思い出す人
@erito2_718
Aについて
少し文章を書いてみたくなったのと、彼女のことを夢に見たのでこんなものを書いている。
彼女というのは、私の小、中学生時代の同級生の子である。名をAさんとする。以後敬称略。
Aと私との間柄について、「同級生」以上に特筆すべきことはない。人間関係について軽薄な人間であれば、「友達」と言うものもあろうが、私がAについて知っていることなど無いに等しいのだ。学校以外で顔を合わせたことはほとんどない。住むところも知らなければ、家庭環境も知らない。そんなAのことに、しかし度々思い馳せることがある。
Aはとても大人びていたと思う。それは子どもが思う大人なのではなく、大人が認める大人なのである。Aが大人を感じさせるのは、その行動や思想ではなく、精神によってであった。蚊も恨まぬような穏やかな人であった。すでに世の雑々を経験し、他者や世界に折り合いをつけているような、そんな印象を与える人であった。静かに学校生活を送っており、目立つようなことは皆無であった。今Aについて書こうとしている私でさえ、Aとの記憶はわずかなものしかない。
小学三年生のことだったと思う。誰から始まったか、クラスでモールが流行った。女子だけではなく男子もモールを集めて見せ合い、交換したり贈ったりしていた。クラスの大多数が自分のモールを持っている中、私はモールを持っておらず、それが面白くなかった。ぬらりと会話に交じり、自分も流行の一員であるというような態度をとっていた。
Aもモールを持っていた。Aの席に私と何人かが集まり、Aが持っているモールについて話をした。そしてAが私に二三本モールをくれた。きっと私が「くれ」とでも乞うたのだろう。その中で覚えているのは、青色と灰色がサインポールのように、螺旋状に縞になっているモールである。何かの毛じみた素材が用いられており、触るとふわふわとしていたのを覚えている。今はもう手元にはないはずだ。収集物であったため、使用したはずはない。きっとただ捨てたのだろう。
モールはAと私とを繋ぐ唯一と言っていい物だった。それを捨てたということの意味を、今更ながら考えるのである。人との繋がりを軽んじた罪悪感がある。小さな青春の取り返せぬという虚しさがある。優しさか、或いは憐れみかはわからないが、それに報わなかったという自責がある。漫然としたうら寂しさがある。Aはいい人だったと思う。
折り紙を分けてくれたのもAだったような気がする。モールと同じように、変わり種の折り紙が流行ったことがあった。メタリックな赤に煌めく折り紙だったり、雅な柄のある折り紙(千代紙というやつなのかもしれない)だったり、両面に色が入っている折り紙だったりをAは持っていた。どんなものかも忘れたが、Aはこれも私に譲ってくれたような記憶がある。やはりもう手元にはない。どうしたかも覚えていない。何か折ってそれを捨てたか、そのまま捨てたか。あるいは、母に渡したかもしれない。そうであってくれると嬉しい。他の紙切れと同様に、ただ捨てたということは一番あってほしくない。しかし、当時の私が「縁」というものの貴さを理解していたとは思えないのだ。自分で買った折り紙と、Aがくれた折り紙とを同一視していたかもしれない。つくづく自分は未熟だと思うと同時に、またAはいい人だったと思う。
Aがモールを持っていたのは、今思えば意外だった。キラキラしたカラフルなモールは、落ち着いた、大らかな空気を持つAとは対照的であるように感じた。しかし、モールの先にあるものを考えると合点がいくのだった。例えば、なにか贈り物をする。その時に口をモールで縛る。相手の個性や好みを考慮して、モールを選ぶために持っていたのだとしたら、とてもAらしく思えてくるのである。
反対に、折り紙というのはとてもAらしくてしっくりきた。
Aが折り紙を折っているところは記憶にないが、もし折るのであれば何を折っただろう。鶴はきっと折っただろう。黙々と鶴ばかり折って、千羽鶴でも作っていたかもしれない。折り紙で作った、金平糖のような「くす玉」を別の子がくれたことがあったが、そういったものもきっと作っただろう。折り紙の折り方本があれば、頭のページから一個々々折っていたかもしれない。
今朝の夢の中で、私は大学生であった。ただでさえやる気のない生徒だのに、講義に必要な教本を忘れ、それが意地の悪い教授に見つかった。詰られそうになり心底辟易していると、突然私の机の上には教本があった。それを示して面倒を逃れると、その教本にはAの名前が書いてあった。横にいたAに礼を言い教本を返した。その時のAの目を見て、この人は私のことが好きなのかもしれないと思った。(私は自分のことを、全ての女性、延いては人間から愛されている存在だと思っているので、この一文にきっと深い意味はない)
Aの名前をインターネットで検索してみた。どこかの大学で優秀な論文を書いて表彰されているかもしれなかった。研究者として成果を残しているかもしれなかった。どこかの図書館の司書として名前が載っているかもしれなかった。教員になっているかもしれなかったし、何かの慈善団体の一員、或いは代表になっているかもしれなかった。しかし、それらしい人は全く出てこなかった。そのことが私を不安にさせるとともに、後ろめたさも押し寄せてきた。それは名前を検索したことだけではなく、私が、私の中でAという人間を決定していることもそうであった。
私が度々Aに思いを馳せるのは、心配からではないだろう。興味からでもなければ、ましてや恋という代物でもないだろう。私は、Aみたいな人こそ、どこかで静かに幸せに暮らしていてほしいと思っているのだ。Aのような人が幸せになれなくて、いったい誰が幸せになり得るだろう。世界というものが、また、運命というものがそのようにあってほしいという期待や願望を、私はAに託しているのかもしれない。
思い出す人 @erito2_718
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