第10話 電話

 トイレに閉じこもって約20分が過ぎた。


(そろそろかな?)


 綾乃はスマホを取り出し、アルバムを起動させ、ある写真を選択する。昨日、桜を見に行った時に撮った2ショット写真だ。しばらく眺めていると、少しはストレスが軽くなってきた。


(よし!)


 スマホをしまうとトイレを出て教室へ向かった。


 D組の教室のドアの前で一度深呼吸してドアを開くと、酒井君が自分の椅子から立ち、こちらを振り向いた。

「ありがとう、来てくれて。」

 そう言いながら酒井君は近寄ってきて、少し離れた正面で止まった。

「ううん、大丈夫。何か用事?」

「実は伝えたい事があって・・・。」

「うん。」

「・・・い、1年生のころから気にはなっていたのだけど、2年生で同じクラスになって、はっきりわかりました。き、岸川さんの事が好きです!よかったら、付き合ってください!」

 綾乃の目を見ながら、酒井は告白してきた。

 

(⋯やっぱりか)


 綾乃は一呼吸おくと

「ありがとう。」

 一瞬、酒井の顔が明るくなる。

 綾乃は顔を一度伏せ、もう一度起こすと

「酒井君の気持ちは嬉しい。けど私、酒井君の事何も知らないし、クラスメートの一人としか思えないの・・・。だから⋯その気持ちには答えられない、ごめんなさい!」

 綾乃はいつの間にか右手で左の髪先を触っていた。その手を離すと上半身を倒して謝った。

「・・・そっかあ、残念だけど…わかった。今日はありがとう。」

「ううん、気持ちは伝えてくれてありがとう、また明日ね。」

 綾乃は自分のカバンを持つと教室から出た。


(う、う、う・・・キツイよ・・・)


 綾乃は朋美と真央が待つファミレスへ向かいながら、浩平に電話をかける。

 無性に浩平の声が聞きたくなった。

 1コール・・・2コール・・・3コール・・・。

 10回ほど呼び出し音が鳴っているが浩平は出ない。


(もう、なんで出ないのよ!)


 綾乃は電話を切ると、ファミレスへ急いだ。


 ________________________________________


 綾乃はファミレスに着き、店内に入るとすぐに2人を見つけた。

 真央の隣に座ると、店員にドリンクバーとテーブルにあったピザと別のピザを注文した。

 綾乃がドリンクバーからホットコーヒーを持ってきて座ると、朋美が尋ねる。

「用事って何だったの?また、告られたとか?」

「まあ、そんなところ。」

 綾乃は答えると、一口紅茶を飲む。

「もう、何人目?高校入って?」

「さあ、10人くらいだったっけ?いただきます。」

 綾乃はすでに3カット分無くなっている、テーブルにあったピザを1カット取った。

 本当はちゃんと覚えている。16人目だ。正確な数字を答えると自慢している風に聞こえるかもしれないので言わなかった。

「15人目だよ!月1以上のペースじゃん・・・。で、OKしたの?」

 綾乃は首を横に振った。


(15人目?そっか、浩平が告白してくれた事、知らないもんね・・・)


 1年生の途中にでも2人に浩平の事を相談すれば、こんなに告白を受けずに済んだかもしれない。

 高校生活の最初にいきなりタイプの浩平に会うとは思わなかったので、思わず「タイプの人いない。」と言ったせいで言い出しにくくなったのだ。その内仲良くなる、と思っていたが、そんな事にはならずにズルズルと1年が過ぎてしまったのだ。

