バスケの英霊 達
@-yoshimura-
第1話 チュートリアル①
西暦XXXXX年。
空を横切る輸送ドローンが、いくつもの尾光を引きながら白昼の都市を滑っていく。高度な技術が生活の隅々に染み渡った世界で、人類はついに“召喚システム”という異次元の技術を完成させていた。
歴史に名を残した者たちの「魂の記録」を呼び戻し、現世へと具現化させるシステム――それは、スポーツの分野にも革命的な変化をもたらしていたのであった。
そして今年。
4年に一度、世界が息を呑んで見守る、最大規模の超次元スポーツイベント『Basketball World Championship』の予選大会が始まる年がやってきていた。
Basketball World Championship――。
それは、各国の“オーナー”と呼ばれる存在が、過去に生まれたバスケットボールの英霊たちを召喚してチームを編成し、グループ戦とトーナメント戦を戦い抜き、ただ一つの“世界最強チーム”を決める選手権だ。
華々しいライトと轟音の歓声、そして魂の共鳴により生まれる超人的なプレー――それは、この世界の人々が最も熱狂する祭典だった。
ここは、その大会に新たに参戦するオーナーのために建設されたばかりのスタジアム。
チーム名は『small iron of gold』。
オーナーである青年――『小鉄(こてつ)』が自らの名を軽い気持ちで英字にし、それに“ゴールド”の語を付け足しただけの、いかにも即席感のある名称だ。
だが、スタジアムの内部はそれとは対照的に、冷たい輝きを放っていた。
縦28m、横15mの公式規格のコートが、まるで宝物を守るようにアリーナ中央に鎮座している。床のワックスは新品特有の甘い匂いを漂わせ、照明が反射して細い線のように走っていた。
コートを取り囲むアリーナ席はぐるりと一周し、最大2000人もの観客を飲み込むように造られている。
しかし今は静寂しかない。客席の一つひとつが開幕前の息を潜め、遠く天井に隠れた換気装置の低い唸りだけが微かに響いていた。
小鉄が運営側から購入した、最低限の機能を持つ“初期スタジアム”。
練習施設、選手の宿泊施設、運営に必要な人数ギリギリの職員。
清潔だが、どこか味気ない――高レベルの選手を育てるための特別な設備は何一つ存在しない。
ここから先、チームをどう育て、どう勝たせるかはすべてオーナーの腕次第だ。
小鉄は案内用ホログラムが表示するチュートリアルに従い施設の最低限の整備を進めていった。そして、その最後に訪れる作業――“選手の召喚”。
そして今。
その儀式によって、一人の“バスケット選手の英霊”が令和の日本から呼び出されようとしていた。
召喚陣から立ちのぼる光が収束し、淡い青白い粒子がゆっくりと人の形を象っていく。
やがて光はひときわ強く瞬き、その中心から一人の少年が姿を現した。
名は――水川 連(みずかわ れん)。
身長191cm。
日本の高校一年生にしてU代表に選ばれた世代のエース格。
同年代の中では全能力が高レベルにあり、攻守にわたって穴のないオールラウンドプレイヤー。
しかし、本人が特に愛していたのは①番と呼ばれるポジション――コートを操る指揮者にして、チームを導く舵取り役となるポイントガード(PG)である。
その役割にこそ、自分の存在価値があるといつからか感じていた。
召喚された英霊たちは、原因もなく本能的に「召喚の理由」や「これから自分が果たす役割」を理解する。
水川連も例外ではなかった。
自分がBasketball World Championshipに参加するために呼び出されたこと。
西暦XXXXX年という、未来の世界に来たこと。
そしてすでに先に召喚されたらしい仲間――チームメイト五人と合流しなければならないこと。
すべてが、胸の奥に自然と流れ込んでくる。
「……ここが、俺の新しいチームの本拠地、か」
低い声が、やや緊張を帯びてスタジアムの静寂に溶けていく。
水川はゆっくりと歩き出した。
足音がコートに反響し、その音で自分が確かに“この世界に存在している”ことを実感する。
彼はスタジアムの入口となる重厚な扉の前に立つと、深く息を吸い込み、静かに手をかけた。
ぎぃ――。
扉が開かれる音が、空気を震わせた。
光が差し込み、未来のバスケット世界への通路が開かれていく。
こうして、
水川連と『small iron of gold』の物語が静かに幕を開けた。
開閉式の天井に仕込まれた巨大なガラス窓は、磨き上げられたばかりなのか一切の曇りがない。
その向こうには、まるで手を伸ばせば触れられそうなほど澄み切った青空が広がり、陽光が角度を変えながらコートの木目を照らしていた。
落ちてくる光は細かい粒となって宙に舞い、まるでスタジアム全体が緩やかに呼吸しているかのような暖かさを感じさせる。
ここは、世界バスケット選手権に参加する各国に点在するチームの本拠地として、運営側から最初に配布されるという、プロトタイプのスタジアム内。
それでも、水川連から見れば充分に未来的で、近代化の象徴そのものに思えた。
なぜなら彼は、令和の時代、人里離れた離島にあった“収容所のような”高校でバスケをしていたからだ。
島風が吹き込む薄暗い体育館、埃と汗の混じった匂い、破れかけたネット──
そこでは近代的な設備などひとつもなく、ただ根性論だけが支配していた。
だからこそ、いまこの光景は、彼にとって別世界の輝きに満ちていた。
