魔法少女らいふるちゃん

めぐすり@『ひきブイ』第2巻発売決定

魔法少女らいふるちゃん

 マジカルライフルのスコープを覗き込む。

 意識から音が消える。

 この瞬間をらいふるちゃんは愛していた。

 視界に映るのは十キロメートル先の多くの人が行き交う繁華街。

 その大通りの交差点で次元の歪みが発生しようとしている。

 周囲を歩く人の波はまだ自分たちに迫る脅威に気づいていない。


『ディメンション・コンフリクト』


 五年前にこの世界は異世界と衝突して重なり合ってしまった。

 人間の存在する人間界。

 悪魔の巣食う妖魔界。

 妖精達が棲まう妖精界。

 世界の衝突は大規模な次元振動は各地で大災害を起こし、多くの死者は出したが本当の危機はその後に訪れたのである。


 無邪気に無遠慮に気まぐれに人間を殺して回る災厄の出現。

 妖精のクソどもである。

 ディメンション・コンフリクトも妖精どもが悪戯に引き起こしたのは言うまでもない。

 

 なすすべなく妖精に蹂躙される運命だった人類は、妖魔界に住む悪魔と契約して魔法の力を手に入れた。

 魔法少女の誕生だ。

 残念ながら少女にしか魔法適性がなかったので他に選択肢はない。

 こうして人類の存亡をかけた魔法少女と妖精の仁義なき戦いが始まった。


 スコープの先の交差点で空間に亀裂が入った。

 さすがに人々も災厄の存在に気づき始める。

 歩行者のパニックも起こるが、問題なのは行き交う車だ。

 早く処理しなければ交通事故が多発するだろう。

 らいふるちゃんと同じように異変に気づいていた魔法少女が現場に駆けつけようとしている。

 見覚えのあるクラスメートの三人組だ。


 けれど空間の亀裂の規模が割と大きい。

 出てくる妖精が強そうだ。

 新人三人だけで荷が重い相手だろう。

 せめて経験豊富なベテラン魔法少女二十人は欲しい。

 このままでは時間稼ぎもできずに殺されてしまう可能性が高かった。


 らいふるちゃんは都内にある高層ビルのヘリポートでプロウンポジションを決めていた。

 そして自身の契約悪魔と会話を始める。

 会話の内容に意味はない。

 ただ狙撃前にリラックスするためのルーティーンだ。


 契約悪魔は胸元がはだけた綺羅びやかなスーツを決めたナンバーワンホスト風のイケメン悪魔だ。

 夜の街ならばともかく、真昼間の高層ビルのヘリポートにいていい風体ではない。

 ちゃんと寝なさいよ……夜仕事あるでしょ。

 と何度か言っている。

 あと電子タバコ吸うな、匂いが甘ったるい。

 と何度も言っている。


「ねぇルシファー。どうして私って儚いんだろうね」


「いやお前ほど図太い人間も少ないだろ」


「そんなことないよ。影薄いし、無理して地雷系ファッションしても誰にも気付かれないし、クラスメートと同じバイトしているのに声かけられない。教室では少し話してもらえるけど」


「あ〜影は不自然なほど薄いかもな。見てくれはいいのに」


「自動ドアは開かないし、電子マネーは読み込まれないし、たまに指紋認証も顔認証も反応しないし。エラーじゃないの。反応しないの。鏡にもたまに無視される。悲しくない?」


