運命だと決めるなら -飛躍少女-

松井ぽてと(クロノフォビア)

第1話 兄弟

 人間は時に人智じんちを超えた能力を発揮はっきすることがある。突発的とっぱつてきに眼前で起きた事象に対し、肉体的・精神的なしばりを超越ちょうえつし別の状態へと飛躍ひやくする。偶然と偶然が重なり合い、複雑なシンクロニシティーを遂げ普通と思っていた日常は意図も容易たやすく非日常となる。こうなることを『運命』だと言うのなら私はその『運命』を受け入れよう…。


 * * * * * *


 「行方不明事件?」


 夕暮れの生徒会室。紫燈士季しどうしきは疑問を口にした。

 年期の入った書物が整然と収納された本棚と生徒会運営方針が書き連ねられた黒板は厳粛げんしゅくなイメージを室内に定着させる。この部屋に出入りする生徒と言えば校内規律を遵守じゅんしゅする品行方正ひんこうほうせいな者たちであることは誰の目に見ても明確であろう。

 その生徒会室に不釣り合いな様相ようそうていした不良少年が1人。ブレザーである本校において、制服のネクタイは意図して着用せず、シャツ出しやピアスは上等。ウルフカットという特徴的なへスタイルも人目につく要素の1つとして充分といえる。面識のない人間であろうとも「喧嘩腰」と見て取れる仏頂面ぶっちょうづらは世にいう不良そのものを表している。それが紫燈士季しどうしきという人物だった。

 はたから見れば呼び出しをくらったようにも見えなくはないが、それは違う。生徒指導の巨漢きょかんな体育教諭もいなければ風紀委員じみた風貌ふうぼうの生徒もいない。この部屋には最初から2人しかいなかった。雰囲気は違えど、士季とよく顔の似た人物がもう1人。気怠けだるそうに屹立きつりつしている士季とは対面するかたちでしている。素行そこうの悪そうな士季とは相反あいはんし、その人物は品性をかもし出す清澄せいちょうなオーラをまといながら悠然ゆうぜんと上質なデスクチェアに腰をかけ、頬に手をあて微笑びしょうしていた。


 「ちまたでは物々しい雰囲気に包まれているというのに。士季、君と言う人は我、無縁といわんばかりですね」


 忌憚きたんのない皮肉染みた台詞せりふであるにも関わらず、不快さがまったく感じられない。丁寧な言葉遣いと穏やかな口調によるものなのか。いずれにしても常日頃から、そのような素行と人物的特徴のもと日常生活を過ごしていることは明白である。

 充分な知性と教養を兼ね備えた人物。

 本校を代表する生徒会長。

 それが士季の双子の兄、紫燈綺羅しどうきらという人物だった。

 もう何度も見慣れた兄の顔。改めて見ると、ひときわ見目麗みめうるわしい男である。長髪で後ろ髪を束ねるという、男性にしては珍しい髪型。切れ長の目の精悍せいかんな顔立ち。初見では女性と見間違えてもおかしくないような柔和にゅうわな印象さえもある。眉目秀麗びもくしゅうれいという言葉はこの男に相応ふさわしいものだと、悔しいが認めざるを得ないようだ。士季も決して面貌めんぼうに恵まれていない訳ではない。だが不良染みた特性は肉親である兄とはまったく異なる要素であり、少なからず万人ばんにん問わず好意的に人を引き寄せる素質そしつ皆無かいむである。

 不良と生徒会長。

 この絵面も傍から見れば決して混じり合うことのない二人のように見える。太極図たいきょくずを具現化したような人物的構図は少なからず周囲に違和感を与える光景とも見て取れた。


 「そもそも、学校に来ているのならば授業を受けるというのが生徒としての本分です。それが至極全しごくまっとうな学校生活というものですよ、士季。放課後まで屋上のベンチで熟睡していたのは全て確認済みです」


