第19話 父と子

 ドタドタドタドタッ!バン!

「チヨッ!?」


 デンが家へ帰る。変わらずいつもの家の匂い。

 この時間ならチヨは既に起きて布団を畳み,ちゃぶ台でイズナルアの作った朝食を食べている。


 デンはそうであってほしいと願って戸を開ける。

 しかし、そこにいたのは苦しそうに布団で寝込むチヨ。玉のような汗を流し、息も荒い。


「はぁ……はぁ……はぁ……」


「チヨッ!!」


 デンは布団の横に付くと、目を閉じるチヨを覗き込む。しかし、チヨの目は開くことなくただただ熱のこもった息がデンの顔にあたるだけ。


「チヨォ。どうしたんじゃ?ワシじゃ、デンじゃ!!」


 チヨを揺すろうと小さなチヨの肩に手をかけた。


 バコッ!!


 背後からイズナルアの煙管キセルが頭に降ってくる。


「バカタレ!!やっと眠ったとこだ!起こすんじゃねえ」


「じゃけど……」


「じゃけどじゃないわっ!やっと薬が効いて落ち着いたとこなんだ」


「これで、薬が効いたとこじゃあ?どこのヤブじゃ、そいつは!?チヨこんなに苦しんどる!?ワシそいつどつく!!!」


 バコッ!!


