16:16の呼び出し

――これは、郊外のショッピングモール「ルミエ北丘」インフォメーションカウンターで働くわたしが、半年間で集めた記録をつなぎ合わせたものだ。

アナウンス原稿、迷子呼び出しカード、館内メール、設備点検表、落とし物台帳、そしてわたしのシフトメモ。

固有名詞のいくつかは伏せるけれど、時刻だけはそのままにする。数字を変えると、別の音が呼ばれてしまいそうだから。


〈インフォメーション業務手順書 抜粋〉


Ver.4.2(改訂:春)

担当:広報・フロアサービス


迷子対応フロー

 (1) 保護:お子さまの安全確保、名札・特徴の確認。

 (2) 呼び出し:アナウンス文1を読み上げる(館内BGM下降)。

 (3) 待機:保護者到着、本人確認(母子手帳、写真など)

 (4) 引き渡し:受領サイン、引き渡し後アナウンス文2を読み上げる。


アナウンス文1(迷子のお知らせ)

 > 「迷子のお知らせです。インフォメーションにて【年齢】歳くらいの、【服装】のお子さまをお預かりしております。お心当たりの保護者さまは、1階インフォメーションまでお越しください」

 ※名前・苗字の読み上げは原則禁止(個人情報保護のため)。警察同行時のみ、保安部の判断で苗字のみ許可。


注意

 - 16:00〜17:00の時間帯は館内混雑によりアナウンスの反響が強く、階段付近での呼び出しは禁止。

 - 館内防火訓練時の録音音源(サイレン音)は、誤作動防止のため16:16にシステムチェックが入る。この時間帯の手動アナウンスは避けること。


※マーカーのような太い赤字が「16:16」の数字を囲っていた。先輩いわく、**“この時間だけはメッセージをいじるな”**という意味だという。

初めてこの手順書を読んだとき、なんとなく喉が乾いた。意味は分からなかった。


〈シフトメモ/わたし〉


4/29(祝)

初の週末勤務。お子さま多い。迷子1件。

女の子(3歳くらい)。黄色のワンピース、肩に名札。名札はひらがなで「みわ そら」。

名前は読まない決まりなので、特徴だけでアナウンス。

5分でお母さま到着。引き渡し。アナウンス文2読み上げ。

この時間帯、BGMが小さくなりすぎる気がする。手動調整?


5/3(祝)

迷子3件。うち1件、16:16に保安部から**「手動はストップ」**の指示。

理由は不明。「毎時のシステムチェックの都合」とだけ。

16:20に再開。

心の中で一度だけ、“みわそらちゃん”と唱えてしまった。もちろん、声には出していない。


5/11(日)

お客さまから「今日も16:16にあの音が鳴った」と質問。

“あの音”=非常放送テスト音(わずかな電子音のプツッの後に、空調の風が変わるやつ)。

手順書通り説明。「自動のシステムチェックです」。

そのとき、インフォ前の階段に一瞬だけ冷たい風が降りた。季節外れ。


〈迷子保護カード(紙)〉


No. 0241

保護日時:5/18 16:12

発見場所:2F キッズガーデン横

年齢:3〜4

性別:女

服装:黄色ワンピ、白い靴(左だけ青い砂)

特徴:髪に青い風鈴のヘアゴム

名札:みわ そら(※読み上げ不可)

保護者氏名:三輪(母:綾)

引き渡し:16:23/受領サイン

備考:16:16に保安より「一時停止」指示


No. 0242

保護日時:5/25 16:15

発見場所:1F 食品レジ前

年齢:3

性別:女

服装:黄色ワンピ/サンダル

特徴:青い風鈴ヘアゴム(片方)

名札:みわ そら

保護者氏名:なし(本人曰く「おかあさん いない」)

引き渡し:16:34(警察同行)

備考:16:16はアナウンスせず、保安が捜索。サンダル片方濡れ。


No. 0243

保護日時:6/1 16:14

発見場所:B1 催事場前

年齢:4

性別:女

服装:黄色ワンピ/白い靴(左濡れ)

