サイゴのヒトリ

茶々茶

プロローグ

 「遙那はるなが、遙那が、」波の音が聞こえるすぐ近くで、とある別荘の前で女性が声を張り上げている。いや、もう別荘ではない。ただ燃えている1つの家だ。轟音をあげて燃え、時々爆発音がする。どうやらガソリンが撒かれているようだ。女性は燃え盛る建物の中に入ろうとしたが、そばにいる男性は腕を廻し引き止めた。

「も、もう、お…」何か言おうとしたが耐えきれず涙を流した。炎が一段と大きく上がり夜空をあかく照らした。遠くからサイレンの音が近づいてきた。焔の中で影が踊り狂っている。まだ誰か中にいるらしい。次第に動きは早く、速く、捷くなっていた。そして影は動きを止めたかと思うと突然倒れた。

バキバキと音を立てて建物が崩れていく。女性の絶叫が一段と大きくなった。あたりに響くのは燃える音と静かな嗚咽だけであった。

その、静かな空間に突然声が響いてきた。

「ハハッハッハハハッハハハハハハッハハハアハハハハハハハハッハハハッハハハハッハハハハハッハハハハハッハハハハハハッハハハハハッハハハハハッハハハハハハハッハハ─」

それはずっと、ずっと燃えている間ほのおの中から響いていた。誰もその笑いの意味がわからなかった。理解できなかった。周囲の人々も、親も何が起こっているのかわからなかった。なぜだろう?目の前で家が燃えているのに、娘が死んだのに、そんな場面では無いのに、なぜか。一段と発狂笑い声が大きくなった。それはもう焔の中からではなく、周囲の人からであった。周りが笑い始め、親も笑い始め周囲が笑いに包まれた。誰も自分が笑っていると自覚していない。他が笑っていることにも気づけない。

フラフラと皆が歩む。まるで光に寄せられる虫のように、一歩一歩。そして全員がほのおに包まれると笑いが止まり、辺りを静寂が支配したように思われた。


その静かな空間を何かが崩れる音がする。建物が倒壊するような音ではなく、サラサラと砂のようなものが風に吹かれているような音だった。やがてその音は止まり、その場で音を発する物は消えていった。

     ♢*♢*♢*♢*♢*♢*♢*♢*♢

『完全に火が消し止められたのは消防隊が到着して5時間も経った後であった。周囲にガソリンが撒かれていたことが主な原因らしい。側にいた人によると娘がまだ建物の中に残っていたらしいが遺体らしきものは見つからなかった。火が燃えている間ずっとわらっていたことから警察は精神的ショックを受けたとみて保護していたが、警察署から脱走したらしく、警察は情報提供を求めている。』


「ねぇ芽依めい、このニュース不気味じゃない?」神奈かなが聞いた。

「ムフ〜、面白そうでしょ〜」

「いや、面白そうとかじゃなくて…皐月さつきもなんか言ってよ」

「ん〜?なにが〜?」

「え?気づかない?だって遺体らしきものが無いってことは誰も見つからなかったってことでしょ?じゃあさ、この人とかこの人の子供ってどこに行ったの?」

「このニュース、20年以上前のやつでしょ?だったら当時の技術じゃ見つからなかったってことなんじゃない?」

「ってゆーかよく見つけてきたね、それ」

「あ、そうか」

皐月の論理すぎる回答に納得

たとえ当時の技術が不正確でも骨が残らないぐらい燃えることは殆ど不可能だと気づくべきだった。なぜ気づかなかったのだろう。普通なら気づくはずだった。いや、気づくべきだった。そのことに気がつくのはこの先一度も無かった。

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サイゴのヒトリ 茶々茶 @mikazuki_hibi

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