 ちょっとだけその事を、綾乃は春休み前までは後悔していた。

 朋美があきれたように言ってくる。

「またあ?どうせ理由はタイプじゃなかった、でしょ?」

「まあね。」

「で、相手誰なの?」

「同じクラスの酒井君。」

「・・・誰?真央、知ってる?」

 朋美は綾乃と同じクラスの真央に聞いた。

「ん~、わかんない。顔と名前が一致しな~い。」

 相変わらずのおっとり口調も真央らしい。

「いつになったら綾乃のタイプの人に会えるんだろうね~?」

「そのセリフ、2人に返すわよ?」

 3人で笑い合ったあと、楽しいおしゃべりが続いていると、前触れもなく朋美が聞いてきた。

「綾乃さあ、春休みに何かあった?」

 綾乃は思わず口に含んだコーヒーを吹き出しそうになる。

「何もないよ。それ、おとといも聞いてきたじゃん。」

「そうだけど・・・。なんか休みに入る前の綾乃と違うな~、と思ってね。」

 綾乃はドキッとした。朋美は時々勘が働くらしく、鋭いところをついてくる。

「そうかなあ?」

 色々あった。が、とぼける。

「違うと思わない?真央はどう思う?」

「私はあんまり変わんないと思うけど・・・。」

「う~ん、私の勘違いかなあ。」

「そうだよ。私の事より2人はどうなの?て、これもおととい聞いたか?」

 綾乃は思わず自分で笑ってしまった。

「答えもおんなじ、なんもな~い!」

 真央が笑って返してきた。それを聞いてまた3人で笑った。

 やっぱりこの2人といるのは楽しい。

 その時、テーブルに置いていた綾乃のスマホが鳴った。

 伏せて置いていたので誰からかはわからないが…たぶん浩平だろう。

 綾乃はスマホを持ちあげ、確認すると…やっぱり浩平だった。

 そのままテーブルに置いた。

「出ないの?」

 朋美が聞いてくる。

「うん、別にいい。」

「ふ~ん、誰からなの?」

 今度は真央。

 綾乃の隣と向かいに座っている2人が身を乗り出してくる。今にもスマホを取り上げられそうだ。

「マ、ママからだよ。」

 綾乃はスマホを自分の胸に押し付ける。

「出ればいいじゃん。今までも出てたでしょ?」

 着信がやっと鳴りやんだ。

「今日はいいの!3人の時間を邪魔されたくないから。」

「ふ~ん・・・。」

 朋美がジッと見てくる。

「ま、そういう事にしとくよ。」

 とりあえず、綾乃はほっとした。


(浩平ったらタイミング悪いんだから・・・)


 あとからまた文句を言おうと綾乃は誓った。


 ________________________________________


「出ないな・・・、なんだったんだろう?」

 浩平は呟いて呼びだしを止めた。

 いつの間にか綾乃から電話の着信が届いていたので、折り返したが出なかったのだ。

 おそらく帰宅後、トイレに行っている間に着信があったようだ。トイレから戻ってもスマホを確認せず、ほかの事を進めていたため、気づくのが遅れたのだ。


 何かあればまたかかってくるだろう、そう思っていたが結局綾乃からの電話はなかった。

 そして夜になり浩平は綾乃にメッセージを送った。

「電話、かけてもいい?」

 5分後、返信がある。

「いいよ。」

 浩平が電話をかけるとすぐに綾乃がとった。

「もしも」

「マイナス5!」

 浩平の言葉をさえぎって、綾乃がかぶせてきた。

「な、な、何?なんかしたっけ、僕?」

 今日は学校で綾乃と話していない。朝から目が合った事とそれに関するメッセージのやり取りだけだ。心あたりがない。

「電話取らなかった!しかも折り返しはタイミング悪いし・・・。」

 あれか…

「・・・ごめん。」

「浩平との事、朋美たちは知らないから怪しまれたし・・・、何とかごまかせたけどね。」

 確かにタイミングが悪かったみたいだ。

「それは・・・ごめんなさい。」

「分かればよろしい。」

 綾乃の機嫌がよくなったみたいで、とりあえず安心した。

「そういえば、昼間の電話は何だった?」

「あ~あれね・・・、実は今日、告白されたの。」

「えっ、ホントに?」

 ドキッとすると同時にいやな展開を想像してしまう。

「もちろん断ったよ。」

「そ、そうなんだ。」

「浩平、もしかして焦った?」

「うん、ちょっと焦った、かも・・・。」

「フフ、嬉しい。あのね、告白を断るのも結構ストレス溜まるのよ。それで浩平の声を聞きたくなって・・・。」

 その言葉で胸がキュッとなって顔がほのかに暖かくなる。口調を聞くと、きっと綾乃も同じようになっているだろう。

「ぼ、僕はいつでも綾乃の声を聞きたいよ。」

「・・・プラスマイナス0で。」

 綾乃は呟くように言った。

「ありがとう。」

 よかった、マイナスにならなくて…。

「あのさ、今日、過ごしてみて思ったんだけど、別のクラスになって学校で会う事が無くなったよね?」

「うん。」

「ちょっとでも話したいから、何でもいいから理由作ってD組の方に来ない?」

「僕も話しはしたいけど・・・理由かあ…。」

「なんでもいいよ。私も何か理由をつけてB組の方に行くから。」

「・・・わかった。考えとく。」

「ありがと。私も考えておくから。」

 その後、30分ほど話して電話を切った。



                     

                     浩平累積ポイント   71ポイント

                     交際開始ポイント  ???ポイント

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る