第14話 チヨ、出かけます②
チヨが訪れたのは以前デンと訪れたパン屋であった。
「お、おじゃましまぁす」
店の扉を開けると、扉に取り付けられたベルが「カランカラン……」と鳴って来客を知らせる。
店内はパンの甘い香りで満たされており、チヨのおなかがキュルルルと小さく鳴いた。
誰にも腹の音を聞かれてないかと、店内を見渡すが運よく客はいない。安心して何食わぬ顔を作り、店主が出てくるのを待つ。
「いらっっしゃーい。……あれ?チヨちゃんだけかい?」
店の奥から白い帽子を被り小麦粉にまみれた店主が現れた。
店主はデンもいるものと警戒してあたりを見回す。
「アタシ一人で来ました」
「おお!偉いねぇ、お使いかい?」
「ち、ちがうんです!これ!」
そう言ってチヨはガマ口から茶封筒を取り出すと、店主に差し出す。
店主は何だろう?と小麦で白くなった手をエプロンで拭い封筒を受け取り中を確認する。
「うわっ!お金じゃないか?どうしたの?」
「で、デンの給料で、あ、あの、この前のお金を……」
「わはははは!そうか、そうか!かあちゃーん、来てくれぇ」
店の奥に向かって店主は女将を呼んだ。
「なーに?」
少し間をあけ女将が出てくる。その手には赤ちゃんが抱かれていた。
「あら、あなたデンちゃんのとこの……えっと……」
「チヨちゃん」
店主がチヨの名前を女将に告げる。
「そうそうチヨちゃんチヨちゃん」
「こ、こんにちは」
「ええ、こんにちは。それであんた、どうしたのよ?」
「それがな、見てくれよ、これ。なんとチヨちゃんがデンのツケを払いに来てくれたんだ」
「あらあ、あははははは」
店主と女将は顔を見合わせて笑い合う。なんだか、少しバカにされているような気がしてきて、どんどんと肩をすぼめるチヨ。
「ほい、これ」
そう言って、チヨに封筒をそのまま返す。反射的に差し出された封筒を受け取ってしまった。
「あ、あの、お金は?」
「いいんだよ」「そうよ」
「でも……あの……」
「チヨちゃんが来た日があっただろ?あの後うちのパン窯の魔石が壊れちゃってね。まったく火が入らなくなって困ってたんだよ。そしたらさ、デンちゃんが新しい魔石を取ってきてくれたんだ。もう、これが前の魔石よりも性能が良いんだ!それでツケなんて吹っ飛んじゃったんだ」
「えっ?じゃぁ、これは?」
「いらない、いらない。受け取れないよ」
良かれと思ってやった事が失敗だったためにチヨはしょんぼりとした気持ちになっていった。
そんなチヨの様子を見て女将がしゃがみ込んでチヨの目をのぞき込む。
「チヨちゃんは本当にすごい子だね。勇気があって優しい心を持ってる。今日は本当にありがとう。私たちが笑ったのはね、チヨちゃんの心意気がとおっても嬉しかったからさ」
「こころいき?」
「そっ!ちゃんと筋を通そうなんて大人でも難しいのにチヨちゃんはここまで一人で来たんだ。それはとってもすごいことよ。私の子供もチヨちゃんみたいな子に育ってほしいものだわ。あははは」
そう言うと、抱いていた赤ちゃんをチヨに見せる。ぷくぷくほっぺを赤くしてすやすやと眠っている。
「……かわいい」
「なでてあげて。名前はアリー。チヨちゃんと同じ女の子よ」
「アリーちゃん……」
チヨは尖った爪で傷つけないよう細心の注意を払って赤ちゃんの頭を撫でた。その手がくすぐったいのか「むー……」とアリーは顔を母親の腕にこすりつける。
その仕草を見てチヨの顔がぱあっと華やぐ。
「これで、少しはチヨちゃんみたいになれるかしらねぇ」
女将が赤ちゃんをくすぐるように撫でる。
「えへへへへ」
チヨは照れて笑う。
「そうだ、これ」
店主が紙袋に入ったパンをチヨに渡す。中身はチヨが以前もらったミルクパンだ。
「も、もらえません!」
「なーにを子供が遠慮なんぞしてんだい!?それとも俺のパンは食えないほどまずいってのかい?」
「そ、そんなこと!」
チヨが大きく首を振って否定しようとすると、女将がチヨをかばうように立ち上がる。
「こら、チヨちゃんをいじめるんじゃないよ」
チヨはケンカが始まってしまうかも、と思い大きな声を出す。
「と、とってもおいしいです!!アタシここのパン大好きです」
チヨの必死な様子に二人は顔を見合わせ大きな声で笑った。
「あはははは!それはそれはありがとう。こんなうれしいことはないよ!」
「私チヨちゃんが大好きになっちゃったわ。いつでも来てね」
二人はチヨに温かかな表情を向ける。一気にチヨはこの店が好きになった。
「はい、また来ます。今度はデンもお金もってこさせます」
「アハハハ!そりゃあ、いい。期待して待ってるよ」
二人は店先まで出てきてチヨに手を振ってくれた。チヨは何度も振り返りパン屋を後にする。
しかしこれで終わりではない。チヨにはまだまだ行くべき場所があるのだ。
チヨはパン屋を出るとメインストリートへ戻る。そこから広場には戻らず、反対方向へ進んで歓楽街へと出る。
歓楽街に出てさらち横道に入ると『酔いどれ横丁』という、飲み屋街が現れる。
今は昼間で静まり返っているが夜になれば魔石を利用したネオンが輝き、酔っぱらい冒険者が多く集う場所である。
ここが今日一番の目的地。
ウシガエルの酔いどれ亭、牛の
日中とあって、どの店も準備中の看板がたてられ閉まっているが酒場の従業員がチラホラ店先に出ている。
どの人も人相と柄が悪い。
しかし、チヨが歩けば「おっ!チヨちゃん」「こんな時間に珍しいね」「飴いるかい?」とみなが優しく声をかけてくれる。
それもそのはず、チヨにとってもこの場所はある意味行きつけの場所なのだ。
酔っ払ったデンを何度も迎えに来ているうちに、気付けば顔馴染みとなってしまっていたのだった。
その中でも、デンが世話になる店にチヨは突撃していく。
しかし、どの店もチヨがデンのツケを払いに来たと告げると、大笑いし金を受け取ってくれない。
ウシガエルの酔いどれ亭の主人は「デンが来てくれるお陰でガラの悪いヤツが寄り付かなくて助ってんだあ」と――
牛の
エンダルドス酒店では、ドワーフの店長が「酒を運んだ馬車が立ち往生したことがあってなぁ!デンのやつ、酒樽30個担いで持ってきおったんじゃあ!!ありゃ、たいした男だあ!!なに?金ぇ?いらんいらん!」と皆がツケの受け取りを拒むのだった。
逆にお酒や、食べ物、お菓子なんかをもらってチヨの両手は袋でいっぱいになってしまった。
(変だなぁ……なんで皆、お金ほしくないんだろ?)
小首をかしげながら、家に帰ることにした。チヨのポシェットの中のお金は一切減ることはなかった。
もう少し続く。
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