 さきほどまで授業をさぼって惰眠だみんこうじていた士季を叩き起こし、生徒会室へ連行したかと思えばこの説法。確かに叱咤しったされるには充分な所業しょぎょうであるが温厚な綺羅にとっては珍しい強引な手法である。士季にとって、惰性だせいで学校生活を送り校内規律をいちじるしく損なうさぼり癖は特段珍しいものではない。生徒会長である綺羅もその点は多少注意しつつもなかば容認していることではある。寝起きで不機嫌ということもあり、しばしうらめしそうに兄を凝視ぎょうしする士季であったが、わざわざこんなことで生徒会室へ強制連行するほどの豪気ごうき性質たちではないことは肉親である自分にとっては既知きちの事実。他に理由があるはず。

 早急に士季に伝えなければならない要件があることは漠然ばくぜんとだが普段の関わりから理解できる。

 士季は本題に入るよううながした。


 「わざわざ説教する為に俺を呼び出した訳ではないだろう?」


 そう問う士季に、綺羅は


 「ええ。本校の生徒から行方不明者が出ました。昨今、巷を騒がせている失踪しっそう事件に関連してのことでしょうね」


 あっけらかんと即答した。内容が物騒であるにも関わらず眉ひとつ動かさずに答えている。生徒会長である綺羅にとって事件の内容は耳にタコができるほど聞いていることであろう…。この落ち着きようも幾度いくども同じ話を聞かされて辟易へきえきしての結果なのか、それとも優雅ゆうがたる性格ゆえんのものであるのかは分からない。


 「行方不明者は決まって高校生。生徒たちは別々の学校に通う生徒たちで共通点や接点は一切なし。考えるだけでも謎が深まるばかりです」


 もう何十回となく聞いたフレーズだ。ホームルームで担任が開口一番かいこういちばんに告げる内容は事件のあらましである。家に帰ってテレビを点けても連日、この事件に関することが地元のトップニュースとなっているほどだ。アナウンサーは決まって先ほど綺羅が言った台詞を読み始める。一種の常套句じょうとうくと化していたのだ。まさか自分達の通う高校にまで被害が及ぶことをまったく想定していなかった生徒たちも目と鼻の先にまで被害が迫っていることに恐怖心を抱いている様子だった。


 「今日で行方不明者は18名。本校に影響が出るのも時間の問題と思った矢先の出来事です。知っていますか? 3人の生徒が失踪したという話は?」


 「ああ…、今朝の緊急職員会議はそういうことだったのか? 随分と対策に乗り出すまでに時間がかかったな。もたもたしている間にうちの学校から3人もの失踪者を出してしまったんだ。きっと今ごろ対応の遅さで世間から非難轟々ひなんごうごうだろうさ」


 嘲笑ちょうしょうともあわれみともとれるような表情で士季は口角を上げた。それを見て眉間みけんしわを寄せる綺羅。


 「士季。ひと様の不幸を嘲笑あざわらうのは罰せられるべき悪徳ですよ。善処ぜんしょなさい」


 ちっ…。うるせえな…。声に出さずとも無意識に心から吐出としゅつした言葉だった。


 ひとつ屋根の下で共に暮らしているからこそ分かる。家庭的な面をもつ温厚な兄と学校生活での峻厳しゅんげんさで知られる兄とのギャップは少なからず士季にとっては鼻につく。家の中での兄を知っている身としては先の指摘してきいても妙に胡散臭うさんくさく聞こえてしまうものだ。不愉快げに口元をゆがめる士季をよそに綺羅は足元に置いてあった鞄から何かをゴソゴソとあさりながら話す。


 「本題に入る前に、前知識として頭に入れて欲しいことがあります」


 「なんだよ?」


 「今回の事件はただの事件ではなく色々と複雑な要因よういんが絡んでおりましてね」


 “お生憎あいにくさま、これ以上頭に入れるほどの情報処理能力は有していない”と反論しようとしたが、またコテンパンに論破されることを悟った士季は渋々傾聴けいちょうの姿勢をとることにした。

 これがこの兄弟にとって普遍的な光景かつやり取りであった。


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