第36話 タイミング
「もしもし」
自分の考えをまとめるのに必死で喚き立てる萌音に、朋祢は周囲が見えていますかと萌音の顔の前で手を振ってみる。が、それすら無視された。
「駄目だこりゃ」
「閣下。頭がフル回転状態ですね」
織奈と朋祢は、しばらく放っておくしかないなと溜め息を吐く。すでに姫神教会を支持する民衆たちに戦う意思はなさそうだから、自分たちで処理しても問題ないだろう。
「陸奥中将、とりあえずこの者たちを一か所に集めましょう」
「そ、そうね」
また掴みかかられては困るので、二人はいそいそと萌音から離れていった。しかし、萌音はそんなことは気にせず、ずんずん教会のある方向に進みながら考えをまとめようとしていた。
一体どうして、姫神教会の奴らはここに来て明確にテロリストとして行動し始めたのか。今までは南夏家が見逃してくれていたというのに、どうして聖夜を奪うなんて暴挙に出たのだろうか。
それはつまり、今回の婚姻が姫神教会としては許せないものだった。
しかし、姫神の望みは南夏聖夜との融合のはずだ。ならばそのまま儀式を邪魔する必要はなかったはず。
「まさか、帝か」
考えられるのは、帝との婚姻は認められないということだ。確かに既存の権力から脱却し、姫神を祀る王を擁立したい姫神教会としては、帝の婚姻は認められないだろう。だが、その帝もまた姫神教会が誘拐してしまったのだ。これはどうしてだ。
「おかしい。何かがおかしいぞ」
気づくと、萌音は走り出していた。もしも考えているより複雑な状況なのだとしたら、亜弾達だけでは手に余るはずだ。それどころか、彼らが殺されてしまうかもしれない。
「拙い、非常に拙いぞ」
途中まで姫神教会と王宮が手を組んでいた。それはいい。それでも、両者には絶対的に反する信条がある。それは姫神を祀るか否かということだ。
王家にしても南夏家にしても、その封印を担うことから姫神の復活には否定的だ。だからこそ、信仰そのものを禁じていた。しかし、姫神教会はその名が示すとおりに姫神を信仰することこそ正しいとしている。
本来ならば手を組むことのないはずの組織同士だ。いや、手を組んではならない組織同士だ。そんな二つが協力する羽目になった理由は
「南夏聖夜」
彼だ。
聖夜が姫神にとって必要な存在であることは疑いようがない。そして、その事実をついこの間まで秘密にし続けていた。それは何かが整わなければいけないからだろう。
「何だ。何が整わなければ、聖夜に知られては困るんだ?」
姫神が望むことはなんだ。
どっちに転んでも、聖夜が大きな権力を持つことになるのは変わらない。しかし、今の状況では姫神は満足できなかった。だから、姫神教会を利用して聖夜を奪わせた。
「くそっ。このタイミングで色々と発覚しすぎだろ」
すでに姫神教会では聖夜と姫神の融合が行われようとしてるかもしれないのに。
萌音は悪態を吐きながらも、必死に教会を目指して走っていた。
「陛下」
「呼び直さないで。私はあなたの妻になるんですもの」
「……」
唖然とする俺と悟明を無視して、王宮にいるはずの紫龍はにっこりとほほ笑む。それから俺の横に座ると
「姫神の器はあなたで間違っていないわ。そして、私と姫神の結婚相手があなた」
解っているでしょと俺の手を握る。
「まさか、俺がここに連れて来られたのは」
「そう。だって、王宮で婚姻の儀が進んでしまったら、私が帝であることに変わりがないわ。それは良くないの。せっかく、姫神がこの人こそ初代建国の王の生まれ変わりだと見定めた男がいるというのに、権力が私にあるままなのは良くないのよ」
目を覗き込み、紫龍は楽しそうに語る。姫神と言葉が交わせる彼女は、これまでにそういう話を何度も繰り返してきたのだろう。
そして、権力の移譲を行うために姫神教会を作らせた。
「ここが出来たのは、お前の指示か」
「ええ。姫神が伴侶を選んだことを南夏家に隠すことは出来ない。いずればれてしまう。だから、どこかに別の場所を作らなければ、姫神が望む形にならないわ。そこで、南夏家の意識を逸らすことを兼ねて、姫神を信仰する組織を作ったの。でも、それだけでは駄目だから、呪術を使える人が必要だったのよ。悟明の前に現れたのは姫神に憑かれた子ね。さすがに私が出向いて託宣を行うわけにはいかないから、代わりに行ってもらったのよ。そして、ここを大きくしてもらった」
ご苦労様、と紫龍は悟明を労う。それに悟明ははっと弾かれたように肩を震わせると
「勿体ないお言葉でございます」
紫龍と姫神が同一だと理解し、それを態度で示してみせた。悟明からすれば、姫神が問題なく復活し、俺が新たな王になればいいのだから、この展開は何の疑問もないというわけだ。ただ、この男もまだ腹の内を示していない。それが引っかかる。
とはいえ、姫神と手を組んでいたのが紫龍と判明し、悟明が計画を変更せざるを得ないのは間違いないだろう。横で司祭をやって偉そうぶっているだけでは、自らが権力を手にすることは出来なくなったのだから。何を言おうと、目の前にいるのは国の権力の頂点にいる人間だ。
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