第42話 死にゲー廃人、大罪と決着をつける
ヒュブリスの一体を斬り伏せた直後、黒霧の森に再び沈黙が走る。
「二体……いや、残りは実質一体か」
手応え的に致命傷が二回ほど入っている。
残りのHPはそこまで残っていないだろう。
俺は双剣を構え直して感覚を研ぎ澄ませる。
水滴が地に落ちる音、枝葉がわずかに軋む音、空気の流れ。
すべてを拾う。いや、拾うふりをする。
実際には、すでに勝負はついていた。
(蘇生ポーションの液体はヒュブリスの体表に残っている。つまり、どれだけ姿を消そうが、音を消そうが、液体そのものは消せない)
その証拠に、霧の中でほんの一瞬、水滴が滴る音が聞こえた。
蘇生ポーションが滴る音。
無だった何もない空間から地面にポタっと落ちるその音に俺は超反応で追いつく。
「……そこだ!」
俺は勢いよく踏み込む。
地面を割る勢いで足を叩きつけ、空気を裂くように突き進む。
右の双剣を振り下ろし、左で払い上げる。
二重の斬撃が交差し、無音の空間に鮮血の軌跡を描いた。
「がっ……!? バ、バカな……」
霧が裂け、ヒュブリスの権能が再び解除される。
「おい、こんなもんかよ。お前、言っただろ? 傲慢の本気を見せるって」
俺はゆっくりと歩み寄る。
ヒュブリスは必死に後退しながらも、再び権能を発動しようと手を掲げた。
「傲慢権能【消――」
「遅ぇよ」
言葉を最後まで言わせない。
刃が閃き、ヒュブリスの腕が吹き飛んだ。
「ぐあああああぁぁぁ!」
ヒュブリスは絶叫じみた悲鳴を上げる。
この手の敵はギミックすら理解すれば困る相手ではない。
それこそ彼はこれまで視界が見えないプレイヤーたちを傲慢に殺しまくっていただけ。
血が躍るような戦いをこれまでしてこなかった。
そのため自分でも気づかないうちに手を抜く癖が習慣化しているのだ。
「まさかボクがここまで追い詰められるなんて……」
そして窮地になって気付く。
自分は力を抜いていたのだと。
自分の力はこれぐらいのものではないと。
(すぐに倒してもいいんだが……もう一段階ぐらいはありそうだな)
俺は震えるヒュブリスの声を聞きながらそんなことを思っていた。
正直に言おう。
俺が今から全力を出してトドメをさしにいけば、ヒュブリスを倒せるだろう。
ただ、ここまでくればどうしても俺はヒュブリスの全力を味わってみたかった。
倒せるのに倒さないなんて馬鹿だと言われるかもしれない。
それでも俺は倒すことが目的ではない。自分より強者と死とすれすれの戦いをすることが目的なのだ。
だからこそ俺は少しヒュブリスに問いかける。
「なぁヒュブリス。お前の力はそんなもんじゃないだろ?」
「……はぁ?」
「権能はお前の個性の一つなだけで、お前の本気じゃない。最後は正々堂々と本気でぶつかり合わないか?」
俺の言葉に一瞬黙り込むヒュブリス。
そして少し経ってからヒュブリスは覚悟を決めたように口を開いた。
「……分かった。ボクも小細工は止めよう」
すると周囲を覆っていた黒霧がゆっくりと晴れていった。
明るい空が戻る。陽光が静かに森を照らし始めた。
「へぇ、そんな姿だったんだな」
俺はヒュブリスを見ながらそんな言葉を漏らす。
黒霧が晴れると、そこに立っていたのは右腕を失った一人の少年だった。
魔族と言うべきだろうか。
角が生えており、尾も生えている。けれど見た目はただの少年。
「ボクには他の大罪たちと違って圧倒的なパワーもスピードも知能もない」
ヒュブリスは表情を歪めながら続ける。
「けれど大罪としての矜持はある。だからこれからボクの全力を君にぶつける」
ヒュブリスは覚悟を宿した目を俺に向ける。
これからは傲慢の大罪ではなく、ヒュブリスとして戦うということだ。
虚勢は張らない。傲慢にもならない。
単純な力と力の勝負。
だからこそ俺もその勝負を受け入れる。
「来いよ。ヒュブリス」
「言わなくても分かってるよぉ!」
その瞬間、俺の視界からヒュブリスの姿が消えた。
そして次の瞬間には俺の目の前にヒュブリスが握っている赤い刃が迫ってきていた。
「――――っ!?」
俺は咄嗟に体をひねるが、間に合わない。
ヒュブリスの刃が俺の腕をかすった。
たった一撃かすっただけなのにHPが八割も消える。
まともに食らっていたら一撃で死んでいただろう。
(……っ、反応が間に合わないな、これは。速すぎだろ)
この感覚に陥った時は焔竜と戦っていたときだろうか。
視界で追えない移動、反応できない速度の攻撃。
レベル差による圧倒的な暴力。
あの時は死んで予備動作や攻撃モーションを暗記することで対処できた。
けれど今はそうは言ってられない。一度死んだら終わりだ。
(十分、本人も強いじゃないか)
俺はヒュブリスのストーリーなんて一切知らない。
彼の背後に何があるのか、彼は過去に何があって大罪になったのかは分からない。
けれどこうして命のやり取りをしているからこそ分かることもある。
彼は恐らく自分の実力に不満を持っている。
というよりは他の大罪と比べて劣っているとコンプレックスを感じている。
だからこそ虚勢を張るために権能を使って、初心者のプレイヤーたちを狩り、自分の実力を誇示していた。
そして優越に浸り、現実を逃避することで傲慢と呼ばれるようになった。
そして権能を解除した今、これが彼の本当の実力なのだ。
俺は思っていた。
どうして二つ目の大陸が出てもなお、前提クエストが発生していないのか。
三つ目以降の大陸に前提クエストがあるのにもかかわらず、彼のステータスは百レベル前後なのか。
その答えはこれだ。
本当の彼の実力は百五十レベルほど。あの焔竜すらも凌駕する実力。
それであれば前提クエストが未だにクリアされていなかったのにも納得がいく。
なら35レベルの俺は諦めるのか?