特徴:髪ゴムなし(髪に小さな水滴多数)

名札:みわ そら

保護者氏名:三輪(母:綾)(連絡つかず)

引き渡し:16:49(警察)

備考:アナウンス2回/BGMフェード2回。風の音にノイズ。


――「青い風鈴」という言葉は、最初に見たとき、夏の飴みたいに涼しかった。

でも、カードが2枚、3枚と増えるにつれ、なぜか背中に汗が滲んだ。

同じ子の特徴が、毎週。

もちろん、連休は迷子が増える。名前の一致なんて、珍しくない。

ただ――時刻が、どれも16:16のすぐ前だ。


〈館内メール(抜粋)〉


件名:16:16のシステムチェックについて

送信:防災・設備合同

宛先:全館スタッフ

本文:

各位

16:16のシステムチェック(BGMフェード/非常放送回線切替)は法令に基づく自動テストです。この時間帯の任意アナウンスは原則避けてください。やむを得ない場合は保安に連絡の上、階段付近の拡声器をオフにして実施してください。

※旧館跡に始めて勤務された方から質問があった件について:旧館火災(H16/6/16 16:16)に関するお問い合わせには個別に対応します。館内放送での言及は避けてください。

防災・設備


――このメールを読んだとき、わたしは初めて「旧館」という単語を知った。

今のモールは、十数年前の火災で一度閉館し、跡に建て直されたという。

H16/6/16 16:16。

数字が並び過ぎているのは偶然だ。そう思った。そう思いたかった。


〈落とし物台帳(B1サービスカウンター)〉


5/25

・青い風鈴のヘアゴム(ガラス玉/鈴入り/濡れ)/拾得場所:B1階段踊り場/時間:16:17

・子ども用左サンダル(白)/B1エレベーターホール/16:18

・平成16年6月16日のチラシ(広告)/B1倉庫扉前/16:20 ※紙が湿って貼り付いていた


6/1

・青い風鈴ヘアゴム(片方)/2Fベビー休憩室/16:16

・黄色いリボン(濡れ)/1F中央通路/16:23


――平成16年のチラシが落ちていたという記録は、台帳の字がいつもより震えていた。

雨の日でもないのに濡れている。

誰かが冗談で古紙を貼り付けた?

倉庫の扉は、旧館の。

改装時に塞がれたはずの裏側だという。


〈設備点検記録(音響)〉


5/29

項目:館内BGMフェード

時刻:16:16

結果:フェードダウン→1秒無音→フェードアップ正常

備考:**無音時に微弱な高周波(3.2kHz)**混入(人耳ギリギリ)。スピーカー前で冷風の報告あり。


6/12

項目:非常放送回線チェック

時刻:16:16

結果:回線切替正常。切替タイミングでアナウンスチャンネルが一瞬開放。

備考:アナウンス用マイクのランプが0.5秒点灯。誰も押していない。

対策:16:16の手動アナウンス禁止を周知。


――この「誰も押していないのにマイクが点灯」という一行を読んだとき、背中の汗が冷えた。

開放される回線。

その瞬間に、誰かの声が通る。


〈お客さまの声(アンケート)〉


6/16(火)

「16:16に毎週流れる“無音”のあと、小さく“迷子のおしらせです”と聞こえた。でもすぐBGMが戻って聞こえなくなった。あれは録音?」(30代女性)


6/16(火)

「インフォ前の階段が冷たくて、娘の足が濡れた。あと、風鈴の音がしてた。売り場では鳴っていなかった」(40代女性)


6/16(火)

「エレベーターで2Fから1Fに降りる間に一瞬、耳が詰まった。あの火事のことを思い出して怖くなった」(60代男性)


――6/16。

H16/6/16の、6/16。

16:16に、“迷子のおしらせです”が小さく。

わたしは、机の引き出しの中のアナウンス原稿を取り出して、紙の端を触った。

指先が冷たくなった。


〈旧館について(広報の未配布原稿)〉


タイトル:ルミエ北丘の歩み

(配布予定:秋)

本文:

当館は平成16年の旧館火災を機に、安全と安心を第一に再建されました。旧館では、運良く大きな人的被害は避けられましたが、地下階の一部で煙が充満し、避難誘導の過程で複数の迷子呼び出しが重なりました。当時のアナウンス記録には、16:16に一件の呼び出し文が記録されており、BGMがフェードしています。

(以下、再建後の耐火性能の説明)


――“運良く大きな人的被害は避けられました”。

その言い方は、誰かは取り残されたという意味でもある。

「複数の迷子呼び出し」。

原稿に添付された紙焼きには、旧館のインフォ看板の写真が写っていた。

そこに貼られた手書きの紙。青いペンで大きく、「みわ そらちゃん」。

その上に赤で斜線。手順違反の印。


〈警備日報(保安室)〉


6/16(火)

16:14 女児保護(2Fキッズガーデン)。黄色ワンピ。みわそら(名札)

16:16 非常放送回線切替。手動アナウンス停止。インフォ前階段封鎖。

16:17 保護児童の姿外す(一時)。B1エスカレーターで目撃(保護継続中)。

16:23 警察合流。保護解除。保護者不明。

**備考:**B1旧倉庫扉付近の温度低下。床に水滴。風鈴音。

※旧館関連問い合わせ対応:「公には説明しない」で統一。


――**“保護継続中の児童の姿外す”**という表現は、見失ったという意味だ。

**“一時”**とさらっと書いてあるけれど、その間に、どこへ行ったのだろう。

B1旧倉庫扉――落とし物台帳にあった、平成16年のチラシが貼り付いていた場所。


〈わたしの母のメッセージ〉


6/16(夜)

母からLINE。「ルミエ北丘、まだ働いてるの?」

「うん」

「旧館で、あんた、ちっちゃい頃、迷子になりかけたことがあった」

「覚えてない」

「16時すぎ。アナウンスが流れて、BGMが小さくなった。階段は使わないでくださいって。

 風鈴の売り場で、青いガラスの髪ゴムを握って離さなかった」

「ふうん」

「みわそらちゃんって、カウンターに紙が貼ってあった。同姓同名の子がいてね。びっくりした」

「…誰?」

「わからない」

スタンプ:風鈴の絵


――わたしはソファに座り、メッセージを読み返した。

同姓同名。

わたしの名前は、三輪 空(みわ そら)。

母は、綾。

名札。

黄色ワンピ。

青い風鈴。


〈6/16当日のシフトメモ/わたし〉


16:10 迷子保護カードを書く。名札は伏せて服装だけで呼び出す準備。

16:12 女児保護(スーパーボールのコーナー)。黄色ワンピ。左のサンダル濡れ。

16:14 保安に連絡。

16:16 フェード。BGMダウン。無音。耳が詰まる。

16:16 マイクのランプが点く(誰も触れていない)。

16:16 かすかに声:「――い子のおしらせです」

16:16 冷たい風。風鈴の音。女児が階段の方を見る。

16:16 保安員が女児の腕を押さえる。すり抜けたみたいに、腕からすべる。

16:17 姿外す。B1へ。

16:18 青い風鈴ヘアゴムを拾う(B1エスカレーター脇)。

16:20 旧倉庫扉の前、平成16年の広告が濡れて貼り付く。

16:23 警察合流。迷子の呼び出しを中止。

16:49 保護解除(“保護者”不在のまま)。

17:10 ヘアゴムの鈴が店じまいの風でも鳴る。


――**“腕からすべる”**という表現を書いてから、ペンを置いた。

触っているのに、押さえられない。

冷たい風。

風鈴音。

**“迷子のおしらせ”**が、誰の声だったのか、わたしはまだ知らない。


〈夜間設備巡回(音響担当Kのメモ)〉


6/18(木) 22:40

1Fインフォ、マイクのテスト。OK。

23:00 防災回線のテスト。OK。

23:16 16:16の自動テストの擬似実行。無音1秒を手動で作る。

その瞬間、スピーカーから「おかあさん」って聞こえた。幻聴か?