「やめえっ!チヨが起きちまう。下に来い」


 イズナルアはデンの耳を引っ張り無理やり下に連れて行くと、自分は店のカウンターの椅子に座る。

 デンはイズナルアに詰め寄る。


「どういうことじゃ!薬ちっとも効いとらんじゃろ!!」


「あれで、効いてんだよ。ちゃんとオットーが診てくれとる」


「……オットーんとこか……」


 オットーとは、近所に小児科医院を構える医者でチヨはずっとそこで世話になっているのだ。デンもオットーには信頼を寄せているため、その名を聞いておとなしくなる。


「チヨ、体が痛むんだと。ずっと我慢しとったらしい。お前が家出した日の夜、それも限界が来たみたいで倒れおった」


「ワ、ワシそんなこと知らんかった。ただ機嫌が悪いだけ思っとったんじゃ」


 デンが珍しく言い訳がましいことをつぶやく。


「ワシがチヨについとったら……」


「バカタレ。お前が一緒にいようと何も変わらんわ。それよりオットーが言うには、どうも竜人族特有のが原因らしいんだわ」


 このアルトムの街には多種多様な種族が共存している。しかし竜人族はチヨ一人しかいない。

 そのため、オットーもチヨの症状に思い当たる節がなく、痛み止めを処方するしか手がないのだった。


「ほいじゃ、どうすりゃええ」


「チヨが今どういう状況でどういう処置が必要なのか、それは竜人族しかわからん。しかし、オレも記憶を遡ってみるがここ数十年、竜人族の姿を見とらんのだ」


「わかった。ワシが何とかする!」


 デンは険しい顔をして、再び二階に上がる。先ほどとは違い足音を立てないように慎重に。


 チヨは、先ほどと変わらず苦しそうに布団に横になっている。この小さな体にどれほどの痛みを感じているのか……

 デンはそっと汗で張り付いた前髪を除けると、うっすらチヨの目が開く。苦しさからかその目の焦点は定まらずぼんやりとしているが、確かにデンを捉える。


「チ……チヨ?」


 デンは優しくチヨに話しかける。


「はぁ、はぁ、でん……やっと、帰って……きた。はぁ、はぁ、今度の家出……長かったねぇ……」


 苦しい中チヨはそれでのデンに笑って見せる。その姿がデンの心をさらに締め付ける。


「すまんかった!ワシ、チヨがしんどいなんて知らんかった。親父失格じゃ」


「なぁにいってるの?……アタシの家族デンだけよ」


 痛みで熱もあるのだろう。赤い頬を緩ませ、微笑んで見せる。デンはチヨの手を取る。


「体が痛いんか」


「うん、とっても」


 その言葉だけで十分だった。チヨが吐いた、たった数文字の弱音がデンを奮い立たせる。


「ワシがどんなことしても助けたる!じゃけ、安心しとけ」


 チヨをデンの大きな手が優しくなでる。チヨが学校に行き始めてからは、こうやって撫でてやることも少なくなった。

 その手に安心したのか、先ほどよりわずかではあるが穏やかな寝息をたてチヨは再び眠りにつく。


 その姿を見届けるとデンは立ち上がり、家を出た。


「どこ行くんだ!!」


 その後ろ姿にイズナルアが声をかけるがデンは返事をせず、ただ前を向いて歩く。

 殺気立つデンに、いつもなら挨拶を交わす近所の顔見知り達も道を避けてゆく。

 デンが向かう先は、市庁舎。


 終身名誉都市長と付いているがデンが市庁舎に来るのは年に一、二回。それも誰かに呼ばれてくることしかないのだが、今日は違う。

 市庁舎に入ると、中で働く職員たちが驚く。その中で一人デンに声をかける者がいた。都市長付きの秘書官ナズズである。


「ど、どうしたんだ、デン?珍しいじゃないか」


「……」


 それに答えることなくデンは、目的の場所に向かい歩き続ける。ナズズはそのあとを追うように付いてくる。


「デン、こわいって。どうしたんだよ?」


「……」


 デンは目的の部屋の前で止まる。

 そこには『緊急放送室』とプレートが掲げられた部屋。ダンジョンでの魔物の氾濫など、アルトムに危機が迫った時にだけ使われる部屋だ。


「ちょ、デンそこはいくら何でもまずいって!」


 ナズズの制止も意味なくデンは、その部屋のドアノブに手をかける。案の定施錠されているが構うことなくノブをひねる。


 バキバキバキッ


 鍵を破壊され難なく扉が開く。部屋の中はいたってシンプル。窓も何もない、小さな部屋。そこに赤い一つのボタンと、一本のマイク。


 デンはためらうことなく赤いボタンを押す。


 その後ろでナズズは頭を抱えて天を仰いだ。始末書をいくら書かされるか今から不安になる。


『ブォォォォーーーーーーー……!!ブォォォォーーーーーーー……!!』


 街の中に設置された共感魔石と魔石式スピーカーから不穏な警報音が流れ出す。

 街の皆が立ち止まり、手を止め、緊急放送に耳を傾ける。


『アルトムからの緊急放送です』


 機械音声のような無機質な女性の声がながれた後、『プッ』っとノイズが入り、音声が切り替わる。


『ワシじゃ!』


 名乗らなくてもアルトムの人間ならデンだと理解した。


『ワシの可愛い娘が苦しんどる。チヨじゃ。どうもチヨを治せるんは竜人族だけらしいいんじゃ。けどワシも、イズナルアのババアもアホじゃけ竜人族がどこにおるのか分からん。どうか頼む。ワシの娘を助けてくれ。もし、竜人族の居場所を知っとる人間がおったらすぐにでもワシのとこに来てくれ。お願いじゃ、この通り!!ップ……』


 アルトムの街がザワつきだす。

 都市長であり、『狒々王の手モンキーグリップ』のギルドマスターでもあるゴクーは、その放送をギルドハウスの執務室から聞いていた。

 放送を聞き終わると、大急ぎでギルドを後にし市庁舎へと向かう。


 市庁舎のエントランスロビーにはいち早く情報を得られるようにデンが仁王立ちで待ち受けていた。その周囲をオロオロとナズズがうろついている。

 ナズズがゴクーを見つけると一目散に駆け寄ってくる。


「す、すみません。勝手にこんなことを――」


「それは良い!それより、竜人族の情報は入ってきたのか!?」


「い、いえ。まだですが……怒らないので?」


 緊急放送のことでお叱りを受けると覚悟していたナズズは肩透かしを食らったような気分だった。


「怒るだと?これほどの緊急事態なんぞあるかっ!?もしチヨ嬢に何かあってみろ?デンがどうなるか、わからんのだぞ!!!」


「!!」


 ナズズはその通りだと理解した。デンは今でこそだが、生ける伝説、魔王を超す魔王、歩く天災と呼ばれている男なのだ。

 チヨというブレーキがあって、初めてデンは人間として生きられるのだ。


「わかったら、お前も情報を集めてこい!!」


 ゴクーの叱責しっせきを受けてナズズは市庁舎の中へと戻って行った。市庁舎内にあるギルド連絡室では各ギルドへ連絡用の魔石回線が敷かれているのだ。

 回線の置かれた部署はすでに天手古舞てんてこまいの様相を呈していた。


「――……」「――……」「――……」


 すでに魔石回線がつながれた通話機は、パンク寸前。みな一様にデンを、チヨを心配するものであった。

 その中で一人の職員が手を上げる。ナズズはその職員から通話機を受け取る。


「どうされましたか?」


「俺、アントンって言います。B級の冒険者をしてるんスけど、この前東のアンタレス山の麓にある小さな湖で竜人族の人に会ったっス」


「ほ、ほんとですか?」


「たぶん……その、チヨって子を何度か見かけたことがあるんスけど、似たような感じでした」


 それを聞いて、ナズズはその場にいた職員に筆談でアルトムから東側アンタレス山脈を網羅する地図を持ってくるように要求する。


「ちょっと待ってください。地図で確認します」


 持ってこられた地図をデスクの上に広げる。確かにアンタレス山の麓には小さな湖があった。その湖に赤いマーカーで大きく丸を書きこむ。


「ありがとうございます。情報提供大変助かりました」


「いいっス!俺、デンさんに助けられたことありますから。恩返しっス」


 ガチャッ……


 通話機を置くと、地図を持ってすぐさまデンの所へと走る。

 デンは別れた時と寸分たがわぬ形で立っていた。


「来ました!!竜人族の情報!!」


 バッ!!


 デンはしばらく地図に目を通すと、それをナズズに突き返す。


「世話になった」


 それだけ言うデンはアンタレス山へと駆け出す。一陣の風を残しその姿は消えていた。

 



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