否。絶対に諦めない。
絶対に勝てない相手だと分かっていたも俺は最後まで抗う。
(これは使いたくなかったけど……仕方ないな)
そんなことを思いながら俺は切り札のスキルを使用する。
「【愚者の覚醒】」
一分間だけ次の攻撃を食らえば即死になる代わりに、全ステータスの300%の補正がかかる愚者の使徒としてのスキル。
このスキルを使用してしまえば、どこかロキに力を借りたようで癪で使いたくなかった。
しかし今はそうも言ってられない。
「【爆速ダッシュ】」
さらに重ね掛けで俺は移動速度上昇のスキルを使用する。
五分間だけ移動速度が5倍になる。
「――行くぞ」
足元の地面が砕ける。
視界が一瞬で引き裂かれるような加速。
まるでジェットコースターに乗っているようなそんな景色。
【愚者の覚醒】と【爆速ダッシュ】の併用。
全身を突き抜ける膨大なMPが、血管を焼き切るように暴れ狂う。
制御できるかはどうかは知らない。
でも、これでようやくヒュブリスに刃が届く。
双剣を握る手が痺れる。
握力が限界を超え、金属が悲鳴を上げる。
だが構わない。
次の瞬間、視界が赤く染まった。
ヒュブリスが、もはや瞬間移動に近い速さで俺の死角へ回り込む。
だが、俺の身体も同じく暴走じみた反応速度を得ていた。
「もう食らわねぇよ!」
振り向きざまに左の刃で受け、右の刃を水平に薙ぐ。
衝撃波が巻き起こり、ヒュブリスの刃を吹き飛ばす。
金属の火花と魔力の爆ぜる音が、ほとんど同時に響いた。
ヒュブリスの頬に深い傷が走る。
「は、ははっ……! やるじゃないか!」
「お前こそな! 最初からそうしてろよ!」
血を流しながらもヒュブリスは笑った。
俺も笑いながら再びヒュブリスに斬撃を繰り出す。
それから俺とヒュブリスの攻防が始まった。
互いが目に追えない速度で斬撃を放ち、斬撃を受ける。
俺は一度でも攻撃が食らえばスキルの副作用により死亡。
ヒュブリスも残りの体力的に俺の一撃を食らえば倒れてしまう。
互いに一手が命を奪う、死が目の前に迫るギリギリの戦い。
(やっぱり最高だな! このゲームは!)
そんなことを考えながら俺は目の前のヒュブリスと刃を重ね合い続けた。
◆
それから何十秒、何分経ったかは分からない。
気づけば俺が立っており、ヒュブリスが地面に倒れ込んでいた。
それが結果だった。
「ははっ、やっぱり勝てなかったか。前回の勝負で諦めてくれたらよかったのに」
「悪いな。俺は一度負けた相手には絶対負けたくない性格なんだよ」
俺は倒れ込んでいるヒュブリスの胸に双剣を突きつける。
するとヒュブリスは笑いながら俺に問いかけてくる。
「どうだった? ボクは強かったかい?」
「あぁ、強かったよ」
このエクリプスの世界に来て間違いなく一番強い敵だった。
これまでまともに攻撃も食らわず、死なない状況が多かった中、俺が初めて作戦を立て、対策のために訓練をした相手だった。
これほどワクワクした一週間は初めてだったかもしれない。
「けどそれより俺が何倍も強かっただけだ」
双剣の刃先が、ヒュブリスの心臓を正確に貫いた。
次の瞬間、ヒュブリスの身体が内側から崩壊していった。
光が逆流し、虚無を満たしていくようにエフェクトが宙に霧散していく。
「ははっ、君も傲慢だね」
最後の言葉を残し、ヒュブリスは霧のように消滅した。
俺は双剣を下ろし、長く息を吐いた。
「ふぅ……良い相手だったな」
ヒュブリスの消滅と同時に、システムメッセージが視界に浮かぶ。
【討伐完了!】
【《七つの大罪》傲慢のヒュブリスを討伐しました!】
【システムメッセージ】
・《傲慢の権能》がプレイヤー《ナギ》に継承されます
・能力:
風が頬を撫で、血の匂いを運んだ。
その向こうに、薄く光る通知が浮かぶ。
【サーバー告知】
《七つの大罪》傲慢のヒュブリスが討伐されました
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