コート上には、彼より先に召喚されてきたのだろう先輩選手たちが五名、横一列に広がって待っていた。
連を見つけた瞬間、全員がこちらへ視線を向ける。空気がわずかに振動した気がした。
その中に──ひときわ異彩を放つ存在がいた。
北欧系とのハーフだろうか。いや、それ以上に、もはや“完成された作品”と呼べるほど整いすぎた顔立ち。
陽光を浴びた白金色の髪はきめ細い繊維のように滑らかで、肩のあたりでふわりと跳ねている。
長い脚はスラリとしてまっすぐ、身長186cmという数字以上に存在感があり、周囲の空気を変えるほどの圧倒的な美貌。
モデルか、あるいは映画の中から抜け出してきたハリウッドスターか──
その女の名は
年齢19歳。整った鼻梁、切れ長の瞳、どこか不遜で、プライドの高さが一目で分かる生意気な表情。
たしかに外国の血が混じっていることは疑いようがなかった。
彼女もまた、小鉄によって召喚されたバスケット選手である。
その弍估から目が離せず、つい視線を奪われた連の横に、ふと影が差す。
いつの間にか、ひとりの男が距離をつめてきていた。
爽やかな笑顔を浮かべ、手を差し出してくる。
「ようこそ、チーム『small iron of gold』へ。歓迎するぜ!」
その声は明るく、どこか兄貴分のような頼もしささえあった。
「ありがとうございます。歓迎してくれて嬉しいです。よろしくお願いします」
連が返事をすると、男はニッと口角を上げた。
「俺の名前は
「俺は令和の時代からやってきた高校生です」
「タメ口でいいぞ。ここは実力社会だ。年功序列なんて制度は一切ない」
「そうか。せっかくだし、気兼ねなくタメ口で喋らせてもらうぜ!」
連はあっさりと言い切った。
彼は、この世界が実力主義であることをすでに認識しており、ひるむ理由が存在しなかった。
k-twoは194cm。
③番のビブスを着込み、筋肉は無駄なく締まり、動くたび影が流れる。
名前は横文字だが、どう見ても純日本人だ。
握手を交わす連の手に、確かな力強さが伝わってくる。
召喚システムは、同じ国の者しか召喚できないという鉄則がある。
にもかかわらず、k-two以外の三名は外国人の血が混ざっているような顔立ちをしていた。
高い鼻梁、深い彫り、鋭い目つき──
彼らがどういう血筋なのか、興味をそそられるが、今は聞くべきではない気がした。
連は令和の時代では“世代のエース”と呼ばれ、常に勝利を約束される存在だった。
挫折は知らない。未来にはプロ契約、そしてスーパースターの道が当然のように延びていると信じていた。
だからこそ、この時代にバスケの英霊として召喚された事実に、連は運命的な輝きを感じていた。
握手を解き、意気揚々と自己紹介を始める。
「俺の名は水川連。令和の時代から召喚されてきた高校生だ。ポジションは①番、
「連のポジションは、弍估と同じ①番か…」
「ほーう。その弍估ってチームメイトが、俺のライバルってわけだな?」
「弍估がライバルか…まあ、今はそういうことにしておこう」
「何だよその奥歯に物が挟まったような言い方。俺が何か変なこと言ったか?」
「いや、気にするな。早速だが、チーム内の序列を決めさせてもらう」
「序列? 実力で決めるってことか?」
「ああ。この世界じゃ強い者が上。うちはそのルールに従う。①番のポジションも『1on1』で決める!」
「つまり、俺が弍估に勝てば①番を奪えるわけだな?」
「その通りだ」
「OKだ」
連は自信満々に両手を広げる。
高校生とはいえ、同じ日本人なら負ける理由がないという確固たる自負があった。
そのとき、コートの端で弍估がボールをつきながら近づいてきた。
軽くストレッチをしながら、スニーカーが床を擦るたび、乾いた音が響く。
近づくほどに、彼女のオーラが濃くなる。
「k-two。あのハリウッド女優みたいなのが、①番の弍估ってわけか?」
「ああ。察しの通りだ。①番のビブスを着てる美人さんが弍估だ」
「この時代って、男女混合チームじゃないとダメなのか?」
「いや。そんなルールはない。実力社会だ。男も女も関係ない」
「なるほどな…じゃあ、あの美人は人数合わせの①番ってわけだ」
「連、勘違いするな。弍估は女だが、誰もが認める正真正銘のエース
「ははは。女がエース|(PG)って何の冗談だよ」
連は鼻で笑ってしまう。
令和の高校バスケでは、監督の好みで司令塔が決まることが多かった。
だからこそ、“1on1でポイントガードを決める”という発想自体がピンとこない。
司令塔の実力は、駆け引きや視野、判断力──
『1on1』だけで測れるものではないと信じていたからだ。
そんな連に、k-twoは念押しするように言った。
「連。一応言っておくが、弍估はフィジカルモンスターだ」
“フィジカルモンスター”──
身体能力が突出し、接触プレーに強い選手を指す言葉。
弍估の引き締まった肩、強靭な太腿、しなる腕。
練習着の上からでも、その鍛え方は一目で分かる。
だが連は、笑ってしまった。
「奇遇だな。俺も召喚前の時代じゃ、フィジカルモンスターって呼ばれてたんだ」
その言葉には、根拠のない自信と、若さゆえの余裕があった。
しかし、このコートに立つ者たちの表情には──
彼がいかに大きな勘違いをしているかを察した、薄い苦笑が浮かんでいた。
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