「いい加減除霊に行けよ!? それはもう魔法を使う悪魔もビックリの超常現象の類だから! 高位の悪魔の俺にも感知できない呪いってなんだよ!? クソッ!」


 除霊ならすでに何回か行った。

 それでも今の状況なのだ。


「神社なら三つ出禁になったよ。慣れているからいいんだけどね」


「俺がよくないんだよ!? というかこの世界の神様拒否んなよ! うちの娘ちゃんと面倒みろよ!」


「大丈夫だよ。私にはルシファーいるし」


「そうだな。お前はこの俺様の大事な契約魔法少女だ!」


 いつものようにルシファーと軽妙なトークをする。

 ホストクラブ通いする女子の気持ちが少しわかってきた今日この頃。

 スコープの先で空間の亀裂が剥がれて、巨大な妖精が出現しようとしていた。


「最悪。ちょっとめんどい」


「あーこりゃあ俺の相棒が普通なら十万人は死んでたな」


 醜悪な鬼の姿で三本角。

 顔がデカくて手足が細長い。

 色は黒。

 防御力が高い耐久型。

 広域に無差別の破壊を振りまく災害タイプ。

 最上位色だ。


 らいふるちゃん牽制用のクイック弾頭と、防御破壊のシールド弾頭、そして粉砕用のヘヴィ弾頭を用意する。

 雑魚なら純粋な魔法のクイック弾頭のヘッドショットで一発なのに、黒はクイック弾頭では貫けない。

 シールド弾頭とヘヴィ弾頭は質量を持つので、風とコリオリの力を計算しないといけないので、頭フル回転で疲れてしまう。


 繁華街ではクラスメートの三人が綺羅びやかな魔法少女に変身していた。

 戦う気満々だけど、相手の出方を伺う構えを見せていて危うい。

 出現した妖精のタイプがわかっていない。

 こんなの一瞬で判断しなきゃいけないのに。

 人間界に現出した途端に、初手で広域に破壊を振りまくタイプだよそいつは。


 早く処理しなきゃあの三人が殺られちゃう。

 意識を集中する。

 けれど気負わない。


「そういえば魔法少女って普通はあんなキュートでコケティッシュな感じだよね」


「認識阻害かかるからな。本人達の気合いが入る服装だろ」


「どうして私は都市型迷彩なんだろ。今もビル迷彩の灰色ギリースーツにシートだし。気合いは入るけど」


「本当になんなのお前。見た目はいいんだからもっとリリカルマジカルしろよ」


「街中で変身したら学校の制服っぽい黒染めだよね。認識阻害がかかって誰にも気付かれないから、どこだろうと服装はあまり関係ないんだけどね」


「黒染めのお嬢様ミッションスクール風の衣装は完全に俺の趣味だ。あとお前には認識阻害かけたことねーよ。不要だろ。……認識阻害が不要ってなんだよ!?」


「私に言われても。……というか認識阻害かかってなかったんだ。ちょっとショック」


 引き金を引いた。

 現出しようとした妖精が叫ぼうとしたから。

 音波による広域先制攻撃。

 まともに食らえば魔法少女の三人は身動き取れなくなるし、周りの人はミンチになる。

 周辺の建物は跡形もなく倒壊しただろう。


 クイック弾頭は妖精の三本角手前で防御結界に弾かれる。

 これでいい。

 攻撃に使用しようとしていた魔力を防御結界に回してくれたのだ。

 来る破壊を遅らせるための牽制は成功だ。

 あと防御結界のタイプも分析できた。

 ハニカム構造の強固な一枚結界。

 上位結界の類だが、身体が動かしやすく機動力重視のタイプだ。

 よほど自分の身体自体の硬さにも自信があるのだろう。

 動きを阻害して、鈍重になる多重構造型ではない。


 用意していたシールド弾頭を貫通力重視の尖頭型から、破壊力重視のホローポイント型に変更。

 内部の機構をスピニングニードル散弾に切り替える。

 そして息を吐いて風を読んだ。


 引き金を引く。

 シールド弾頭はクイック弾頭とまったく同じ軌道を描いて、妖精の防御結界を粉砕する。

 中から飛び出したスピニングニードルが回転を伴い、妖精の顔面に散らばって皮膚に食い込んだ。

 そして内側から爆散していく。


 ――ギャァァァァアォーーッ!


