、突き飛ばされちゃった……」



 カケルは下手な言い訳をせず、ありのままの状況を説明した。



「…………この痴漢野郎が」



 これにはタイチも食う事を止め、普通にドン引きした様子だった。



「僕も女友達はいますが、ふらついたからって抱きとめてやろうとは思いませんよ。痴漢扱いされたら、それだけで人生詰みますしね……」




 野球部みたいに丸坊な少年――クリタは、タイチと違って身長が低い。おまけにぽっちゃりで顔も並以下。見た目通りモテない奴だ。




「今のご時世は潔癖な女多いからな。気を付けろよ、お前……。女は不快と思った相手を悪人扱いして攻撃し始めるからな? マジで怖いんだからな?」



 最近は女が難癖つけさえすれば、男側が一方的に犯罪者扱いされる女尊男卑な社会だ。タイチは何度も修羅場を潜り抜けてきたので、人一倍警戒心が強い。




 決して隙は見せないぞという覚悟で、しっかりと女遊びしているらしい。



「とりあえず、様子を見ようぜ。機嫌良さそうになったら話し掛けて、軽く謝罪すればいいだろ」



 女の機嫌に振り回されて一喜一憂しても仕方ないだろと、タイチは笑う。



 追随ついずいして「タイミングを見計らいましょう。機嫌が悪い女性は放置に限ります」と訳知り顔でクリタは喋るが、彼はピッカピカな童貞。発言に説得力は欠片もなかった。




 昼休みは終わり、授業が始まる。教室に戻ってきたクオンは眉間に皺を寄せ、仏頂面を続けていた。




 まだ謝罪するタイミングではないだろうと、男子三人は考える。



 授業が終わり、次の授業へ。まだクオンの様子に変化はない。



 そしてあっという間に――放課後。



「駄目だ。話し掛けられなかった」



 ガンッと、机に顔を叩き付けるカケル。



「チキン野郎が」



 呆れた様に紙パックのコーヒー牛乳を飲みながら、タイチは眼下の彼を見る。



「しかたないですよ。今日のクオンさん常に仏頂面でしたもん……。ブチ切れですよアレはきっと……」



 今思い出しても怖すぎると、身震いするクリタ。



「最近は男嫌いが治ったかと思っていたけど、勘違いだったな」



 半年前に話し掛けて、冷たく無視された事をタイチは思い出した。



 いつの間にかカケルとだけ喋る様になって、最近はタイチやクリタとも偶に喋っているのだが、そう簡単に人は変われないのだろう。




 タイチは大きく溜息を吐いて、「まぁ、女は星の数ほどいるさ」とありきたりな言葉で慰める。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




