第二話
「……う、
僕の『旅』の出だしは上々で。
……おとなという生き物は、なかなかに難しい存在だ。
「こ、ここに入って!」
寺上先生が、近くの国語科準備室に僕を押し込むと。
「ちょっとみなさん、ふたりにしてくださいっ!」
漢文や小説にのめりこんでいた先生たちを、部屋から追い出していく。
「どうした海原! 今度はなにをした?」
現代文の先生が、僕に思わず声をかけたけれど。
「いいから、出てくださいっ!」
校長がそういって、説明する時間を与えない。
「ねぇ海原君……気は確かなの?」
なんだか、きょうは。
同じようなことをずっと、みんなに聞かれている気がするんですけれど?
「あの……
さすが、元放送部顧問だけあって。
寺上先生は僕の声色を真似て、質問を再現してくれる。
ただ、やたらと抑揚がついているのと。
そんなに大げさな聞きかた、しましたっけ……?
「確かに
校長のいうとおり、あの先生をふたつに分類するなら。
間違いなくいいほうだろう。悪いほうなのは
「だけどね……まずは卒業するまで待ちないさい」
「はい?」
「あの子は、教師ですよ!」
「は、はぁ……」
僕ただ、高尾先生が。
いまだにサンタクロースを信じる程度のロマンチストかどうか。
それだけを知りたかったのに……。
「卒業するまで、待たないとダメですか?」
寺上先生は、ギョッとした顔で僕を見ると。
「あなたは……もう少し常識のある生徒だと思っていたのに……」
どうして、そんなに嘆くのですか?
「ショックを受けているのです」
常識を持っているはずの僕が。
この段階ですでに疑われているということは。
……寺上先生もきっと、サンタクロースを信じているのだろう。
「……なかったことにしておきます」
「そうね……ほかにもたくさん放送部に、いることですしね」
ということは
校長は引き続き、やや警戒した目で僕を見た上。
「いいですね、海原君。肝に銘じておきなさい」
サンタクロースの存在を否定するというのは。
相当に『罪作り』なことなのだと僕に伝えると。
今度は急にやさしい声になって。
「あとアドバイスとしては……外見よりも価値観や趣味を大切にしましょうね」
人との関係とは、そのようなものですといって。
ようやく僕を、解放してくれた。
「価値観とか、趣味か……」
ひとりそんなことを考えながら、廊下を進むと。
「おお、ちょうどいい。ちょっと相談があってな」
今度は
「あの、すいません。その前にひとつ質問してもよろしいですか?」
「ん? 珍しいな。まぁええぞ」
なにかを押し付けられる前に、質問する。
これはなかなか理想的な出だしだと思ったのに。
……おとなってやっぱり、難しい存在だ。
今度は校長室に連行されると、理事長は。
「若者よ、そこに居直れ」
ソファーに着席しろとうながしたあとで。
「高尾先生の……趣味を知りたいんじゃな?」
妙に威圧的に、僕の質問を繰り返す。
「確かに履歴書には『趣味欄』がある」
「は、はぁ……?」
だったら、もし高尾先生が信じていたら。
堂々と『趣味・サンタクロース』って書きそうで助かるのだけれど。
「あのな、少年。履歴書の扱いというのはそもそもな……」
なぜか『個人情報保護講座』みたいなプチ演説が、はじまってしまった。
「……あの、履歴書を見たいのではなくて」
「なに? だったら早くいってくれんと」
早合点したのは、僕ではない気がするのですが……。
「わかった。そこまで悩んでおるなら、勇気を持って自分で問うてこい!」
「へっ?」
なんですか、その鼻息の荒い感じは?
「いやぁ、砕けてこそ青春じゃ」
「はい?」
「人生で一度くらいはええじゃろう! 高尾先生にせいぜい、笑われてこい!」
僕には、まったくなんのことかわからないけれど。
どうやら校長とは違う意味での。
たくましい想像力だということだけはわかりました……。
「おっ師匠! 久しぶりに俺を登場させてくれましたねっ!」
今度は同じクラスの、ヘボ探偵・
あまり気が進まないけれど。
どう伝えたら、調べてくれるかな……?
「なぁ、カイバラ……」
僕の名前は、
いったいどうして、そんなに冷めた目をする?
「いい加減さ、ラインとか引いとけよ」
「は?」
「俺、親友だからさ……先生にまで手を広げるヤツとは仲良くできねぇ」
元々、親友認定したのか僕たちは?
それよりなに?
山川、というかみんなして。
いったいなにを、勘違いしているんだ?
「警告はしたぞ! 美人は独占するもんじゃねぇっ!」
謎のカニステップで、廊下を動き出した物体に背を向けて。
僕は得るもののなかった『旅』を、終えることにする。
……あぁ、クリスマスなんて嫌いだ。
サンタクロースの真実を語ることが。
こんなにも重くて大変だなんて。
……そしてよりによって、こんなときに。
「ねぇ。きょうはなんだかようすが変だけれど、どうしたの海原君?」
ここで、まさかの……高尾先生本人と鉢合わせしてしまった。
慣れないことをして、『いつものキレ』がなかった僕は。
さっきまで放送室にいたはずのその人に。
……つい、聞いてしまった。
「あの、先生……?」
「うん? どうした?」
追加のパンでも、取りに行ったらしい。
袋にも入れずに、デニッシュ・チョココルネを両手に持って歩いている先生に。
無駄な時間は取らせないほうがよいだろう。
遅れた原因が僕だと知れば、あとで藤峰先生が暴れ出す。
覚悟を決めて、ある程度ストレートに質問しよう。
ただ、『もしものとき』に傷つけないようにするために。
人物の『呼称』には気をつかっておかないと。
「あの、『この時期』になるとですね……」
「う、うん……」
「『気になる男性』とか、いませんか?」
「……」
ど、どうしよう。
なぜか先生の顔が、赤くなって。
力なく、下がりつつデニッシュ・チョココルネが。
あと少しで、オシャレのつもりで履いているそのスカートにつきそうで……。
……げっ。クリーニング代払えと、たかられたら最悪だ。
「せ、先生っ!」
とてもじゃないが、『デニッシュ・チョココルネがスカートにつきます』まで。
ひと息には叫びにくくて。
しかたなく、僕がわずかな小遣いを死守するために手を伸ばす。
すると、デニッシュの上の部分を僕が。
下の部分を先生がギュッと握ってしまい。
……お互いがパンを握りあって、向かい合う形となった。
「えっ?」
「へっ?」
余りにも、異様な光景なので……。
お、思わず。
互いに、見つめ合う感じになってしまった。
そして、余りにもタイミングの悪いことに……。
「……そこのおふたりは。いったいなにをしているのでしょうか?」
……この場に、現れた。
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