 黒の妖精が悲鳴をあげて仰け反った。

 照準修正。

 ライフルちゃんは三回目の引き金を引く。

 ヘヴィ弾頭の強いリコイルでストックがらいふるちゃんの肩に食い込んだ。


 防御結界は破壊済み。

 黒の妖精自慢の鎧のような硬い皮膚はスピニングニードルに抉られて、内部から破壊されていた。

 ヘヴィ弾頭はあっさりと妖精の顔を粉砕する。

 再生はない。

 四肢は力を失い、だらりとしている。


 まるで狩りのようなわずか数秒の死闘。

 駆けつけた魔法少女三人もなにが起こったのかわからない。

 困惑したあと、周囲のビルの屋上に視線を送った。


 たった銃声三発の存在証明。

 魔法少女の間で語られる都市伝説。

 らいふるちゃんを探しているようだ。

 残念ながら十キロ離れているし、その位置からは角度的にこちらは見えない。

 でもいい加減に気づいて。

 普段から顔合わせているクラスメートだから。


「終わったな。ん? どうしたんだ次弾装填して」


「…………」


 らいふるちゃんは無言で装填していた。

 警戒を解かない。

 解けない。

 こういうときは本能が警告する危機感に従う方がいい。


 次の弾丸はとっておき時空間消滅弾頭。

 周辺への影響も大きく、使い所を気をつけないと他の魔法少女まで巻き込んでしまう危険な弾頭だ。

 たぶん他に選択肢はない。

 中途半端な対応はたぶん多くの人を見殺しにするから。


 妖精を殺したのに空間の亀裂が修復されてない。

 背筋のゾワリとする感覚が収まらない。

 黒の妖精のくせに動きが鈍くて弱すぎる。

 らいふるちゃんはシールド破壊弾頭を発射した直後に、この十キロ先までカウンターされることも想定していた。


 息を整える。

 今度も外さない。

 騙し討ちを騙し撃ちで迎え撃つ。


「ねえルシファー。妖精は黒が最上位だったよね。その上はあるの?」


「存在しないと言いたいが、有名どころでオベロンやティターニアがいるな。正確には色が決まっていない固有の進化個体だ。通称は白。黒は軍の対応が必要。白は……世界が滅ぶ」


 ルシファーの言葉にらいふるちゃんは笑った。

 ひと安心だ


「ふーん、じゃあ白じゃないや。黒よりは強いけど、私一人で対応できる程度の力しかないし」


「ちょっと待て!? 基準がお前だと参考にならん!? 本当にいるのか!? オレですらなにも感知できないぞ!」


「ルシファーはにぶちんだから。タイプは私と似ているね。隠密特化型。力は黒の三十倍程度。けれど感知能力は私より下。こっちを必死に探しているのに、まだ私の居場所どころか距離も把握できていない。……ルシファー気配と姿を完全に消して。敵の感知が来るから」


「ああ――なん……だこれ?」


 敵の感知を受けてルシファーも気づいたようだ。

 今この辺りの空間をなにかが通り抜けた。

 視線でも音でも魔力感知でもない。

 けれど通称白のソナーセンサーに該当するなにかが通り抜けていった。

 探知の精度はともかく、範囲でいえば東京全土を網羅するだろう。

 一撃による破壊範囲も同様に広い。

 世界はともかくとして国程度ならば余裕で滅ぼせる力はありそうだ。


「ああ……本当に面倒くさい。妨害系の能力も持ってる」


 らいふるちゃんは周辺空気の質の変化を感知した。

 あの一瞬で対魔チャフも撒かれていた。

 こちらからの遠距離攻撃は一方的に阻害して、自分の攻撃だけを一方的に通せるように空間が捻じ曲げられている。

 妖精の癖に慎重で芸が細かい。


「おい! 逃げるぞ!」


「どうして?」


「どうしてってお前! 相手は白だ! 戦っていい相手じゃない!」


「あの程度が?」


「あの……程度って」


「ちゃんとこの世界に現出して完全体になったら、倒せるかわからない。でもまだ黒の死体の中。妖精界に身体の半分置いている。まだちゃんと成りきれていない今ならば倒せるよ。猶予は一秒あるかないかだけど」


