【1分小説】1分で読めるショートショートの集い

葉南子@アンソロ書籍発売中!

未来実現カレンダー


いつきくん、君、来週からこなくていいから」


 上司にそう告げられたのが三時間前。

 リストラ、というやつだ。

 この時代、特別珍しいものではないが、いざ自分の身に降りかかってくると耐え難いものがある。


 大衆居酒屋で一人飲んだくれた帰り道、ふと高架下で足を止めた。

『占い』という手書きの看板と、小さな机越しにこちらを見つめてくる老婆。

 普段なら気にも留めない風景だったが、この日は酒の勢いと自暴自棄から、つい対面に座ってしまった。


 老婆は占いをせず、一冊のカレンダーを差し出してきた。

 そして、書いたことが叶うカレンダーだと付け足す。


「貴方、とても辛いんじゃないかい? 今なら百円で譲るよ」


 老婆は顔中のしわを寄せて笑う。

 

 ──アホくさ。


 そう思いながらも買ってしまったのは、ここに座ってしまったのと同じ理由だ。


 

 帰宅し、冗談半分で明日の日付に『リストラが取り消される』と書き込んだ。

 

 しかしそう書いた途端、自分の行動が馬鹿馬鹿しくなった。

 こんなことで何かが変わるはずもない。

 絶望を抱えて、眠りについた。


 

 翌日、なんと上司が頭を下げてきた。

 

「樹くん、ごめん。やっぱり残ってほしい」

 

 その言葉に歓喜した。

 そして、カレンダーの存在を思い出す。


 ──本物、なのか……?


 

 いつしか、カレンダーは俺の日常を支配し始めていた。


『百万馬券が的中する』

『可愛い彼女ができる』

『仕事で成功する』


 書いた願いは次々に叶っていった。

 何もかもが思い通りになる世界。

 これを神と言わずして、なんと言おう。


 ──そうだな、神らしいことでも書いてみるか。

 

 俺は明日の日付に揚々と書き込んでいく。


 『不老不死になる』


 そしてその願いも、当然のように叶った。


 だがそれが間違いだったと気づくのに、そう年月はかからなかった。

 周囲の人は老いていかない自分を不気味がり、避けていった。

 彼らと同じ時間を歩むこともできず、皆、満足そうに自分の人生から去っていく。

 

 孤独感と後悔で何度も自死した。

 だが、不死の身体には効果がなく、痛みが残っただけだった。


 高架下にも何度も足を運んだが、あの日以来、老婆を見たことは一度だってない。

 

『人生が終わる』

『誰かに殺される』

『死ねる』


 気がつけば、カレンダーは「死にたい」という願いで真っ黒になっていた。

 何日分とカレンダーに書き続けても、一度叶えてしまった運命は変えられない。


 この日もカレンダーを見つめ、願いを書き続ける。

 それが叶うことのない願いだと知りながら。

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