「ソウカ……。ソンナ過去ガ……」



 帰り道。人目を避けて歩く呪難。興味深そうに懐中時計を開くと、視線の先にはクオンの妹――リリの写真が入っていた。




 姉と同じ白髪碧眼で目つきが悪いが、年齢の所為もあるだろうが極端に華奢。巨乳で尻の大きい姉とは全く異なる印象だった。




「私が妹を殺したようなものよ……」



 過去を聞かれたので、気持ちを吐き出すクオン。人相手には言えない暗い気持ちも、神霊相手なら言いやすかった。




「クオン。オ前ハ知ッテイルカ、死者ガ幽霊化スル原因ヲ」



 呪難は面白い事を教えてやろうと思い、先ずは彼女に質問した。



「それは単純に周囲の霊力が原因と聞いたわ。死者の魂が周囲の霊力を大量に取り込む事で幽霊化が起きるって……。何か、違うの?」




 この程度の知識は霊媒師として習う基礎の範疇はんちゅう。クオンとしては、答える事に何ら苦労はなかった。



「殆ド合ッテル。ダケド、ヨリ正確ニ言ウナラ、アマリ霊力ノ量ハ関係ナイ。何方どちらカト言エバ質ノ方ガ重要ダ」




「…………。なるほど。だから霊媒師は死んでも幽霊化しにくいのね……。」



 少し考えて、納得するクオン。流石に優等生だけあって理解力が高い。何となくだが呪難の言いたい事にも察しが付いていた。



 だから淡い期待感を抱き、「……もしかしてリリは――」と切り出した時だ。



「く、クオン……!」



 後ろから声がカケルの声が響く。



「え? ……カケル?」



 思考が途切れ、クオンは後ろを振り返る。



「クオン、ごめん……、保健室で……、変な事しちまって……」



 駆け寄り、深々と頭を下げて謝るカケル。



「…………? 変な事……? 倒れそうだった私を支えようとしてくれた訳よね? 別に変な事とは思わないけど……?」



 大袈裟すぎないかと、首を傾げる。



 別にクオンは何も気にしていなかった。彼女はカケルに好意を抱いている。触れられて嫌なんて感覚はなく、寧ろ自分から触れたいと思っているくらいだ。




「でも、クオンって男が苦手だろ? なのに俺、不用意に触れる所だったから……。ていうか、それで怒ってた訳じゃねぇの? あれ?」




 顔を上げて困惑した様子のカケル。




「…………。別に私……、そんなの気にしてないけど……。ていうか、別に怒ってない。どちらかと言えば、私の言い方冷たくなっちゃって、私の方が感じ悪いと思うし……」




 言いながらクオンが察する、何でカケルがここまで気にしているのか。



 半年前、高校に入学したばかりの彼女に、しつこく言い寄ってきた上級生――ハジメ。彼がクオンの肩に触れた時、助けに入ってくれたのがカケルだ。




 苦手なタイプの男に委縮して、怯えていたクオンの姿を彼は知っている。だから今回の出来事で自分を責めてしまったのだろう、怖がらせてしまったんじゃないかと。




「…………」



 少し口角が上がる。この人は優し過ぎると、クオンは呆れと同時に嬉しくなった。



「でも、なら何で授業中ずっと怒ってたんだ?」



「…………? 別に、怒ってないけど?」



 カケルとクオン、二人は首を傾げる。



「でも仏頂面というか、何か怖い顔してたような……」



 顎に手を当てながら、先程の光景を思い出すカケル。



「…………っ! 何よ、仏頂面って失礼でしょ⁉ 仕方ないじゃない! 私体調が悪いって言ったでしょ⁉ そりゃあ眉間に皺くらい寄るわよ!」




 目つきが悪い事は普段からクオンの気にしている事だ。少し気分悪そうにしていただけで仏頂面扱いされて、恥ずかしさと怒りで薄ら赤面する。




「あ。確かに。言ってたな、まだ体調が悪いって……。そっかー、怒ってた訳じゃないのか……、あはは……。何かすまん」



 ただの勘違いでしたと、平謝りするカケル。



「別に怒る訳ないじゃない……。私、カケル君の事は別に嫌いじゃないもの……」



 聞こえるか聞こえないかぐらいの小声で、照れながら髪を弄り、クオンは顔を真っ赤に染める。



「え? あ、そ、そっか……。ありがと……」



「何、礼を言ってんのよ……! 馬鹿じゃないの……⁉」



 謎にお礼を言われ、反射的に怒って背を向けるクオン。背筋を伸ばして、フンと鼻を鳴らし歩いて行く。




「ははは……。いや、ホント。怒ってない様でよかった……」



 背中を追いながら、全くの杞憂きゆうだったと、カケルは胸を撫で下ろす。



「…………因みに、仏頂面扱いした事は怒ってるから!」



「あ、それは違くて……! 悪い意味じゃないって!」



