いくら丼に溺れたい!

ひじきち

困った進路相談

「私、いくら丼に溺れたいんです!」


私の名前は【教田 壇人】(きょうだ だんじ)。教師生活35年。残り一年で退職しようというのに、変な進路相談を受けることになった。


「お前、何を言ってるんだ?」


「私、いくら丼に溺れたいんです!」


訳のわからない事を言い出した彼女の名前は【絢爛咲 瑠璃】(けんらんざき るり)。私の受け持った生徒の中でもピカイチの優等生だ。

しかし、こんな事を言う子だとは思わなかった。


「聞き間違いだよな?君の将来の話だぞ」


「はい!私、いくら丼に溺れたいんです!」


「マインクラフト配信に溺れるほどハマりたい?」


自分でも何を言ってるのかわからなくなってきた。


「違います!私、いくら丼に溺れたいんです!」


どう頑張っても聞き間違いではないらしい。35年の教師経験をフル活用しても『いくら丼に溺れたい生徒への対処方法の答え』は見つからなかった。

違うアプローチをしてみよう。


「いくら丼に溺れるとはどう言う意味だ?」


「そのままの意味です!『いくら丼』に『溺れる』です。なんなら『溺れ死ぬ』まだあります。」


全くわからない。というか、私の教え子から『いくら丼で溺れ死ぬ生徒』を出すわけにはいかない。

いくら卒業後は個人の人生を歩むとはいえ、無責任に卒業させるわけにはいかないのだ。


「食べたいと言うことか?」


「それもありです!」


あり?なのか?少し見えてきたぞ。


「大好きなものをお腹いっぱい食べれるくらい稼げる将来を望むと言うことか!」


「全然違います」


わからない。こうなったら色々と話を重ねて掴んでいくしかない。プライドも捨てる。


「仮に、溺れるほど食べるとしよう。今は若いからいいが、魚卵には痛風のリスクがある。私は痛風持ちだから、いくら丼なんて溺れるほど食べた日には後々大変なことになるんだ」


「先生の個人情報は聞いていません。」


痛風のリスクは関係ないらしい。


「いくらは子供が結構好きだよな?でも中には子供の頃好きだったのに嫌いになる人もいるんだぞ?」


「私には関係ありません」


「好きから嫌いになって、また好きになったりもするんだが、その頃には歳で痛風を発症していて、好き放題食べられなくなってたりもする」


「それ、先生のことですよね?」


ダメだ。私の『いくら丼知識』が浅いがためにこれ以上突っ込んだ話ができない。ん?待てよ?


「ちなみに、子供ができたらどうするんだ」


コレはセクハラでない!大事な話だ!


「もちろん、いくらと名付けます」


「それだけはやめなさい!そんな名前にしたら一生『ハイー』とか『バブー』しか言えない体になるぞ」


「可愛いじゃないですか。いくらちゃん」


コイツ、とうとう実名出しやがった。コレは色々大丈夫だろうか?

もぉ降参だ。35年でこんなことは初めてだ。私はプライドを捨て痛風の話まで持ち出したが、最後の教師のプライドも捨てようと思う。


「話が全く見えて来ないんだが、そろそろ『いくら丼に溺れる』とは、どんな意味なのか教えてほしい。」


「そのままの意味です。ではコレで失礼します。」


彼女はそう言って部屋を出てしまった。結局何もわからぬまま彼女は卒業した。彼女のことが忘れられぬまま数年が経ったある日、彼女から手紙が届いた。


一応、卒業式の日に


「困ったことがあったら連絡しなさい。」


と言って住所だけは教えていたのだ。


彼女からの手紙には近況と卒業後の生活が書かれていた。

最後に一言。


「私、いくら丼に溺れています!」


と書かれていた。


同封されていた写真には、10人前はありそうないくら丼の一緒に彼女が笑顔で写っていた。


彼女は大食い女子だったのか?


結局


「いくら丼に溺れたい」


の意味はわからなかった。


アレから私はいくら丼に少し執着してしまい、各地のいくら丼を食べ、痛風の発作を起こし、妻と医者に何度も叱られている。


いくら丼に溺れたのは私の方だ!


そう思いながら、私は今、北海道でいくら丼を食べ始める。

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