「……それは不可能っていうんじゃないのか?」


「知らないの? 不可能を可能にするのが魔法少女なんだよ。私から話しかけたのにごめん。少し黙って集中する。あと無理もするから私の身体よろしく」


 チャフの中の軌道修正は完了した。

 かなりねじ曲がっている。

 直線距離にして十キロメートル程度だったのに、弧を描くよう迂回させないと弾丸は届きそうにない。

 でも当てるのは問題ない。

 込めれるだけ魔力を弾頭に込めたから破壊力も申し分ない。


 でも時間が問題だ。

 白が現出し始めてから撃ったのでは、距離が遠すぎて弾丸が届く前に完全体への進化を完了させてしまう。

 まだクラスメートの三人の魔法少女は、黒の死体の中にもう一体潜んでいることさえ気づいていない。

 もう少し離れてほしい。

 交差点の中はすでに死地だ。

 弾丸が発射されて、敵に届くより前に殺される。


 らいふるちゃんはマジカルライフルのスコープを覗き込む。

 意識が時間を超越する。

 放った弾丸が当たる未来しか見えない。

 しかしいつどこで当てるか、惨劇の未来が無数に枝分かれしていく。


「これは同じ時間軸上で対応していたら無理だ。未来から過去を殺さないと間に合わない」


「未来から過去? お前……ホントになに見えてんの?」


 時空間消滅弾頭に跳躍の魔法をかけて破滅の時を待つ。

 チャンスはそのときしかないから。


 クラスメート三人がらいふるちゃんを探すためにに近くのビルの屋上に飛び上がってくれた。

 これで巻き込まない。

 白の妖精が完全体となるためにこの世界への現出を始める。


 どくん、という世界の鼓動が聞こえた。

 悲鳴かもしれない。

 三人の魔法少女が白の妖精の存在に気付いて、交差点の中心を振り向いた。

 もう手遅れだ。

 例え備えていても、なにも対抗できなかったと思うけど。


 黒の妖精の死骸から産まれた四本羽の白の妖精は美しくも少し虫っぽい。

 現出と同時にこの世界に固定される。

 完全体になってしまった。

 白は致命的な破界力を伴う産声をあげ始める。


 周囲一キロ消失。

 クラスメート三人は死んだ。

 まだちゃんと話したことないのに。


 周囲三キロ消失。

 世界がドーム状に白く染まっていく。


 周囲五キロ消失。

 破壊の波が迫ってきてルシファーの表情が引きつった。

 安心しなよ大丈夫だから。

 一度は死ぬけど。


 周囲八キロ消失。

 次元の崩壊に伴う因果律の狂いを観測。

 らいふるちゃんはそれを利用して、過去への弾道を確保。

 引き金を引いた。


 周囲十キロ消失。

 らいふるちゃんとルシファー死亡。


 周囲百キロ消失。

 東京壊滅を確認。

 らいふるちゃんの弾丸が時空間を超越して、白の妖精の羽化直後、完全体になり産声をあげる前に着弾。

 白の妖精を滅ぼすことに成功。


 時間遡及による災厄の発生源が消失。

 滅びの時間軸にあった世界が崩壊して消滅して、災厄の発生する前に白の妖精が殺された因果が収束する。

 消滅した未来からの弾丸という因果のタイムパラドックスは、白の妖精の死という結果だけを残して存在しなくなる。


 三人の魔法少女がビルの屋上から交差点を振り向いた。

 交差点の中心では見覚えのない圧倒的な力を持った白い妖精の額の穴が空いている。

 全身から溢れ出した冷や汗。

 死の記憶と体験が確かな記憶として存在しているのに。


 白の妖精に内部から時空間崩壊が発生して、交差点を球体状の黒い渦が飲み込んでいく。

 あとにはなにも残らなかった。

 ただ交差点に巨大な穴だけが空いている。

 なにが起こったのか理解できない。

 まだ生きている実感だけはあって、三人はその場でへたり込んだ。


「なにが……起こったの?」


 それを正しく把握しているのはらいふるちゃんしかいない。

 白の妖精さえ自分がどのように殺されたか把握できずに狙撃されたのだから。


 十キロ離れた先の高層ビルの屋上で、ルシファーが自分の契約魔法少女を抱きかかえる。

 お姫様抱っこだ。

 魔力を使い果たして、意識を失い、四肢に力はなく、だらんとしている。

 変身も解けてしまっているので、ただの人間の少女だ。

 悪魔ルシファーの瞳にもそうとしか映らない。

 顔を覗き込む視線は優しく、抱きかかえる手はどこまでも愛おしげではあった。


「お疲れ様……また無茶しやがって。あまり心配かけさせるなよバカ」


 高層ビルの屋上は風が強くて少し冷える。

 目立たないように認識阻害をかけてルシファーはビルから飛び降りた。


「白を一人で撃破か。俺は一体なにと契約しているんだろうな」


 漏れ出た言葉は聞く人がいれば首を傾げただろう。

 悪魔と魔法少女だ。

 悪魔と契約して力を得ただけの存在である魔法少女が発した言葉ならば意味が通るが、悪魔が発する言葉ではない。

 これではまるで契約した少女の方が得体のしれないなにかであるみたいではないか。


 魔法少女らいふるちゃん。

 武器はマジカルライフル。

 身体能力は上げられているが、契約悪魔ルシファーが与えた魔法の特性は『弾丸生成』と『破壊力』のみ。


 隠密性は自前である。

 狙撃能力も自前である。

 感知能力も自前である。

 状況分析能力も自前である。

 未来視も自前である。

 崩壊した空間から時間を遡及する弾道を見出す力も自前である。

 悪魔ルシファーもできないので与えられるはずがない。

 なお本人は無自覚である。

 こうして世界の脅威は去り、魔法少女らいふるちゃんは日常に戻っていく。


 魔法少女戦線異状なし。

 今日も世界は守られた。

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