「仏頂面は悪口でしょ! どう考えても! 悪かったわね! 目つきが悪くて! 生まれつきなの! 仕方ないでしょ!」



「ちょっと、クオン! 話を聞いて――」



 背を向けて目を合わせず怒るクオンと、必死に弁明しようとするカケル。





「何か、一瞬で夫婦漫才めおとまんざい始めたぞ」


「お似合いですよねぇホント。いいなぁ」



 陰ながらカケルを心配していたタイチとクリタ。



 もう尾行はお終いだと物陰から姿を現し、「暇だしファミレスで喋ろうぜ」とタイチはカケル達とは別方向に歩き始める。



「羨ましいですよね、あーいう王道な青春……。先ずは僕は、こ、こ、こ、告白の練習から始めないと……!」



 クリタは緊張で声を震わせ、拳を固めて意を決する。



初心うぶすぎだろ。俺みたいな大人は出会い系一択だぜ?」



 折り畳みの携帯を見せつけ、タイチはニヤリと笑う。その画面に表示されているのは数々の女のエッチな画像だった。



「さ、流石ですね! やはり出会い系こそ童貞卒業の近道ですよね!」



「まぁ近道ではあるな! 碌な女いねぇけど!」



「構いませんとも! エッチができれば満足ですから!」



「良く言った! それでこそ男だ!」



 そんな馬鹿話をしつつ、クリタとタイチは近場のファミレスに入っていく。彼らは彼らで楽しい青春を謳歌しているらしい。





 ――コンビニ前の駐車場。



「お詫びでございます、姫。わりと高いアイスを献上けんじょうします」



 再び頭を下げるカケルは、片手でアイスの入った袋を差し出す。



「…………っ。しょうがない! 許してやるか!」



 クオンは仏頂面だったが、吹き出す様に笑って袋を受け取る。その様子を見てカケルも安堵した様に苦笑した。




「全く、変な人よね、貴方って……」



 やっぱりこの人が好きだと、クオンはギュッと制服を握る。



 男嫌いな自分に近づき過ぎず、距離を置き過ぎず、常に適切な距離感で接してくれる。その上で不器用なほど優しくて、乱暴な男からも守ってくれる。




 クオンにとって、カケルは理想的な異性だった。



「……カケル君は、彼女が欲しい?」



 分かり切った質問。聞かなくても分かる。そろそろ自分から告白しようと、クオンは考えていた。それどころか、子供の名前を最近は考え始めた。




 自覚はないが、彼女は途轍とてつもなく重たい女だ。告白すらしていないのにも関わらず、当然の様にカケルの子を産もうとしている。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 夕暮れで橙色だいだいいろに染まる空と、秋の涼しい風。カラスの鳴き声が、今日は何か不吉を予兆する何かに感じる。



 涼しい時期にアイスを食べたのもあるだろうが、何か胃がキリキリする様な不安が込み上げていた。




「…………」



 カケルと駅で別れた後、クオンは呪難に体を操られた。そして辿り着いた先は知らないマンション前。



「ここは……」



 独り言ではあるが、質問でもあった。何で呪難は此処に自分を連れて来たのか、答えて欲しかったのだ。



「――――あれ? こんな所で何してんの? クオンちゃん」



 白に近い茶髪に、金のピアスがよく似合う男――ハジメがいた。「久しぶりだね」と笑いながら視線を、クオンの大きな胸に向ける。




 女を性欲処理の道具としか思って無さそうな、ねっとりとした視線を受け、彼女は嫌悪感が急激につ。




「…………っ!」




 ハジメはクオンにとって苦手な相手だった。



 学園でも有名なチャラい先輩である。白っぽい茶髪とピアスが良く似合うイケメンで、一部の女子から凄くモテるらしいが、クオンにとってはタイプではない。



 彼女の好みは、カケルの様な普通で誠実な男子だ。



 顔が良い事は決してプラス要素にはならない。それに軽薄で女好きな人は不快感が強くて、今まで一番避けていたタイプである。




 できれば関わりたくない相手。それなのに――。




「先輩……。えっと……。その……、言いにくいんだけど……。エッチの練習に付き合ってくれない……?」




 呪難が勝手に話し始めた。




―――――――――――――

〈あとがき〉


「続きが気になる!」


 と思ってくれた人は【★】してくれると嬉しいです!


 モチベが上がります!!







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