スキル無しのはずがS級魔導具創造だった俺、兵団で裏切られた恨みを胸に、最凶の運び屋として全てをぶち壊す
@misoka_uzuki
第1話
「ふぅ」
火照りを押し殺すように息を吐く。汗は乾き、革の手袋が手のひらに食い込む。腕に残る筋肉の震えを感じながら、俺はもう一度鉄を振るった。野営地は朝の薄い霧に包まれていて、武器と焚き火の匂いが混じり合っていた。遠くで馬のいななき。木々の葉が湿気を含んで重く、歩くたびに軋む。こういう空気が嫌いじゃない。だが今日は、妙に胸の奥がざわついていた。
声が背後から届く。聞き馴染みのある調子だ。
「よぉ、精が出るなジェイソン」
ラルフの声。そこに立っているのは、いつもの笑顔の青年だった。顔に傷一つなく、目は晴れていて、笑うと歯が光る。俺が十三で志願兵になったとき、ラルフは同期で、年はたしか二つか三つ上だった。いや、年の数なんてどうでもいい。奴はいつだって真っ直ぐで、曲がったことを嫌った。女にもモテる。俺の性根を見透かして笑うような奴だった。
有り体に言えば、いい奴だ。いい加減な褒め言葉だが、他に当てはまる言葉が浮かばない。曲がったことが嫌いで、誰にでも平等だった。俺がスキル無しと嘲笑されるとき、ラルフだけは違った。肩を貸し、背中を叩き、黙って飯を分けてくれた。非番に甘味処でひとつの菓子を分け合ったりもした。そういう些細な時間が、熱を帯びた戦場や淡々とした訓練の合間に、二人を結んでいった。
「魔物討伐の依頼だってのに、他の奴らのだらしなさときたらないぜ」
「いつものことだろ、それに俺は奴らと違ってスキル無しだしな」
言葉は軽いけれど、どこか諦めと苛立ちが混じる。俺たちが向かうのは大型魔物――グラットベア。熊のような巨躯に角と硬い鱗を持つ獰猛な種で、単騎で討ち取るには荷が重い。だが、今回の布陣は十二分な人数だ。兵員は三十。数だけ見れば勝算があるはずだった。だが、戦意とは別物だ。やる気のない群れは、刃よりも厄介だ。
「どんな敵に対しても全力で挑む。兵士の基本だろ?」と俺は言い、ラルフは肩で笑った。
「ああ、それはそうなんだけどな」
拳を握りしめる。ここで語られる“基本”――それがどれほど重いか、誰よりも知っているのは俺自身だ。生まれ落ちた瞬間に世界が差し向けた不条理を、何度も噛みしめて来た。
マデルナという土地では、人は剣聖か魔導か、どちらかのスキルを持って産まれる。強弱はC→B→A→Sで示され、AやSを持つ者は騎士団や魔導師団、冒険者ギルドからの厚遇を受ける。だが俺は、どちらでもなかった。
そう――人々が「無い」と名付けた何かの中で、育った。だが、孤児院の古いシスターだけは違った。密かに俺の掌を取って、こう囁いたのを忘れない。
――お前には“創る”才がある。魔導具創造。しかも、S級だ。
言葉は占いのように甘く、同時に重かった。頭の中で描いたものを、素材さえあれば具現化できる――そのときから、俺の手は“道具”を創るために使われてきた。しかし世の中は残酷だ。スキルを示す光る紋が無ければ、たとえS級の才能を持っていようと、評価はされない。だから俺は“スキル無し”として振る舞った。創造の力は懐に仕舞ったまま。
だが、二十年の努力は嘘をつかない。血を流して這い上がり、俺は兵長にまで昇った。そのことを快く思わぬ者たちがいるのも事実だ。スキル持ちの嫉妬は、じわじわと毒を広げる。やつらは“俺の存在”を許せなかった。才能の座にない者が、座を奪う――それが許せない。
定刻。布陣は整った。俺とラルフが前衛に立つ。普段なら指揮は後方で行うべきだが、スキルの名札を持たぬ兵長は、示しをつけるため前に出るしかない。湿った葉が足もとで擦れる。空気は重く、鳥の声ひとつしない。集中――それだけが生き残るための印だった。
「いたぞ」
誰かが低く呟く。視界の先で、白い息のように獣の毛並みが揺れた。木々の影から、グラットベアが現れた。巨体は根を揺らすほどで、鼻腔に入る息は硫黄と湿った土の臭いを帯びている。獣の瞳は暗く、狩る者の光を放っていた。
後方に指示を送ろうとした。だが、隊列のはずの位置が空白だ。見慣れたはずの背中が消えている。俺の胸が、冷たく沈む。
「ジェイソン。やられたぞ」
聞こえた言葉は、あまりにも静かだった。皮膚の下を何かが這うような嫌な感触。視線を巡らせると、隊列の姿は無く、俺たちは孤立させられていた。それはもう、罠と言っていい。
「ああ、見事にな」
冗談交じりの口調が、不吉に響く。
魔物は唸りを上げ、前脚を振り上げる。振動が足裏に伝わり、周囲の木々がざわつく。瓦解した隊列の隙間から、獣の巨大な顎が開く。息を止める間もなく、突進が来る。
「グオオオオッ!」
地面が鳴り、空気が裂ける。苛烈な襲撃。仲間がいない。二人きりで対峙するには分が悪すぎた。錯乱はすぐに命取りになる。俺は冷静さを保とうと努めたが、身体が反応したのは“生き残るための最短”だけだった。
とっさに剣を抜く。刃の重みが手の中で確かな感触になる。しかしあの巨体の一太刀をどう防ぐ。防御は意味を為さないかもしれない。獣の爪が振り下ろされる。空気を切る音、木が粉々になる音。熱と臭いが迫る。
「ジェイソン!」
ラルフの声が耳を裂いた。衝撃が俺の側面を打ち、身体が横転する。風が首筋を撫で、泥の匂いが鼻腔に入る。視界は半ば回るが、ラルフが獣に切り込んでいるのが見えた。奴が盾になった。剣閃が光り、血が弾ける。ラルフは真っ直ぐに獣の前に体を投げ出した。
「お前は生きろ!」
その言葉が、冷たく、しかし確かに温かった。俺は叫んだ。
「ラルフ!馬鹿な真似はよせ!」
言葉が終わる前に、獣の刃がラルフを捕らえた。空中で体が軋み、ラルフが宙を舞う。上空を切り裂くように、血が雨となって落ちてきた。太陽の光がその血を照らして、紅い小さな火花のように散った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます