第22話 チヨのおかいもの①

 昼日中ひるひなかの『酔いどれ横丁』、前日のどんちゃん騒ぎで今日も今日とてデンは路上でゴミと一緒に高いびき。


「デンちゃん、ちょっとデンちゃんってば!!」


「ん~、なんじゃあ?」


 太陽の光に目を細めながら、自分を呼ぶ声の主に焦点を定める。


 そこにいたのは、大きな女性?いや、もと男性といえば良いのか……

 筋骨逞しい体にスケスケのノースリーブ。朝剃った筈の髭が既に青く、真っ赤な口紅ルージュがミスマッチな元冒険者、現スナックのチーママ、ヨッちゃんである。


「もう、デンちゃんったらぁ。可愛い女の子を待たすなんて……い・け・ず」


 デンの厚い胸板を人差し指の先でクリクリ……

 寝ぼけまなこのデンは、その太く毛の生えた指をはたき落とす。


「何、言うとんじゃ?ワシの目の前におるんは、オッサンじゃ!!」


「まっ!デンちゃんたら、ひっど~い。でぇもっ違がうの、デェンちゃん。待ってるのは、こ・ち・ら。ジャジャーン」


 ヨッちゃんに肩を押され出てきたのはチヨ。その顔は、どうみても怒っている。しかし、デンはチヨをみれば破顔一笑はがんいっしょう、ニコニコと愛好を崩す。


「なんじゃあ、チヨじゃあないの?こんなとこでどうしたんじゃ?」


「どうしたんじゃ、じゃない!!や、く、そ、く!!!」


 やくそく?とデンは首をかしげる。

 埒が明かないと、チヨはデンに背を向けてみせる。そこには不器用にハサミで切られた服から飛び出した竜の翼。


「ほうじゃ、ほうじゃ!!ワシ、チヨと服買いに行くんじゃった!!」


 先日、生えた翼。急ごしらえで元あった服を改良し今まで堪え忍んできた。

 そして、休みになったら服を買うと言う約束をデンはチヨとしていたのだった。


 デンは立ち上がり、さっそくチヨを連れ立って買い物に向かおうと一歩を踏み出す。

 しかし、チヨはそれに続かず眉を寄せ怪訝な顔でデンを止める。


「その前にデン臭いからおふろはいって……」


 チヨは鼻を摘まんで嫌悪感をあらわにする。

 それもそのはず、デンは一晩ゴミと寝ており、臭いが染み付いているのだ。


 デンは自分の体をクンクンと嗅いでみる。


「ん?ほうかぁ。ワシ気にならんど?」


「デンは鼻の穴にもゴミつまってるんじゃないの?」


「ガハハハハ!そうかもしれん!!見てくれ!」


 デンは自分の鼻の穴がよく見えるように、大きく膨らませチヨに顔を近づける。

 それをチヨが避けようと後退ると、チヨの背後から逞しく腕毛がモジャモジャと生えた腕がニョキりと伸びてデンの顔を鷲掴みする。

 ヨッちゃんがデンを止めてくれたのだ。


「そうね、レディとデートにそんな匂いじゃダメよねぇー?私のお店のシャワーかしてあげるわ。いらっしゃい」


 ヨッちゃんは「ちょっと待っててね」と、チヨに笑いかける。


「チヨ、ちょこっと待っとってくれ」


 デンは特に抵抗することもなく顔を鷲掴みされたまま、ヨッちゃんの店の裏口に連れていかれた。

 チヨは慣れたもので、壁に体を預けデンが出てくるのを待つ。


 ちょうど、チヨの立つ位置はシャワー室の小窓の真下らしく、デンがシャワーを浴びる音が耳にはいってくる。


 ジャーーー……ゴシゴシ、ゴシゴシ……


――ガハハハハ!ええ気持ちじゃ!ふぃー!!


 ガ……チャ……(おっじゃましま~す♡)


――デンちゃ~ん。お背中流しましょうかぁ?


――なんじゃ!!やめい!狭いんじゃ!!入ってくるな!!ヨッちゃん!


