第22話 死にゲー廃人、死闘を繰り広げる

「今の君じゃ、焔竜に一撃を与えたところで小石程度のダメージにしかならないから、分かりやすいように攻撃力の個所だけ君のステータスをいじらせてもらったよ」


 戦闘が始まる前に背後からそんなロキの声が届く。


『グルル……』


【焔竜】

レベル:125


 目の前に構える巨大な焔竜。俺の身体の五倍以上の大きさだ。

 勝利条件が一撃与えるだけと書かれており、流石に簡単すぎないかと思ったがそんな考えは一瞬で取り払われる。

 今まで見てきたモンスターの中で一番強い。それこそ、これまで遊んできた死にゲーを含めてもこれ以上の迫力のあるモンスターはいなかった。

 いや、迫力というよりは覇気に近いかもしれない。

 絶対に今の俺では勝てない。そう脳が訴えてくるのだ。


 けれど勝利条件は一発当てるだけ。

 それなら俺にでも勝ち目はある。


「よし、すぐに終わらせて――」


 俺が木の棒を構えようとした瞬間、世界が焔竜の吐息によって爆ぜた。

 灼熱の奔流が視界を焼く。

 反応はした。咄嗟に横に転がって回避しようと試みた。

 だが、間に合わない。

 風圧で身体が浮き、意識が途切れた。



 再び、視界が赤く染まる。

 ロキの笑み。焦げた空気。変わらぬ地獄。

 死んだ。けれど学んだ。焔竜の喉元が赤く膨れ上がったら吐息のタイミング。

 俺はゆっくりと立ち上がる。


「化け物だなこりゃ……」


 俺は目の前の焔竜に向かってそんな言葉を漏らす。

 今までの彷徨う騎士やヴェノムサーペントとは格が違う。

 彼らは強敵と言えど、攻撃が見えた。反応が出来た。

 しかし焔竜は攻撃すら目で追えない。それなのに一撃食らえば即死。


 だからこそ俺がしなければならないのは数百ある選択肢の中で最善を見つけていくこと。

 最善を見つけて一歩進み、再び数百ある選択肢から最善を選んで一歩進む。

 最善を選べなければ死ぬ。最善を見つけれたら生き残れる。

 そして最善が無ければ、一つ手前の選択肢からやり直して本物の最善を探す。

 その一歩ずつの地道な積み重ねを続けて、最終的に勝利という未来を掴み取らなければならない。

 それは死にゲーの基本であり、俺が最も得意とすること。


「やってやるよ! かかってこい焔竜!」



 二度目の死。三度目の死。

 繰り返すたびに、俺の感覚は研ぎ澄まされていく。

 爪が振り下ろされる。当然、その速さは今の自分では目で追えない。

 しかし、死ぬ度に行動の前兆や雰囲気は身体が覚える。

 だからこそ目で追うより早く、体が動いて避ける。

 しかし、焔竜もそれほど甘くはない。


「――ッ!?」


 避けた先には既に炎の吐息が用意されていた。

 息が止まり、肺が焼け落ちた。



「…………」


 十度目の死。

 悲鳴も、痛みも、もう薄い。

 ただ覚えている。

 爪の軌道、尾の長さ、吐息の範囲。

 炎が渦を巻く前に、わずかに地面が揺れる。

 それが予兆だ。

 気づくたびに死が遠のく。しかし遠のいただけ。

 まだ届かない。死は俺を抱え込むように背後に付きまとう。



 五十回目。

 竜の咆哮が響く。

 そのたびに俺の体は思考よりも先に反射的に動く。

 右の爪を避け、地面を滑り、焔竜の足の隙間を通り抜ける。

 そうすれば焔竜は巨大な尾で俺を叩き潰そうとしてくる。

 しかしこれは二十四度目の死で経験している。攻撃が来るより前に先に尾の範囲外に移動する。

 今度は焔竜が振り返りながら左手の爪で襲ってくることも分かっている。

 この攻撃はどの方向に避けようとしても俺のステータスでは避けれなかった。全て試した。

 ではパリィは? それも試した。

 けれどパリィでは後隙が少なく、先に焔竜が動いて次の攻撃を食らってしまった。

 だからこそ俺に残された選択肢は一つ。


「はあああぁぁ!」


 木の棒と焔竜の鍵爪か重なり、甲高い音をたてて世界がスローモーションに入る。


【ジャストパリィ成功!】


 焔竜に初めて硬直が起きる。

 これでようやく次の段階に進める。

 この硬直を使って俺は焔竜に距離を詰めて……

 

「――あ」


 俺が焔竜の肉薄しようと踏み込むと足元に巨大な魔法陣が浮かび上がった。

 そして次の瞬間、地面から炎が噴火するよう吹き上がり、俺の全身を燃え尽くす。

 設置型の魔術? いや、それなら先ほど足元をすり抜けた時に発動したはず。

 では、硬直する前に事前に設置した?

 その疑問を俺はあと何度の死で気づけるだろうか。



 百回目の死。


 もはやロキは何も言わない。

 ティーカップを揺らしながら黙って俺を見ている。


 再び蘇生された俺は木の棒を握り締めて焔竜を睨みつける。

 肺を焦がすような熱波も、身体がじりじりと焦げるような感覚も慣れた。

 竜の動きはすべて見切れる。

 飛翔の角度、顎の向き、炎の膨らみ。

 すべてが分かる。

 あとはこの棒を届かせる未来まで進むだけだ。



 もう何百回目の死か分からない。


 それでも俺は地面を蹴る。

 炎の壁を斬り裂き、尾の間をすり抜ける。

 焼け焦げた木の棒を握りしめたまま、真上へ。


 竜の瞳に自分の姿が映る。

 その瞬間、俺は静かに笑った。


「……ようやく、見えた」

『グルル……!』


 宙に浮いた俺を焔竜は焼き落とそうとブレスを構える。

 宙に浮かんでは避けることも出来ない格好の的だ。

 選択に選択を重ね、最善の未来を掴んで進み続けた最後の末路が行き止まり……と俺も先ほどまでは思っていた。


「はあああぁぁぁ!」


 俺は空中で狙いを定め、唯一の武器である木の棒を焔竜の口元めがけて投げつける。


『グルッ!?』


 木の棒が直撃した衝撃と想定外の一撃による驚きで焔竜に一瞬の硬直が生まれる。

 俺はそのまま落下の勢いを使って焔竜に迫る。


 俺の勝利条件は勝つことでも致命傷を与えることでもない。

 一撃を与える。

 それなら俺の唯一の武器である木の棒でなくてもいいのだ。


「終わりだああああああぁぁあ!」


 俺は右手の拳を強く握りしめて宙で振りかぶる。

 そして焔竜の頬めがけて拳を勢いよく振り抜いた。


『グアアァ!』


 焔竜の叫び声と共に世界が揺れる。

 眩しい光が天を貫き、黒い鱗が一枚、空を舞った。

 それは百を超える死の果てに掴んだ一瞬の希望。 


 その様子を傍観していたロキは勢いよく椅子から立ち上がる。


「あっはっは! そこで武器を投げるなんて僕ですら想定外だったよ!」


 ロキは口角を吊り上げ、甘美な笑みを浮かべて小さく告げた。


「やはり君は――最高の愚者だ」

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