case 2 外回り
外回りは今の所は順調だった。
冬の厳しさとただでさえ変わらない景色を雪で白く染められた山を行く苦行も、もうあと半分だ。
今日は本当に静かだ。
いつもならその辺の、それこそ俺の目の前にある半壊した山小屋なんかには一匹くらいゾンビがいて、先端が割れた鉄パイプを頭に突き刺してるのが普段なんたが……。
「今日は平和だ。。いつもこうなら、僕一人でも外回りできますね」
「……そうかい」
青年は能天気にそう言っているが、俺はそれに生返事しか返さなかった。
多分だが、青年はこの前の大掃除で山に登ってきていたゾンビをあらかた掃除した事が安心の要因なんだろうが。
それを加味しても変だ。
静かな山、ゾンビの姿を全く見ない事、回収と確認した罠全てに掛かった動物。
その全てが不気味である。
それが俺の率直な感想だった。
「さっさと罠の確認をしよう、早く帰るぞ」
「なんだアンタ。ビビってんのか?それとも、ダムに置いてきた残りの酒が恋しくなったか?」
青年が笑いながら山小屋の側に仕掛けた罠にのんびりと近づいていく。
「今日は大量ですね。いつもこうなら、缶詰がなくても生きていけそうです」
腰を屈め、青年が罠に掛かった動物を仕留める。
首元に状態の良くないナイフを一刺しすれば、噴水のように赤黒い血がびゅうびゅう、と吹き出して地面の雪を赤く染めていく。
匂いもキツい。
血特有の、鉄の匂いだ。
俺のいる所は風下だし、今日は風がキツいからよく匂う。
「はあ、今日はもういいんじゃないか?まだ半分だが、それでも取れた獲物はいつもの外回りの倍だぞ」
「残りの罠全てを確認したらこれ以上に手に入るかもしれないのに?なあアンタ。しっかりしてくれよ」
風が一際強く吹く。
木々が揺れる音に、半壊した小屋が軋む嫌な音、足音もする。
「しっかりしてるさ。だからこそ一旦帰るべきたと言ってるんだ。これだけの獲物だ。ゾンビに襲われて俺達二人死んだらぱあ、だぞ?」
ぱあだ、ぱあ。と手を開いてジェスチャーする。
俺がそう言って帰るよう促すも、青年はあくまでも仕事を普段通り完遂するつもりのようだった。
こんな事なら普段の態度を少しは改めるへぎだったか。
ちゃぷり、とフラスコに入れた水が音を立てた。
どうにも嫌な予感というか、勘みたいなものが囁いてしょうがない中、俺達二人して山を歩く。
いつも見慣れた巡回ルートのはずだが、そわそわする。
今までゾンビが一匹もいないなんて事が無かったから緊張しているだけだろうか。
変化が起きたのはそこから三個目の罠を確認している時だった。
「……あ?なんの、音だ」
木の枝を踏んだような、ぱきり、と乾いた音が背後でしたから、俺は持っていたライトをそっちの方へ向けた。
向けたが、そこには朽ちきって蜂やその他の虫達の越冬場所として最適となった倒木ばかりが折り重なっているくらいで、普通の森林だった。
「ちょっと、ライトをこっちに向けてくださいよ。ここ、ただでさえ暗くて罠の解除に手こずるんですから」
「あ、あぁ……すまん」
返事を返し、ライトを再び青年の手元へと向けるが、俺の視線は以前、音のした方向を向いたままだった。
倒木の奥、折り重なった木々の隙間から誰かが見ている……気がする。
視線を感じる。
「すまんが、少しライトを逸らすぞ」
一言だけ断りを入れ、ライトをもう一度音がした方向へ向ける。
がさり、音がする。
青年はようやく、あるいは流石に俺が警戒心を最大にして武器を構えている事に気付いたのか俺の背後に隠れた。
「いるんですか……?」
青年の普段の態度や口調が鳴りを潜め、すっかりと怯えたそれになっている。
俺はそれにたださあな、とだけ返した。
突き放した訳じゃない。
殺す時はなるべく相手の事だけで頭をいっぱいにしたい、ただそれだけの理由だ。
倒木の脇、背の高い雑草へと音が移動する。
茂みが揺れる。
背が高い、と言ってもせいぜいが腰までの高さの草だから、相手はしゃがんでいるのだろうか。
足音の間隔からして、二本足で立つ生き物……恐らく確定でゾンビか?
ならば、子供がゾンビになったパターンか。
あれは厄介だった。
小さく、すばしこい。
だと言うのに噛まれたら感染しゾンビになるという条件は変わらないのだから、あれではただ的が小さくなって狙いづらくなっただけだ。
昔に食糧を無茶して確保しようとコンビニに入った事があった。
その時に倒れた棚の小さな小さな隙間の下に隠れていた子供のゾンビに襲われた。
あの時は大層驚いたし、恐怖もした。
丁度目の前の草も子供程度なら隠せてしまえる高さだ。
「下がれ、ほら。もっと後ろにいけ」
振り向く事なく青年を鉄パイプでしっ、と追い払う。
そうして下がる青年にあわせて俺も少し音のする方向から距離を取り、鉄パイプを油断なく構える。
この距離なら一足で飛びかかれる心配もないはずだ。
さあ、なにが出る?
じっと揺れる草を睨みつける。
鉄パイプを握る手に力が入る。
そして、その時が来た。
草からさっと飛び出たそれは……!
「……っ兎、か」
しかし、俺の警戒と準備に反して飛び出たそれはこの季節によく溶け込める白い体毛を備えた、ただの兎だった。
思わず、力が抜けて肩が軽くなる。
「おうい。すまんなあ、お前の言うとおりちょっとビビってたみたいだわ。」
そう言ってい青年に脅威は無いと伝える。
「本当に、大丈夫なんですか?」
「おう。だが万が一もあるしちょっと周囲を警戒しとくわ」
俺はそれだけ言って青年にライトを手渡して鉄パイプを肩に担いだ。
ゾンビアポカリプスモノにおいて、ゾンビが最期まで主役になる為には リンリ @iceboxWizardry
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