――んーっもう、いいじゃないのぉ……あら?流石デンちゃん、良い体ねぇ。触っちゃおっかしら?


――うっとおしいの!!


――やん♡いた~い。ほら、ここ腫れてきちゃったわぁ~……


――ええ加減にせえ!


 バキッ!ドカッ!!ゴンッ!!!……バリンッ!!!!


「ひっ!!」


 チヨは短く悲鳴を上げる。

 なぜなら、チヨの真上の小窓ガラスを突き破りヨッちゃんの顔が飛び出してきたのだ。

 殴られた後なのか頬を大きく腫らし白目を剥いて気絶しているさまは、まさに化物のよう。


 しばらくはシャワーとデンが体をゴシゴシ洗う音だけが響いた。




 シャワー終わりのデンいつもとは違うフローラルな香りを放つ。

 さらにヨッちゃんから借りたのか、いつもと違う花柄のワイシャツに上下真っ白なスーツに身を包み、いつもの腹巻きだけはそのまま装着している。

 その横に頬を腫らしたヨッちゃんがデンの出で立ちを見て満足そうに立っている。

 その姿にチヨは吹き出しそうになった。


「ワシ、はずかしい……」


 股間を手でモゾモゾといじくる、デン。


「なにがはずかしいのよ?外ではだかで寝るくせに!!アタシ、デンのことがよく分からないわ」


 デンの思考回路は誰にもわからない。


「とぉっても似合うわよ♡服は、もう洗っちゃってるから乾いたら後で届けるわ。心配しなぁいでね。チュバッ」


 ヨッちゃんは投げキッスをデンに送る。それをデンは叩き落とし、チヨに全身を見せるように手を広げて見せる。


「これ、変じゃろ?」


「うん。とっても!!」


 チヨの素直な返事にデンはガクリと肩を落とすが、チヨはそんなことお構いなしにデンの手を引き、いざ買い物へ。



――――――――――


(やっぱり、ここかぁ……)


  デンがチヨと訪れたのは大蝦蟇屋いえの近くの古ぼけた店――ランス食料品店スーパー・ランス

 このお店、食料品店ではあるが、店の奥の一角にひっそりと衣料品がおかれているのだ。

 しかし、その品揃えはよろしくない。多くはラクダ色の肌着や年齢層高めの柄物シャツ、中には子供用もあるにはあるが何とも言えないデザインの服が数える程度に置かれているだけだ。


 しかし、買う者がいるから置かれている。何を隠そうデンとイズナルアの服は大体ここで買っている。


「はぁ……」


「どうしたんじゃ、チヨ?ほしいもんないんか?これなんて、どうじゃ?」


 デンが取り出したのは、まぁなんとも言えない子供服。いったい何が描かれているのか分からないキャラクターがプリントがされた真っ赤なトレーナー。


「う~ん……」


 困り顔のチヨ。

 しかし、買おうか迷っているわけではない。どう言ってこの店から出るのかチヨは悩んでいるのだ。

 なぜならチヨには行きたい服屋がある。


(どうしよ?行きたいお店があるのに、ダメって言われるの、こわいなぁ)


 デンを見上げると笑ってるけど、その顔は少し困っているようにも見えた。


 その顔を見たときチヨは翼の生えたあの時のことを思い出した。


(きっとデンはダメって言わない。それにダメだって言われてもアタシは、きっとデンと話ができる。親子だもん)


 チヨは、こういう時いつも遠慮をしてしまう癖があった。

 しかし、今日は違う。少しだけ勇気を出してみる。


「ねぇ……デン?あのね、アタシね、ちがうお店で服かってほしいんだけど……だめ?」


 スカートの裾をギュッと握りしめデンに尋ねてみる。


「おっ!?なんじゃ、他に店があるんけ?ガハハハ!!ほうかい!行こう!どこじゃ!?」


 その答えを聞いてチヨの顔に安堵の色が浮かぶ。


(なーんだデンは服を買うお店を知らなかったみたい。しかたないな、デンは……)


 チヨはデンの手を引いて、キキや他の友だちが教えてくれたお店に行ってみることにしたのだった。




 

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