第2話 光の戦士トキと、闇の魔道師ハル

 頭の中を金属の堅い棒でかき回されたような、ひどい頭痛と吐き気で僕は目覚めた。

 両手で頭を抑えて、うう……、と低く唸る。


 ゆっくり目を開けると、そこは森の中だった。

 何故だか僕は、巨木にもたれかかって立っている。

 頭がガンガン鳴っていた。


「来るぞっ!」


 誰かが緊迫した声で叫んだ。


 来る? 来るって何が?


 朦朧とした思考回路が、のろのろと回転する。


 ずずーん。


 大地を揺るがす振動で、森全体が震えた。


「散れっ!」


 命令一下、左右で、シュン! と人影が跳ねた。まるで忍者のような身のこなしである。


 などと、惚けて観察をしている場合ではなかった。


「きゃぁ! ジジっ!」


 少女の絶叫で、僕はハッとした。

 時治ときはるをジジと呼ばれるのは、小学生以来だ。


 ずずーん。


 再び、大地が揺れる。

 見ると、前方に密集して生える太い木々が、その見事な枝をきしませながら左右に押し開かれてゆく。

 めりめりと木の根が地面から持ち上がり、めくれあがった大地が、がばっと陰惨な口を開いた。


 恐怖が背筋を凍らせる。

 木々を分けて現れたのは、巨大な緑色の鱗を持った双頭の地竜だった。その二つの頭には、緑の細い蛇のような触手がわさわさとうごめき、大きく裂けた口からは獰猛な牙がのぞいている。


 僕は仰天して、その場で腰を抜かした。

 へなへなと背にした木の幹を伝って、地面にくずおれる。


 目の前に対峙する、巨大な化け物の存在が信じられなかった。これは夢か幻かと、ずきずきするこめかみを押さえたまま、呆然とその凶悪な顔を見上げた。


「ジジっ! 逃げてっ!」


 再び、少女の声が聞こえた。


 ずずーん。


 地竜が、巨体をゆすって大地を踏みしめる。

 この地響きはこいつが歩いた音だったのか、と僕は遅れて納得した。


「……っかやろうっ!」


 突然、毒づく声が近づいて、右腕を乱暴に掴み上げられた。力任せにぐい、と引かれる。


「ハル! ヤツの足を止めろ!」


 僕の腕を取った逞しい男が、左手の方に向かって叫んだ。男は、僕を背中でかばって、地竜をカッと睨み付けている。

 黄金の短髪を針のように逆立て、光沢のある白のローブを身にまとっている姿は、伝説のヒーローみたいだった。

 それに、金髪のせいか後光が射したように眩しい印象である。光のオーラを放っているような感じがした。


 ハルと呼ばれた男が呪文を唱え始めた。首を巡らせると、無造作に束ねた長い黒髪をなびかせた、黒のローブ姿の男である。

 僕の目の前の青年が光だとすると、あの男はまさに影、そんな感じだ。


 男が呪文を唱え終ると、地竜の足下に落ちた巨大な黒い影が、まるで生き物のようにゆらゆらとゆらめき、ぴたりと止まった。

 怪物は、自分の影に捕まってもがいている。


「走れ!」


 金髪の男が僕の背中をぐいっと押した。

 僕は、その力のままに、とっとっと、とたたらを踏み、よたよたと前に進む。

 すっかり腰を抜かしていたので何だか膝が頼りなかったが、頑張って両足をふんばった。


 背後で、金髪の男が地を蹴って跳んだ。とても人間とは思えない素晴らしい跳躍力だ。男は空中で腰の剣を抜き放ち、竜の頭めがけて体ごと落ちて行った。


 剣がまばゆく光り輝き、その軌跡が残像をひきずって、僕の目に焼き付く。あまりの鮮やかさに、頭痛を忘れるほどだった。


 光の戦士……。


 そんな言葉を無意識に思い描いていた。


 光の剣は、八の字を描いて地竜の二つの邪悪な首を切り落として、鞘に収まった。

 切断された首の切り口から、緑の液体がどくどくと溢れ出た。巨体が、大きな地響きとともに地面に崩れ落ちる。


 かっこいい……。


 自分の置かれたとんでもない状況も忘れて、僕は光の戦士の妙技に酔った。


「ジジ、怪我はない?」


 不意に、僕の傍らで少女の声がした。

 驚いて声の主に視線を合わせると、それは、まだあどけない一五、六歳の少女だった。

 少女は、艶やかな緑の黒髪を水晶の髪飾りで複雑に結いあげ、白い天女のような衣に身をつつんでいた。その肌は、血管が透けて見えるのではないかと思えるほどに白く透き通り、大きな黒い瞳とつんと尖った唇が絶妙のバランスで並んでいる。


 なんて可愛い娘だろう。僕は、しばし言葉も忘れてその少女に見とれた。


「ジジ、大丈夫?」


 少女は、心配そうに僕の顔を仰いでいる。


「だ、大丈夫だけど、君は誰?」


 そう訊いた途端、少女はきゅっと口をつぐみ、哀しそうな目になった。僕は、何かいけないことを言ったのかと思ってどぎまぎする。


「やっぱり……。失敗しちゃったんだ……」


 少女の瞳がうるうるとうるんだ。あふれた涙が頬にこぼれ落ちる。


「あ、あの……」


 僕は、途方に暮れた。


「ごめんね。ごめんね……」


 少女は、小さな肩を震わせてしゃくりあげた。何が何だか判らない僕は、泣きじゃくる少女の肩も抱けず、気のきいた言葉一つさえ言えずにその場に立ち尽くした。


「そう悲観したものでもなかろう、フィアナ」


 ぱきん、と枯れ枝を踏みしだいて、左手の方からハルと呼ばれた男が近づいて来た。風がびょうと吹き抜けると、彼の長い黒髪が、優雅にたなびく。


「だってぇ……」


 少女は、いやいやと首を振った。


「あたしには、戻してあげられないもの……」


 ますます、僕にはちんぷんかんぷんだ。


「まあ、これはこれで、特異な能力ではあるようだがな」


 ハルは落ちつき払っている。


 と。僕は、ぎょっとした。


 ハルは、きりっとした無表情で僕を見つめている。僕は、その顔に見覚えがあった。


 見覚え? いや、そんな生やさしいものじゃない。


 これは、鏡だ。


 そんなばかな……。


「う、うわわわわ」


 あまりの驚きで、うわうわ言いながら後ずさる。

 心臓がでんぐりがえって、ばたばた喘いでいるみたいだ。


 こんなことは、夢か幻に違いない。


 悪夢だ。魔物だ。悪霊だ!


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