23:17 旧倉庫扉の前で風。紙が一枚、古い広告がすべるように落ちる。

触ると冷たい。鼻にインクの匂い。

嫌になって記録やめた。**“これ、書くな”**って感じがした。


――**“書くな”**と書き残す人は、たいてい書いている。

わたしは、つづきを書く。


〈アナウンス室の“禁止リスト”〉


ホワイトボードに黒いマーカー。


16:16に「迷子の〜」を言わない


苗字を連呼しない


階段付近の拡声器ONにしない


“風鈴”という語を使わない


“黄色のワンピース”を指定で言わない


“おかあさん”と呼ばない(※なるべく「保護者さま」)


その横に、小さい文字で誰かの落書き。


「言うと来る」

「言わないと、迷う」


――言葉が、ものを呼ぶ。

言葉が、道になる。

“言わない”という選択は、“迷わせる”ことになるのか?

わたしの胸の中で、青い鈴がわずかに鳴った。


〈ある日曜日(6/21)の出来事〉


日曜日。父の日。館内はプレゼントの紙袋であふれていた。

16:10、保安から「今日も16:16は手動禁止」の一斉連絡が入った。

それなのに、16:11、インフォ前に女の子が立っていた。

黄色のワンピ。髪は濡れていない。青いヘアゴムは片方。

わたしは手順通り、呼び出しカードに服装だけを書く。

彼女は静かだった。目だけが、階段を見ていた。

「お母さんは?」

「いない」

「誰と来たの?」

「きいろ」

意味が分からない。黄色は自分のワンピースのことだろうか。

16:16、無音。BGMが引く。耳が詰まる。

マイクランプが点く。

わたしの口が、勝手に動いた。

――「迷子のお知らせです」

やってはいけないことを、わたしはやった。

耳の奥で、水の音。ひやり。

階段の拡声器が一瞬、ONになった。

風鈴の音。鈴の音。

女の子が、階段の方へ歩き出す。

保安が止めに入る。

すべる。

腕からすべる。

わたしは、カウンター越しに手を伸ばした。

届かない。

彼女は階段の一段目でふっと消えた――わたしには、そう見えた。

BGMが戻る。

無音の一秒が終わった。

16:17。

保安の無線が慌ただしい。

B1で目撃。

旧倉庫扉。

冷たい風。

わたしは、マイクを切った。

禁止リストの一行を指でなぞった。

言わないと、迷う。


その日の帰り、母からメッセージが来た。

「今日は青い髪ゴム、買った?」

「買ってない」

「家にあったよ。昔の。

 あんたがちっちゃい時、風鈴売り場で離さなかったやつ。

 片方しかないの。もう片方、どこに行ったのかね」

写真。

青いガラスの鈴。銀の糸。小さな傷。

わたしの指は震えなかった。冷たいだけだった。


〈館内掲示板の落書き〉


**「風鈴まつり」**のポスターの端に、小さな鉛筆の字。


みわ そら

6がつ 16にち

きいろの ふく

かいだん いかない


――子どもの字。

自分で自分に注意しているみたいな、お願いのような。

“かいだん いかない”。

その横に、消しゴムで消した後。

**“いかない”**は、消えかかっていた。


〈古い録音(保安室で見つけたMD)〉


ラベル:「H16/6/16 16:16」

MDプレイヤーはもう古く、たまたま保安室に残っていた。

再生ボタンを押すと、BGMがふっと引く。無音。

その一秒の底に、女の人の声が薄く混じっていた。

――「みわ そらちゃん、おかあさんはここです」

禁止の言葉。

今の手順では読まない言葉。

フェードアップ。音が戻る。

鈴のちりん。

耳鳴り。

切れた。


――誰が録ったのかは分からない。

でも、録音は嘘をつかない。

呼んだ。

そして、その声は今も、16:16に回線が開く瞬間につながる。


〈最後の週(夏至のころ)〉


6/21の事件から一週間。

保安より「16:16は完全停止」の通達。

6/23(火)、16:16に無音。BGMが戻る。

何も起きない。風も鈴もない。

6/24(水)、16:16に無音。階段の拡声器が誤作動。OFFに戻す。

6/25(木)、16:16に無音。誰かの囁き。聞き取れない。

6/26(金)、16:16に無音。ヘアゴムの鈴が一度だけ鳴る。

6/27(土)、16:16に無音。

女の子は来なかった。

代わりに、母がインフォ前に立っていた。

ふいに。

目が合う。

母は笑った。

「今日、ここで待ってみた」

「どうして」

「呼ばれた気がして」

何に?

どこから?

母は風鈴売り場の方を見た。

青い鈴がならんでいる。

小さな鈴がいくつも。

同じ音。

風はないのに、一つだけ揺れた。

ちりん。

母の横に、黄色の影が一瞬、差した。

幻だ。

幻だと思った。

でも、手順書の赤字が、わたしの頭の中で光った。

16:16。無音。

わたしの口が、勝手に、なにかを言いかけた。

言わない。

言ってはいけない。

言葉が、道になる。

言えば、来る。

言わなければ、迷う。

どちらを選ぶ?

わたしは、母の手を握った。

冷たかった。

青い鈴が二回、鳴った。

無音が終わった。


〈辞表(草稿)〉


宛先:フロアサービス課

わたしはインフォメーションの仕事が好きでした。

けれど、16:16が来るたびに、言葉を出すか出さないかで、一日の色が変わっていくのが分かります。

言わないと、迷う。

言うと、来る。

来るのが誰なのか、迷うのが誰なのか。

この半年で少しだけ分かった気がします。

落とし物台帳に書かれた平成16年の紙、

迷子保護カードに残った同じ名札、

録音に残った**“おかあさん”、

母の指の冷たさ**。

青い風鈴は二つで一つ。

片方は家にある。

片方は館内を鳴らしている。

わたしがここで口を開くたび、その鈴が回線を渡ってくる。

言葉は鍵。

鍵は扉を開ける。

扉の向こうに何があるのかは、わたしには選べない。

だから、わたしは辞めます。

――三輪 空


(送信は、しなかった。机の引き出しにしまった。引き出しの中で、紙の端がひんやりした。)


〈読み解きのヒント(ほんの少しだけ)〉


16:16の自動テストは、非常放送回線を一瞬開く。無音の一秒に、古い録音や誰かの声が混じる。


旧館火災(H16/6/16 16:16)当時、迷子呼び出しが重なっていた。禁止の言葉(苗字、“おかあさん”)が、そのまま、今も回線の底で響く。


落とし物台帳の青い風鈴ヘアゴム、平成16年の広告、左のサンダルが濡れている記述。どれも同じ子の痕跡だ。


迷子保護カードに毎週現れる**「みわ そら」は偶然かもしれない。偶然が重なる場所がある**。


母が昔、わたしを連れて旧館で迷子になりかけた。そのとき見た名前。同姓同名。紙に青いペンで。


“言えば来る/言わなければ迷う”は、古い避難の作法の反転だ。呼び出しは道を作る。道は扉だ。


青い風鈴が二つあるのは、家と館内にひとつずつ。片方が鳴ると、片方も鳴る。


あなたが16:16に**「迷子のお知らせです」と無意識に口の中でつぶやく**ことがあるなら、やめてください。それは鍵だから。


〈おわりに〉


今日、16:16が来る。

BGMが引く。

無音。

わたしは口を閉ざす。

言わない。

言葉は鍵だから。

風鈴の音が遠くでひとつ、鳴る。

階段を見る。

誰もいない。

誰かがいそう。

母は家で青い鈴を磨いている。

指が冷たくなっていないといい。

無音が終わる。

BGMが戻る。

日常の音が面を張る**。

わたしはカードの束を整える。

禁止リストの一行は消していない。


――16:16に「迷子のお知らせです」を言わない。


言わないことが、呼ぶこともある。

言うことが、迷わせることも。

意味は、あとから来る。

音みたいに。

風みたいに。

青い鈴みたいに。

そして、あなたのいる場所にも、16:16はある。

耳を澄ませないで。

呼び出しを、心の中でも、しないで。

鍵は、どこにでも、届いてしまうから。

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