主観性にゆだねられる
人それぞれ、感じ方が違うのは、当たり前の話なのだけど、よく僕らは見落とす。
ボディビルダーからすると、30㎏の米袋は軽いかもしれないが、拒食症でガリガリに痩せている人からしたら、重くて動かすこともできない。
あるいは、器用に物事を何でもうまくこなす人からすると、手際の悪い人を見ているとイライラするのもそんな主観性の違いだろう。
これは、何を見るにしても、その人それぞれの体験や、得意分野、性質などが無意識に反応して、物事を評価するために、起こる主観性の誤差だ。
だから人間同士はすれ違い、意図せぬ軋轢が起こり、看過できない諍いが起きる。そう言っても過言ではない。
だったらば、どうしたら良いか。どうしたら、目線を合わせることができるか。
その隔たりを少しでもなくす術の一つとして考えることができるのは、疑似体験を経ることだと思う。
たとえば、防災をテーマにした展示会に行ってみる。
インテックス大阪では、就活や車の展示会のみならず、建物の外装内装や健康を重視した展示会、そして中には防災をテーマにしたものもある。
震災を経験したことがない人たちは、防災をテーマにした展示会に行って、地震を体験させてくれる車両に乗ってみると良い。地震がどれだけ強いか、わかる。
あるいは、高齢者の気持ちになってみるという体験もある。
介護福祉士の資格の前に受講が必須となっている介護職員初任者研修は、オジイサンやオバアサンになった立場で物事を見るという体験ができるものもある。
たとえば、年齢が増えてくると、耳が聞こえなくなってくるが、これは、鼓膜が硬くなって音声に対して揺れにくくなるからだが、これを疑似体験するのに、イヤーマフを付ける。
そして、まだある。老化してくると視野が狭窄(せばまること)してくるけれども、その視界を再現したゴーグルをつける。
さらに、身体に重りのついた上着をつけて、姿勢が曲がった状態に矯正するコルセットもそのうえから付けて、そして階段昇降をしてみる。
高齢者が如何に大変か、わかる。少しでも、わかる。
あとは、そうだな。親の気持ちかな。
結婚して子供を産むとかは、今の時代なかなか薦めてすることでもない。
だから、結婚して子供を産んで、親の気持ちを分かれとは言わない。僕も、そうしていない側の人間だから。
じゃあ、どうするかなあ。
さすれば、読書をすればいいんじゃないかな。
読書をする本は、小説だ。
特に『君の膵臓を食べたい』はおすすめする。
なにもカニバリズム(食人文化のこと)の話じゃない。
親の気持ちになれる気がする。
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