第35話 死にゲー廃人、熱中する

 守護の巨兵と守護の槍兵を倒した後、俺は数体のボスを倒してから配信を閉じた。

 流石に四時間程度で全クリをするまでには至らなかったが、残るボスはあと一桁ほど。

 今日にでも全ボス撃破できるだろう。


「意外と感覚は掴めたな」


 俺は高校への登校道を歩きながらそんな感想を漏らす。

 最初は慣れない環境に戸惑ったが、意外となれてしまえば早かった。

 結局、現実だろうと空想世界だろうと変わらない。

 この世の一つ一つの動作は情報であり、情報は数字である。

 視界から情報が得られなくなったのであれば、他の五感で視界を得ればいい。

 聴覚、嗅覚、触覚。戦闘中に味覚は難しいかもしれないが、その三つでも十分に代用出来る。


 すると俺の後ろから明らかに足音を消そうとして意図的に近づいてきている者がいた。

 俺を驚かそうとでもしているのだろう。

 大体誰か予測できた俺は振り返りながら口を開く。


「おはよう志穂」

「えっ……こわ! 何で気づいたの?」

「んー、足音?」

「余計に怖いんだけど!?」


 昨日の目隠し死にゲーで敏感になっているのもあるかもしれない。

 もともと俺に近づいてくる者が志穂しかいないのもあるが、足音と雰囲気で振り返らずとも何となくは分かった。


「登校中に会うのは珍しいな」

「うん、昨日は私もちょっと遅くまでエクリプスやってて少し寝坊しちゃった」


 家が近い志穂だが、登校で会うことは珍しかった。

 彼女はいつも早くから登校しており、教室で自主学習をしていることが多い。

 一応、うちの高校は進学校に分類されるため、志穂のように朝早くから勉強している者も多い。


「志穂が遅くまでやってるなんて珍しいな。何かあったのか?」

「昨日はギルドの会議があったの。もうすぐバージョン3のアップデートがあるって発表されたからね」

「バージョン3……」


 バージョン3と言えば新しい三つ目の大陸とレベルの上限が引き上げられる大型アップデートだ。

 アップデートされると俺はさらに志穂との差が開いてしまう。

 それに俺はもう一つ危惧していることがあった。


(ヒュブリスが倒される可能性がある……)


 俺が最も恐れているのは七つの大罪、傲慢のヒュブリスが他のプレイヤーによって倒されること。

 他のモンスターやボスと違って七つの大罪はユニークモンスター。

 一度倒されてしまえばリスポーンすることはない。

 別に俺はヒュブリスを倒した後の栄光や名誉を求めているわけではない。

 ただヒュブリスに勝ちたい。あの自信に満ち溢れた表情を崩してやりたい。


 しかし三つ目の大陸が解放されてしまえば、今までの均衡も崩れてしまう。

 上限レベルを解放した最前線組が、霧を晴らす前提クエストをクリアしてヒュブリスを倒してしまうかもしれない。

 それだけはどうしても避けたかった。

 となれば俺に残された時間は一週間。


「どう? ナギは一か月で99レベルになれそう?」


 志穂はどこか小悪魔的な笑みを浮かべて俺に尋ねてくる。

 明らかに俺がなれないと確信しているような物言いだ。

 今の俺のレベルは35。

 99レベルまでは程遠い。

 しかし七つの大罪であるヒュブリスを倒せたらどうだろうか。

 強敵も倒せて志穂との約束も果たせる、一石二鳥だ。


「任せてくれ。絶対になってみせる」

「まぁその時には私はもうレベル149まで行くけどね~」


 志穂は笑みを浮かべながら俺の先を歩いていく。

 そんな彼女の背中を眺めながら俺は改めて思う。


(負けたくないなんて思ったのはいつぶりだろ……)


 俺はこれまでソロゲームしかしてこなかった。

 だからこそ誰かと競うなんてことはしてこなかったし、する必要もなかった。

 自分のペースで自分のやりたいように遊べばよかった。

 けれどエクリプスは違う。

 もともとは友達や他のプレイヤーとワイワイするためのゲームだと思っていた。

 しかし競い合うという遊び方もあるらしい。


 これは現実でもそうだ。

 自分で言うのもなんだが、俺は勉強やスポーツで苦しんだことはなかった。

 教科書に載っている情報を数字として噛み砕き理解するだけ。

 上手い人の動きを理解して真似ればいいだけ。

 だからこそ負けたくないなんて思ったことはなかった。

 そこに熱も生まれなかった。


(志穂に負けたくないな)


 だからこそ今こうして熱くなっている自分自身に驚いていた。

 熱中できるものが見つかったと言えばいいだろうか。

 負けたくないと思える相手がいるだけで世界の色が違って見える。


 校門が近づく。


(六日間で仕上げる。ヒュブリスも、志穂も──越えてみせる)


 そう心の中で呟きながら、俺はいつものように教室へと歩き出した。

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